第一話:『旅立ち、その前に』3
夕霧の刀を質入れしてから期限の1週間が迫ってきた、しかし夕霧は一度も顔を見せてはいない。
何か職を見つけ必死に働いているのだろうか、それとも刀のことは諦めてしまったのだろうか。
刀については相変わらず私の手元に置いてある、両親が帰ってきてこの事を話したら適正な取引だと言われそっちの方は少し安堵した。
だが夕霧が今何をしているのかが少し気になった、彼女は刀を買い戻すと言っていたから必ず来るだろうと思っていたが、全く来ない。
もし居るとするなら酒場だろうか、私は待ちきれず行ってみることにした。
酒場は街の要衝とも言える施設だ、食事はもちろんのこと仕事の斡旋から宿泊、商談などあらゆることがこの酒場で起きている、大きな街ならなおのこと重要な施設と言えるだろう。
「あらアルマちゃん、今日も来たの?」
「こんにちは、今日はちょっと野暮用でね。」
顔馴染みの給仕のお姉さんと言葉を交わす、あたりを見る限り夕霧はテーブルにはいないようだ。
「よぉアルマちゃん!仲間は見つかったかい?おっちゃんなら1ヶ月金貨1枚で請け負うぞ~!これでも狩人だからな!腕は確かだぞ~ぃ!」
「その話前にも聞いたし雇うのは違うから結構よ、それに酒臭いのはお断り!」
酔っ払いの戯言は放っておいて、カウンターのマスターに話を聞いてみることにした、マスターなら何か知っているだろう。
「こんにちはマスター、黒髪の女の子ここに泊まってたりする?私くらいの年齢で極東の格好してるんだけどっ。」
「あぁそれなら2階の突き当りの部屋にいるよ。」
「ありがとう!」
いた、彼女はまだこの街に留まっていた。
夕霧がこの街に残っていることに嬉しさを覚えつつ、宿泊しているという部屋に向かう。
部屋の前に立ち、軽くノックをして返事を待つ、そわそわして落ち着かなかったがしばらくしてドアが開く。
「あ、この間の・・・。」
夕霧はなんとも気まずそうな顔をしていた、この顔を見る限りやはり返済は難しいのだろうか。
「ええと、まだ期限があるし別に取り立てに来たわけでもなくて、少し話をしてみたくて訪ねてきたの。」
「話・・・ですか?まぁとりあえず中へどうぞ。」
それから私と夕霧は長い時間話をした。
夕霧がここまで旅をしたお話、私が冒険者を目指すこと、色んな事を話し合って打ち解けていった。
数々の話を聞いて、私は夕霧は間違いなく本物の冒険者ということを確信した。
数々の苦難を超えて数々の景色を見てきた本物の冒険をしている冒険者、私の追い求める憧れの姿だ。
「・・・でも、刀を取り戻すためのお金は結局集まりませんでした。大都市なら仕事もあるかと思ったのですが少し見通しが甘かったですね。」
「ここは交易都市だからねぇ、商人達は自分で労働者を確保してるし、護衛も十分に傭兵を雇ってるから・・・。」
「ですので残念ですがあの刀は諦めるしかありませんね、出会いもあれば別れもあります、これは一つの運命でしょう。」
夕霧は少し悲しそうな顔をしていたがすぐに笑顔になった、得物を選んでいては冒険者は務まらないと言っていたがそれでも未練はあるのだろう。
「・・・夕霧はこれからどうするの?」
「そうですね、明日にでも武具屋で武器を新調して、また旅を再開しようかなと思います。元々当てのない旅ですから風のままにいずこかへ・・・。」
その後少しばかり会話して夕霧の部屋を後にした、辺りはすっかり暗くなっていて下階の酒場は客で賑わい繁盛していた。
まっすぐ帰路につき部屋に戻り床に就く、ふと目をやると傍らには夕霧の刀がある。
刀を手に取り鞘から刀を抜き月明かりに照らす、刀は鉄の煌めきを魅せ美しい月光を反射する。
「・・・よし、決めた!」
納刀してろうそくに火を付け、戸棚の鍵を開けて財布を取り出す。今まで店の手伝いで貯めた私の全財産だ。
それを机に出し数を数える、銀貨や銅貨ばかりだが金貨12枚分、ほぼピッタリの数があった。
金額を確認すると財布にしまい契約書とともに持ち出す、そして店の売上箱に契約書とともに財布をまるごと放り込む。
「物音がしたと思ったら・・・どこに行くんだ?アルマ。」
「父さん・・・。」
野盗でも入ったのかと勘違いしたのか両親が見に来たようだ、私はこの刀を自腹で肩代わりすることを伝えた。
