第二十一話:『アルマの意志、夕霧の想い』2
「決闘の受諾、しかと聞き届けました。決闘の見届人はこのホリィ・エルクラッドが務めましょう。」
決闘を受けさせるため彼女が仕組んだのは3つ、1つは誓約式に夕霧が決闘を申し込めるように誘導すること、2つに民衆をなるべく多く集め誓約式を大きくすること、そして3つめは自分が決闘の見届人になるよう誓約式の司祭として出ることだ。
地方領主の貴族の式典だからと、無理を言って現地の司祭と変わってもらったそうだ。
少なくとも、ホリィ自身が見届人となるなら不正はないだろう。
決闘では神の代理人として神職が見届人となり、決闘の勝敗を決めることになる。
例え勝利しても、決闘のルールに違反したとみなされれば勝負は敗北となる、それを防ぐために自ら見届人を買って出たのだ。
「おお、エルクラッド卿ほど位のある人が見届人となってもらえるのはありがたい、ぜひよろしくお願いします。」
「えぇ、西の地を治める貴族の決闘を見届けるのは聖騎士である私がふさわしいと存じますわ。」
「夕霧さん、でしたか?決闘のルールはおそらくご存知でしょうが、挑戦を受ける側は代理人を3人まで立てることができます。私はもちろん代理人を用意しますので、3日の後、決闘といたしましょう。」
誓約式は突如として決闘の開催告知となり、誓約式の傍聴に来ていた民衆も祭りだと言わんばかりに盛り上がりを見せる。
そんな様子を困惑した表情で見ていたアルマに、夕霧はそっと近づく。
「すいませんアルマ、式を台無しにしてしまって。」
「・・・。」
アルマは無言でもの悲しげに夕霧を見つめる。その表情と沈黙は何を訴えかけたいのか、その真意はわからない。
そんな彼女に夕霧はそっと微笑みかけ、腰にぶら下げた刀を外し、アルマに渡す。
「その刀、預かっておいてもらえませんか。」
夕霧は刀を手渡すと、返事を待たずに教会を後にする。アルマはその背中を見つめ、手渡された刀を抱きかかえるだけだった。
そのまま宿に戻り、一息つく。教会での大立ち回りは我ながらよくやったものだと、今になって脱力感が出てくる。
決闘のルールは軽く教えてもらったが、受ける側は先程言われたとおり、3人の代理人を忠義の士として戦いを変わってもらうことができる。これは勇者とその仲間の数を模して上限が決まっているのだとか。
対して挑戦する側は自らともう1人で決闘に臨むことができる。相手の方が一人多いが、決闘に勝利すれば自らの願いが通る事を考えればかなり公平な決闘だと言えるだろう。
「夕霧お姉ちゃん!アルマお姉ちゃんを取り戻すんだよね!アイシャも戦いたい!」
勢いよく扉を開けてアイシャが飛び込んでくる、誰から話を聞いたのかすごく息巻いている。
「ダメよアイシャちゃん、助っ人はうちのミィーシャを出させるわ。」
続いてホリィさんたちも入ってくる、どうやら式の後始末などは終わったようだ。
アルマは両親と一緒にいるらしい、まぁあの屋敷で寝泊まりするわけはないか。
「えー!?なんで!?アイシャも戦うよっ!」
「えーじゃないの、これは決闘で最悪死ぬことになるからダメなの。」
そう、決闘のルールは相手を殺害してしまっても罪に問われないという、とんでもないルールがあるそうだ。
合法的に殺人が認められているが、降参した相手を殺すのは認められてはいないので実際には命を落とす前に降参することが多いらしい。
だがルール上、殺人が行えてしまうのでアイシャみたいな子供が出るなんてもってのほかだ、だから最初からホリィさんはミィーシャを助っ人に出すつもりでいたようだ、これも計画のうちなのだろうか。
「僭越ながら、戦闘には私も自信がございますので、その辺の冒険者一人二人程度なら軽く捻り潰せるかと。」
「ふふん、ミィーシャは私の護衛を務めるくらいだからね、強さは保証するわよ夕霧。」
「・・・色々とお膳立てしてもらって、本当にありがとうございます。ですが、戦いは私一人でやらせてください。」
