第十八話:『大空へ手を伸ばし』1
「ふーむ、このレイピア、魔法が刻まれてるわね、何の効果かまではわからないけど。」
「へぇ、それは知らなかった・・・、母さんの事だからただの剣かなって思ったんだけどね。」
馬車の中、移動中にアイアンスパイダーを倒した時に起きた雷石の鉱脈の電撃について色々話していた。
本来、魔石の類は魔法を扱えないとただのマナのこもった石ころに過ぎない、魔法使いはそれを補助にして魔法を扱う手助けに使うのが本来の魔石の使い方だ。
だから人の手で魔石を触ったくらいではなんともないはずだが、どうやらこのレイピアには簡易的な魔法が刻まれていて、柄の中に魔石が埋め込まれていたようだ。
推察すると、何らかの理由で雷石の鉱脈にレイピアが当たった時、雷石が力を発揮してアイアンスパイダーはあえなく感電死、ということらしい。
正直魔法にはあまり詳しくないのでこんがらがるような話だったが、母さんがくれたこのレイピアに魔法が仕込まれてるという事を知れたのは意外な事実だった、一体何が仕掛けられているんだろうか。
「でもあんなでっかいクモ倒して、お姉ちゃんたちやっぱ強いね!」
今まであの基地からほとんど出たことないみたいで、この旅で色んなものを見て一喜一憂していた。
アイシャちゃんはこっそりついてきたけど、こうして自分の目で様々なものを見て、感じて学べるのであれば、良かったと思う。
「あれはまぐれだよ、あんな大きなアイアンスパイダーなんて見たこともなかったし、あんな鉄の塊に剣は全然通らなかったしね。」
「まぁ、あの場所が雷石の採掘現場だったことや、このレイピアに魔法が刻まれていたのが幸運だったわね、幸運も実力のうちよ。」
「でも、なんで魔法なんて刻まれてるんだろう?」
「こういう魔法を刻む武器って結構珍しいし、たまたまアンティークとして流れてきたんじゃない?」
武器に魔法を刻むのは、熟達した魔法使いしか行えない。
それだけ魔法の呪文を武器に刻むのは困難だし、綺麗に施さないと行けないので装飾や彫金といった技術も必要になる。
だが完成したその見た目は王宮に飾られてもおかしくないような豪奢なものも多く、一見無駄に見えるような装飾もまた実用と見た目を兼ね備えて人気が高く価値も高い。
だからそんな品物を母さんが持っててもおかしくないのだが、この無骨とも言える飾りっ気のないレイピアにまさかそんな魔法が刻まれてるとも思わず、びっくりだ。
「おっ、見えてきた見えてきた、境目だ。ほら見てみなよ、これが南北の境界線だぜ。」
「境目?」
馬車のドアを開けて外の様子を見る。そこは今までの赤褐色大地から一変、緑あふれる広大な草地と生い茂る木々、見慣れた風景なのにまるで新世界のように感じられる風景だ。
「わぁすごい!緑だ!しかも辺り一面!」
「この砂漠と森林で南北が決まってるんだ、こっから先は南部、砂埃と鉄の味ともしばらくお別れだな。」
馬車はそのままゆっくりと緑生い茂る南部地域へと足を踏み入れる、土が隠れるほどの緑々しい草花と、日光を遮るほど高い木々と生い茂る葉、そして通り抜ける風に混じって肌にべたつく湿気がお出迎えする。
「何か急に涼しくなった気がする!」
「そりゃ森に入ったしなー、あぁそういえば、アイシャはここまで来るのは初めてだったか。」
「そうなんだ、アイシャちゃんは森を見るのは初めてなの?」
「うん、ずっとあの場所にいたから、違う景色見るのは初めてなんだ~!」
アイシャちゃんは初めて見る景色に興奮気味のようだ、自分が見てきた世界が広がる楽しさは、今まで冒険してきたから理解できる。
初めて見る新しい景色はそれだけで今までの自分が作ってきた常識が破壊され、広がっていく、その楽しさと学びが冒険であり、旅なのだと私は思う。
「あ、ちょうど川があるわね。ちょうどいいわ、水の補給しておきましょう。」
森の中を進んでいると、ちょうど目の前に小川が現れる、残りの水も少なくなってきていたし休憩がてら水の補給と砂埃まみれの服を洗うことにした。
「んしょっと・・・、わぷっ、ごほっごほっ!」
着ている服を脱いで軽くはたくと砂埃が舞って出てくる、長いこと砂漠の風に当てられて服が砂まみれだ、さっさと綺麗にしてしまいたい。
「アイシャちゃんも、ほら服脱いで、頭のそれも洗いましょ?」
「やだー!自分でやるからいいのーっ!」
