第十九話:『逆さまの空』2
「うぐっ・・・うっ・・・!」
いくら気球が空に浮かぶために軽いと言っても、人ひとりが抵抗するには無理がある。
さらに風による風圧で引っ張られていく、もはや自分の力ではどうしようもできなかった。
「はぁっ!」
諦めかけたその時、突如引っ張られる力がなくなり引きずられるのが止まる。
夕霧がギリギリのところでロープを切断してくれたのだ、そしてそのまま気球は風に吹かれて崖から落ちて奈落の谷底に呑まれて消えていった。
「た、助かったぁ・・・。」
「まったくもう、ヒヤヒヤしましたよアルマ。」
「あはは・・・、何とか気球を下ろすにはああするしかないって思って、つい。」
「もう少しで谷底まで真っ逆さまでしたよ。ほんと、間に合ってよかった・・・。」
ロープの続いていた先をもう一度見やる、後もう少し遅ければ気球と一緒に落ちるところだった。
そういえば飛び降りたアイシャちゃんと子供は無事だろうか?ヨロヨロと立ち上がり来た道を戻る。
「アイシャちゃんは!?子供たちは無事・・・!?」
「無事よ、あなたが高度をうまく落としてくれたおかげね。」
ホリィ姉に連れられてアイシャちゃんが出てくる、子供たちも父親のもとに戻れて安心した様子だ。
「アイシャちゃんお手柄だったわね!でも、もう無茶したらダメだよ、私がいたからよかったものの落ちてたら大変なことになってたんだから。」
「それをアルマが言っても説得力無いですよ、まったく・・・。」
「ごめんごめん、届くと思ったんだけど届かなかった。」
「同じくー!」
呆れ顔の夕霧を尻目にアイシャちゃんと二人で笑い合う、そこに子供を連れて彼がやってくる。
「この度はご迷惑をおかけしました、子供たちも無事救っていただいて、ありがとうございます・・・!」
「いえ、無事で何よりでした、でも、気球が残念なことに・・・。」
「いいんです、気球なんてまた作れば良いんですから、それより可愛い子供たちが無事で何よりです。本当にありがとうございました!」
お礼を言い、幸せそうに子供を抱き、生きている喜びを感じ合う。
感動的な光景でそれを見ていたが、ふと下を見るとアイシャちゃんがもの悲しげな顔をしていた。
あぁそうか、この子は身寄りがいないんだった。
後ろからそっと近づき、不意打ち気味にアイシャちゃんを肩車をする、気球を無事降ろせたのも、アイシャちゃんが頑張ってくれたおかげだ、いっぱい褒めてあげないと!
「わわわっ!」
「ほれほれ、アイシャちゃんはいっぱい頑張ったし、とってもすごいことしたんだから、もっと喜んでいいのよっ!」
さすがに私では親代わりにはなれないけど、それでも大切な仲間を称えることくらいはできる。
こんなちっちゃい子に助けられるなんて、冒険の旅をしなきゃ絶対起きないことだろう、世界の広さを感じるとともに、人生何があるかわからない楽しさに嬉しくなるアルマだった。
その夜、気球の一件でお礼がしたいということで、ご厚意に甘えて一泊することになった。
昼から夕方まで気球を追っかけ回してクタクタだったし、別に西の都まで急ぐ旅でもない、たまにはこういう日もあっていいだろう。
それにこの辺りは鉱泉が湧いているらしく、この辺りに居を構えたのはこれらの恩恵を受ける意味もあったとのこと、結構ちゃっかりしてるなぁ。
「わー、ほんとに湧いてる!」
教えてもらった温泉の1つに行ってみる、火山は近くにないが、西の地は鉱石が豊富ゆえたまにこうした天然温泉が湧き上がってるらしい。
原理はよく知らないが、とにかく鉱石のおかげで地下水が温まって温泉ができてるようだ、体にもいいみたい。
全く整備されてない、天然の湧き水温泉だ。当然人気もなく、適当にその場で脱いで温泉に入る。暖かくて気持ちいい。
普段は冷たい川の水を浴びて汚れを落とすことはあるが、人の目も気にしないといけないし、冷たいので濡らした布で体を拭くくらいだ。
だからこうした温かい湯に入るのはいつぶりだろうか、温かい温泉は普段の旅の疲れも吹き飛ぶようで、ここに住みたいと一瞬思ってしまう。
夕霧は湯に入る前に体を洗っているようだ、よくみたらホリィ姉も。先に湯船に入ってるのは私とアメリさんだけみたいだ。
ミィーシャさんは見張りを買って出てるし、アイシャちゃんは・・・あれ、アイシャちゃんは?
