第二十一話:『アルマの意志、夕霧の想い』1
「えっ、えぇぇぇっ!?」
唐突なプロポーズに驚きの叫び声を上げる、いきなり告白されるとは思っていなかったからだ。
目を丸くして白黒していると、彼は笑って立ち上がる。
「アルマさん、あなたも貴族の娘ならおわかりでしょう?貴族同士の結婚は政治的な思惑しか無いのですよ。」
「つまり、家のお金が目当てで私と結婚したいと・・・?」
「いえ、これは両家共に利益のある話ですよ。アルマさんが提案した、西の地を平定する方法を確実に援助してもらえる、結婚すれば私は栄えあるキースタン家の一員となれるわけですからね。」
「・・・。」
「それに、西の地が平定できれば、この広大な領地はキースタン家の物になります。この地に眠る莫大な資源全てを物にできます、世界を支配できるほどの財力を得ることだって不可能ではありません!ですので___」
「さっきから聞いていれば!・・・それはあなたの都合でしょう、アルマの意志を確認されたらどうですか。」
ついに我慢の限界と夕霧が立ち上がり、大声を上げる。そして我に返ったかのようにトーンダウンして椅子に座り直す。
「こほん。夕霧さんの言うとおりだ、アルマの意見が一番大事だ・・・。まぁ父さんはどっちかというと大反対、超反対!なわけだが、そんなことしなくたって私は__」
「あーもう、父さんも黙る!」
母さんが遮ると、父さんは縮こまって地蔵のようになってしまう。咳払いを一つして当主が再び口を開く。
「アルマさん、恥ずかしながら没落した我が家の財政では、西の地は救えません。」
顔を俯向け、悲痛な面持ちで言葉を紡ぐ、彼の言葉からは無念や悲しみと言った感情が伝わってくる。
そしてアルマの手を取り、すがるような声で彼はアルマに請願する。
「ですが、もしキースタン家の力を貸していただければ、この地に平和をもたらすことができるでしょう。どうかこの西の地に平和と安寧をもたらしてください、アルマさん・・・!」
全て聞き終えると、アルマは少しの沈黙を経て、重い口を開く。
「・・・わかりました、結婚の話お受けします。」
「アルマ!」
彼女の答えは驚くべきことに肯定だった。その答えがショックで、夕霧がみっともなく声を上げる。
「アルマ、冗談ですよね?ホントに結婚するんですか?!」
「うん、色々考えたんだけどさ、私は貴族とかの立場抜きにしても、ここの人たちを平和に幸せにしたいって、そう思っちゃったの。」
アルマは悲しそうな顔で夕霧を見る。最悪の結果を予想しつつ、夕霧は最後の問答を投げかける。
「私とはもう・・・、旅を続けてくれないのですか・・・?」
夕霧は頼む、手を取ってくれと言わんばかりに手をのばす、だがアルマはその手を取ってはくれなかった。
「・・・ごめんね、夕霧。」
それは拒絶の言葉、彼女はあれほど冒険に憧れていたのに、自らの立場を嫌がっていたのに、今度はその嫌ったもので世界を救おうとしている。
身勝手だけど、それでも、やろうとしているのは彼女が信奉している勇者の行いそのものだ。
「わかりました、それではお元気で・・・。」
アルマの立派な志に私は称賛をもって見送れればいいのだが、私もまだまだ未熟、この場にいることが耐えられず当主の屋敷を飛び出し、街中を彷徨く。
自分を犠牲にしてまで世界を救う、そんな勇者の真似をするなら、私は身を引くしかない。
だってこの地に住まう人々と私とで、秤にかけるにはあまりにも重りが違いすぎるから・・・。
ふらふらと失意のまま目的もなく彷徨っていると、こじんまりとした小さな教会にたどり着く、大きな教会でなくこんなところもあるんだなと、教会へ足を踏み入れる。
中は蝋燭の火もなく、とても暗い。祭壇には女神像がぽつんと置かれているだけで他はなにもない。
「今の私は迷える子羊とでも言いたげですね・・・。」
これもなにかに導かれての事だろうか、異国の礼拝作法は知らないが、とりあえず手を合わせて祈りを捧げてみる。
「アルマ・・・。」
目を瞑り祈る間に彼女との旅の記憶が蘇ってくる。今までの孤独な旅が一転して華やかになり、それから苦楽を共にして、同じ飯を食べて、様々な道を歩んできた・・・。
改めて思えば、私はアルマに依存しきっていたと思わされる。この痛いほどの苦しみはずっと一緒だと思っていたアルマを失った喪失感だと理解する。
だがそれに気づいたところでどうしようもない、まるで体の一部を無くしたかのようなこの痛みはもう癒えることはない、アルマは遠くの存在になってしまったのだから。