ホリィ姉が頭に巻いてる布を取ろうとすると、頑なに拒否されてどこかに行ってしまった。
この辺はモンスターがいない比較的安全な場所だから問題はないけど。
「アイシャちゃん、頭だけは触らせてくれないのよねぇ、なにかあるのかしら?」
「そういえば頭のアレ、なんで巻いてるんだろう?重そうだけどなぁ。」
アイシャちゃんはいつも、ターバンの出来損ないみたいな布を頭に巻いている。
巻いてる隙間から髪の毛が飛び出しているし、髪留めの役割もあると思うが随分布が余ってるしで、不格好だから直してあげたいが、本人が触らせてくれないならどうしようもない。
あんまり嫌がることをしてもよくないから、いずれ機会を見て聞いてみようとは思う。
「まぁいずれ話してくれるかもしれないし、とりあえず服の洗濯済ましちゃいましょ。」
「おっとそうだった、早めに洗わないと夜になっちゃうしね。」
洗濯も終わって、馬車と木の間にロープをかけて洗濯物を干す、さすがに大人数だけあって干すのも一苦労だ。
その後すぐにアイシャちゃんは戻ってきた、無事でほっとしたが、どうやら離れたところで自分で洗濯してきたらしい、できる子だなぁと関心したが一応危ないからあまり離れないように注意も忘れない。
それからしばらく時間が立ち、夕暮れの中、木々の隙間から空を見上げると何か不思議なものが見えてくる。
「んん?何あれ?」
「何か見つけたんですかアルマ?」
「ほら、あそこ、なにか見えない?」
「んー?おぉ、あれは気球だな。」
オレンジ色の空にプカプカ浮かぶ丸い物体、アメリさんは気球と言っていたが本物を見るのは初めてだ。
この世で空を支配するのは、ドラゴンとドラゴンテイマーだけと言われて久しいが、そこに人類が挑戦し入門したのがあの気球だ。
初めてモンスターの力を借りずに人が空に飛び立ったということで一時期話題になったらしいが、なにせ私が生まれるより前の話だ、気球は本にかかれていたから知っていたし、勇者がこれに乗って世界を旅したという眉唾な話も知っている。
しばらく皆で気球を眺めていたが、次第に高度を落とし地面に降りていく。
どうやらあの辺りで誰かが気球を飛ばしているようだ、ホリィ姉の古い地図には案の定村は書かれていないが、ちょうど通り道のちかくなので寄り道することにした。
そして翌朝、気球が上がっていたところに立ち寄ると、森を切り開いたような土地に小屋が1つ建っていた、そして小屋のそばには気球と思わしき物が置いてある。
「わーすごい、気球ってこんなに大きいんだ!?」
「ほんとですねぇ、遠くから見たらさほどでも有りませんでしたが、近くで見るとこんな大きな物が浮いてたんですね。」
「おやお客さんかな?こんな辺鄙なところへようこそ。」
振り返ると、若い見た目の男と、子供が二人立っていた。挨拶して小屋の中に入れてもらい、色々と話を聞く。
なんでも彼は、人里離れたこの場所で気球の研究を家族で行っているとか。今は奥さんが近くの村まで買い出しに行っているらしく子守をしていたようで、ちょうどそこに私達が訪れたというわけだ。
「そうですか、それでここにいらしたのですね。」
「はい、昨日気球が見えたら気になっちゃってっ。」
「はは、気球は良いですよ、地から離れて空へ飛び立てるんですから、まるで神にでもなった気分を味わえます。」
「しかしまたなんで気球の研究を?」
「今普及しているような気球は、まだまだ低い高度しか飛べないんです、ドラゴンのほうがもっともっと高いところを飛べるので、だからドラゴンより高く、遠くまで行けるような気球を作りたいなって、ただそれだけなんです。」
「ふぅん、学者肌だねえあんた、わかるよとてもわかる。」
「わかりますか?南の都で大学で色々学んで、その時に気球に興味持ったんですよ・・・!」
どうやらアメリさんと気が合うようで、私達そっちのけで会話に花を咲かせているようだ、趣味が合うと人は饒舌になるものとはよく言う。
「ねえねえ!この子たちと遊んできていい!?」
アイシャちゃんはどうやら学者さんの子どもたちとすっかり仲良くなったようだ、誰とでも打ち解けられるのはとてもいいことだ。
「いいけど、あまり遠くに行っちゃダメよ?このお家の周りでね?」
「はーい!」
元気な返事とともに3人の子供は元気に外へ飛び出していった。