「あれ?アイシャちゃんどうしたの?」
「えっ!?アイシャは後で入るよ~っ!」
「そんな遠慮しないで、皆で入ったほうが楽しいよ~?」
「うぅ~。」
アイシャちゃん、前から洗濯とか水浴びとか嫌う傾向があるのはなんでだろうか?水が怖いのかな?
「アイシャ、もういいだろう?別に耳見せたって軽蔑しないよ誰も。」
「耳・・・?」
アメリさんがアイシャちゃんに言っている耳ってなんのことだろうか?そんな事を思っていると、アイシャちゃんは恐る恐る頭に巻いた布を取り外す。
すると、伸び放題の髪の毛が下りて、黒いおばけみたいに髪の毛ですっぽり体が隠れてしまう。
そして、頭には大きな動物の耳が姿を表す、なんとアイシャちゃんは獣人だった!
「アイシャちゃん、獣人だったんだ?」
「うぅ・・・。」
「わー、獣人って初めてみたけどかわいいーっ!」
「ふぇ・・・?」
湯船から上がって獣耳に早速触れる、驚いたように耳がピコピコ動いて可愛らしい。
「アイシャは獣人だったんですね、なるほどそれならあれだけの身体能力も納得ですよ。」
「ししょー・・・。」
「アイシャは昔からあんな感じに耳を隠してたんだ。」
「どうして?こんなに可愛いのに。」
伸び放題の髪の毛を布で巻いて固めて耳を隠してたようだ、そこまで徹底して隠されてたら私には獣人って気づかなかった。
でも、そこまでして隠す理由が私にはわからない、あんなふうに隠してたら耳も痛そうだし音も聞こえづらそうなのに。
「ていうことは尻尾も隠してるの?」
「いや、尻尾は・・・。」
アイシャちゃんは服を脱いで後ろを向く、そこには根本から尻尾を切られた跡がある、古傷でとっくに痛みは感じないだろうが、私にはとても痛々しく見える。
「・・・ま、こんな感じだ。彼女の両親は古い価値観の持ち主だったらしい。」
「ひどい・・・。」
獣人はかつて世界を恐怖に陥れた、魔族と人間の間に生まれた子供の一部である。
魔族の中にはゴブリンのような見た目の他に、動物の顔を持った人や、動物が二足歩行したような姿の種族がいる。
そういった人々は獣のような姿から獣魔族と呼ばれるようになり、魔王が倒され世界に平和が戻った時、彼らも一部が取り残されこの世界の住人となった。
だがやはり最初の内は軋轢があったようで、魔族の例に漏れず迫害されたが・・・、もう勇者の存在もお伽噺な現在においては獣人もフレンドリーな存在だ。
だからアイシャちゃんの両親は古い価値観を持ったままだったのだろう、我が子を迫害されまいとした知恵も、もはや意味をなさないのに・・・。
「ほら、今日の立役者はアイシャなんですから、頭を洗ってあげましょう。」
「あ、私も背中流してあげる!」
「わわわっ、お姉ちゃんたち耳見ても怖くないの・・・?」
不安そうに答えるアイシャちゃんに、アルマと夕霧は優しく答える。
「全然、むしろ可愛いからずっと見ていたいわ!」
「私も見た目で差別するようなことは有りませんよ、むしろ優秀な教え子と誇れるくらいです。」
「あ、ありがとう・・・!ありがとう!」
その後は、皆で仲良く温泉に入り、ゆったり疲れを癒やすのであった。
「・・・それでは皆さん、お元気で!」
「こちらこそ、お世話になりました。」
翌朝、彼らに別れを告げて旅を再開する。
アイシャちゃんは私達には耳を見せるようになったけど、まだ見ず知らずの他人に見せるのは恥ずかしいようで、元のぐるぐる巻きの頭のままだ。
でも、このまま心を開いてくれたなら、いずれ普通に生活できる日も近いだろう。
さぁ、西の都はもうすぐそこだ!