「えぇえ!?正気なの?!だってあなた、アルマを取り戻すんでしょ・・・!?」
ホリィさんが聞いたこともないような声で驚いてみせる。だがこれは私のわがままであり他人を巻き込むようなことでは本来ないからだ。
「確かにあなたが強いのはわかるけど、でも負けてしまったらそれっきりなのよ、それでもいいの?」
「構いません。アルマは大義のために、覚悟を持って政略結婚するつもりなのですから、この戦いは私のみっともない未練、なのですから。」
「未練、ねぇ。」
「はい、ですからもし私がやられてしまうことがあるなら、彼女のことは綺麗に忘れることにします。」
「・・・そっか、ならこれ以上何も言わないでおくわね。」
「はい、色々してもらったのにすいません・・・。」
色々してもらってありがたいが、自分の武人としての意地と、私の力で解決したいという想いが強い。
他人の手を借りてしまえば、その事が心の中でもやもやとなりずっと残り続けるだろう、だから私自身の手でなんとかしたいのだ。
そう、この決闘自体私の私利私欲でしかない、だがそれだけ私の中で彼女の存在は大きな物になりつつある。
だからこの手で彼女を取り戻したい、今はそれだけを考えて3日後の決闘に備えることにした。
そして3日が経ち、ついに決闘の日が訪れる。
決闘の場所は街の大広場、一応決闘に場外失格などというルールは無いが、大衆が囲んで見ていることを考えると、この内側で戦うことになるだろう。
それに広さも十分にある、普通に戦うなら問題はない。アルマと父親、そして当主らが特等席で試合を眺める。
アルマの手には手渡した刀がしっかりと握られていた、私はそれを見て少し安堵する、アルマはまだ複雑そうな表情をしていたが、この決闘ですべてが決まる。
ホリィさんが見届人として審判を務める、決闘開始の口上を述べ、当主の決闘代理人の一人目が私の前に立つ。
「おやおや、決闘の代理人をしてほしいと酒場で雇われた時は、どんな奴が相手かと思ったらまさか女だとはな。」
出てきたのは典型的な屈強そうな見た目の冒険者風の男だ、装備は見える範囲では剣と盾を所持している、使用する武器には制限がないので隠していることも考えて警戒しなければならない。
「安心しな、決闘とはいえ殺すのは気が引けるし、殺しはしねえ、なによりそんな”オモチャ”で向かってくるなんて警戒して損したかな?」
どうやら相手は侮ってくれているようでとても助かる、周囲も私の武器を見て驚きを隠せないでいるようだ。
それもそのはず、私の武器は丈夫な素材のただの杖なのだから。
「それでは、始めっ!」
ホリィさんによって決闘開始の宣言がなされた、そして開始しても相手はろくに武器も構えず、手招きして挑発している。
なめてかかってこようが気にせず、相手を倒すことだけを考える。杖を構え、相手が行ってくるであろう攻撃の動作を頭に思い描き、相手まで近づいていく。
「せいやあっ!!」
そして相手の射程距離に入った瞬間、雑に剣を力いっぱい振り下ろしてくる。
予想していたその攻撃を、杖で剣の腹に打ち込み軌跡をずらし、地面に剣を打ち込ませそのまま杖で抑え込む。
「はぁっ!」
間髪いれずに杖を滑らせて、そのまま喉を突く。喉に一撃をもらった相手は、面食らった様子で咳き込み、息ができずよろめき、剣を手放し無防備になる。
その隙を逃さず、杖を構え相手に突進して胸を突く、これが決定打となり相手は完全に戦意を喪失して降参した。
「げほっ!げほぉ・・・っ!ま゛、ま゛ぃ゛っだ、こ、こうざんだ・・・。げほっ!」
「勝負あり!」
男は咳き込みながら胸を抑え、すごすごと立ち去る。たった2発の攻撃で強そうな見た目の相手を降参させたことで周囲の観衆にどよめきの声が上がる。
私はそれを気にもとめず、次の相手を待つ。まだ三人のうち一人倒しただけなのだから。