「はぁ・・・アルマよ、商売は慈善事業じゃないんだぞ?その刀の持ち主に情でも移ったのか?」
「そうかもしれないけど、でもこの刀は持ち主の所にあるべきだって、そう思うの!」
「たしかに達人は達人を知るという言葉もある、そんな立派なものを引っさげた冒険者ならよほどなのだろうな。」
「・・・だが商売なら時には非情にならねばならん、それがたとえ国の王だとしてもだ、商人とはそういうものなのだよアルマ。」
父は普段は甘いがこの時ばかりは真剣に語る、商売人として貴族までのし上がった人だ、今までこの人が築き上げた物が言葉の重みとなって襲ってくる。
「・・・その刀を返して恩を売り、仲間にしようというのだろう?条件を達成するために。」
「・・・っ。」
それは図星だった、刀を返しあわよくば共に旅する仲間に勧誘する、それは考えていたことだった。
「たとえその刀を返したとしても、仲間になってくれる保証はどこにもないぞ。大金を失い、見返りが有るか無いかの賭けだ、損の方が多い取引は商人失格だぞ?」
「私は、私は・・・っ冒険者よっ!商人でもないし目指すつもりはないわっ!」
そう言い放つと父を押しのけ外に出る、開きっぱなしのドアから月明かりが入り込む。
「はぁ・・・アルマのあの無鉄砲さはお前にそっくりだな。」
娘との口論を途中放棄され、椅子に座り苦笑する、妻は水を持ってきてくれて手渡してくれた。
「そうかい?あの子は昔のあんたにそっくりだよ、出会った頃を思い出すねぇ。」
「よさないか、あれは・・・そう、若気の至りさ。」
「そんなに心配かい?」
「そりゃそうさ、あの子は今まで悪意に触れずに育ってきたんだ、あの刀の持ち主にたぶらかされたんだとしたら・・・。」
色々と想像したら不安になってきて眉間を抑える、いつも無鉄砲なあの子は心配になってしまう。
「はっは、信じて待つのも親の務めさ、良い憎まれ役だったよお前さん。」
妻はそう言って隣に座り肩を軽く叩き慰めてくれる。・・・本当は本気に言っていたのだが、この際は黙っておくことにしよう。
「はぁはぁ・・・つ、ついた・・・。」
勢いに任せ全力疾走してきたため息を切らしながら酒場の前までやってきた、しっかりと刀を握りしめ酒場に入った。
中は先程の帰り際よりも更に客は増えていた、通路も埋め尽くすぐらい溢れる客を押しのけ私は階段を登り、そして夕霧の部屋の前に来てノックをする。
昼間に来た時より緊張してしまう、いらぬお世話だと拒絶されてしまったらどうしよう、仲間に誘って断られたらどうしよう、そんな事ばかりよぎってしまう。
そしてドアが開き、隙間から夕霧が顔を覗かせる。
「あ、あのっ・・・。」
「あら、何か忘れ物でもされました、か・・・?」
夕霧はアルマを一瞥して、すぐに手元の刀に気づく、しばらく刀を見つめたかと思えばまた視線をアルマに戻す。
「こ、この刀を返しに来たの・・・!」
「か、返すと言われてもお代は払えないとお話したとおり―――」
「いいの!私が返したいって思ったから建て替えたの、その刀はあなたが持っておくべきだと思ったからっ。」
夕霧は刀を受け取ると嬉しそうな、安堵したかのような顔を見せる、この顔を見ると返してよかったという安心感が生まれる。
「そ、それで・・・その・・・わ、私と・・・!」
そこから先の言葉が出なかった、やはり刀を返した恩で無理やり勧誘しようとしているようで後ろめたかったのだ。
「・・・いいえ、なんでも無いわ、たしかに返したから!」
「あ、ちょっとアルマさんっ・・・!」
私はその場から逃げるように去る、情けないことに自ら賭けに降りてしまったのだった。
一緒に旅をしませんか、その一言が憚られた。母も言っていた、一緒に冒険する仲間は信頼できる人を探せと、これでは結局金で買ってるも同然だし、やっぱりフェアじゃない。
手ぶらでトボトボと店に帰ると両親が暖かく出迎えてくれて慰めてくれた。
翌日、私は昨日の今日だから休んでいいと言われたが両親と共に働くことにした。
今まで貯めた貯金も失いまた再出発だ、おちおち休んでもいられない。
・・・夕霧は今頃街を発ってもういないのだろうか、彼女とは短い間だったが冒険を夢見れてよかったと思えた、感謝こそすれど恨みはない。
カランコロン――
突然店のドアが開きベルが鳴る、まだ開店時間前なのだが急ぎの客でも来たのだろうか?