「あら夕霧じゃない?こんなところでどうしたの?迷子かしら?」
声がしたので振り返ると、そこにはホリィさんがいた。むしろなんでこんな寂れた教会なんかに現れたのだろうか。
「ホリィさん・・・?どうしてここに?」
「教会だからよ、人手不足だから、こんな小さな教会でも手入れする人手が足りないのよね。」
あんなことがあったのもあってか、知れた人に出会うと少しホッとしてしまう。
アルマの事をホリィさんが知ったらどう思うだろうか。
「夕霧、涙なんかながして、何かあったの?」
「涙・・・?」
どうやら気づかないうちに泣いていたようだ、涙を流すほどには彼女は私の中で大きな存在だと改めて気づく、そしてやはり手元から離れていくのを諦めきれない自分がいるのだ。
「よかったら私に話してみない?悩み相談も聖職者の努めよ?」
「実は・・・」
悩むこともなく、あった出来事を彼女に話す。彼女はのんきにも、アルマらしいと苦笑する。
一度思い込めばまっすぐ迷わず突き進む、彼女の長所でもあり短所でもあるとホリィさんは語る。
「・・・それで、貴方はどうしたいの?」
「私、私は・・・。」
「アルマが決断したのなら、それを応援したい・・・、最初はそう思っていました。」
話しているうちに、彼女に対する思いがどんどん強くなっていくのを感じずにはいられなかった、彼女に嫌われてもいい、それでもそばにいてほしい、それが嘘偽りない私の思いだ。
「・・・でも私は、まだ彼女と旅をしたい、これからもずっと、いつまでも。」
「それが本音ねっ、よし!じゃあ少し入れ知恵をしちゃおうかしら!」
ホリィさんが耳元であることをささやく、たしかにこの方法なら彼女を取り戻せるかもしれない。
「私も、今回の結婚は西の地を人質にしたようで気に入らないし、アルマ一人に背負わせるには酷よ。」
「ですが、相手は受けるでしょうか?」
「貴族だから受けるしか無いでしょうね、決行は誓約式の日よ!その日までしっかり鍛えておきなさい!」
「えぇ、承知してます・・・。」
こうしてアルマを取り戻す作戦を開始するのであった。
例え大義名分がなくとも、自分には彼女が必要なのだ、それ以上の理由は必要ない。
ーーー
誓約式、それは結婚前に神前に結婚を誓い合う儀式だ。
この儀式は勇者が魔王を倒す前に行った、最愛の人に愛を誓う行為がルーツとされている。現在では親戚や友人などを集めて結婚を宣言してお祝いするという行事になっているのだ。
没落貴族である西の都の当主には親戚の類はいないため、街をあげて盛大にお祝いすることになるそうだ。
ホリィさんが聖堂にて宣告神官として二人の誓いを聞くらしい、情報を聞きつつ、私は民衆に紛れてチャンスを待つ。
しばらくして聖堂に二人が現れる、誓約式なので正装はしていないが小綺麗な衣装に身を包んでいる、つい先日まで冒険していたとは思えないほどきれいな姿である。
入場して儀式が始まる、長い常套句を読み上げ、いよいよ愛を誓う場面へと移る、ここが一世一代の大舞台だ。
「・・・では、神の前において、一生の愛を誓いますか?」
「「神の前にて、永遠の愛を誓います。」」
二人が声を揃えて宣言する、これで儀式が成ったと観客が拍手をする準備をする、そして祝いの拍手はどよめきの声へと変わっていくのであった。
「その儀、待った!!」
「ゆ、夕霧・・・!?一体どうして・・・?」
民衆の中から飛び出し、二人の前に堂々と立つ。
周囲の視線を浴びながら、静かに懐から鞘に入ったナイフを2本取り出し、片方を当主の足元に投げる。
「私は、この結婚を認めません!神前に異議を申し立てて決闘を申し込みます!」
「夕霧!突然何を、それに決闘って・・・!」
「アルマ、すいません・・・。ですがこれは私のわがままなんです、許してください。」
「決闘、ね。僕がこれを受けると思うかい?」
決闘の申込みは受けずに断ることもできる、投げられたナイフを拾わなければ決闘は不成立になるのだ。
「いいえ、あなたは受けるしかないでしょう、一つは神の前であること、もう一つは民衆の目前であるからです、貴族は何より名誉を重んじるのでしょう?ならば、取る以外の道はないはずです。」
「やれやれ、誰の入れ知恵かは知らないが考えたね。仕方がない、こういう障害を乗り越えるのも貴族の宿命だ。」
彼は床に落ちたナイフを静かに拾う、そして夕霧と向かい合い、対立の意思を見せる。
「この決闘、受けよう。」