「お客さんまだ開店前でし・・・て。」
「おはようございます、昨日はありがとうございましたアルマさん。」
なんと来客は夕霧だった、てっきりもう旅立ったものと思っていたのですごくびっくりしてしまった。
「ゆ、夕霧!?どうしてお店に・・・っ!?」
「昨日のお礼がまだしてませんでしたので、アルマさん急いで帰ってしまいましたし。」
昨日はいたたまれなくなって逃げるように帰ってきてしまった、今思えば結構失礼なことをしてしまったかもしれない。
「あぁその、慌てて帰ってしまってごめんなさい、でもその刀は夕霧が持つべきって考えは変わらないからね」
「えぇ、そのことに関してはアルマさんが決めてくれたことですから、私も感謝しています。ですから―――」
夕霧は片手を差し出し、笑顔でアルマに告げる。
「よければ私と、共に旅をしてくれませんか?」
私はその言葉を聞いて気が動転しそうだった、昨日私が言おうとしていたことを夕霧が今言っている。
「あ、あのっ、刀を返した恩を感じての事だったら気にしないで・・・、私、昨日そうやって恩を売れば誘えるって打算が少しあったけど、後ろめたくて言えなくって・・・だからその手は取れないの・・・。」
最悪だ、自ら2度も道を断ってしまった、でも後ろめたさと罪悪感を残すよりこの方が幾分もマシだ、そう思えたからこそ出た言葉とも言える、心残りはあれど後悔しない選択肢を選べたと思う。
夕霧はその言葉を聞き、突然笑い出した。思っていた反応と違って私はあっけらかんとしてその様子を見ていた。
「あはは、失礼、アルマさんはとっても真面目なんですね。」
「なっ―――」
「たしかに私もアルマさんには感謝してますし恩を感じていないと言えば嘘になります。ですけど私は昨日、アルマさんに冒険に出てみたいという話を色々してくれたのを聞いて、アルマさんと一緒に旅に出てみたい、そう思っていました。」
夕霧は少し苦笑して語りだす、意外にも夕霧も私と同じような気持ちだったのだ。
「ですがご家族もいるのに勝手に連れ出して良いものかと、色々と悩んでいました。ですが夜に諦めていた刀を持ってアルマさんは私の所に来てくれました、だから私はこの巡り合わせを信じてお誘いすることに決めたんです。」
「これは正真正銘私の意思です、改めてこの手を取っていただけませんか、アルマさん。」
私はそれを聞き迷わずその手を取る、もうその手を取る邪魔をするものは何もなく、私も笑顔で返す
「うんっ、これからよろしくね夕霧っ!」
私はこの奇妙な巡り合わせに感謝した、お互いに信頼できた最高の仲間を手に入れることができとても嬉しかった。
すぐにでも冒険に旅立つ用意をしなくては、私はこれから始まるであろう冒険に心が踊り夢中だった。
しかしこのやり取りの一部始終を両親が見ていたということはすっかり忘れていたのである。