第十七話:『鉱山と民』2
私達はその後、無事村に馬車を運び込んだ。
幸いなことに、その村には鍛冶職人がいて馬車は無事修理できそうだ。
修理は快く引き受けてくれて、数日もすればまた旅を再開できるだろう。
そんな折、村長が訪ねてきて、魔物退治をお願いしてきた。どうやらこの村の鉱山に魔物が住み着いて困っているらしい。
そういうことで、私と夕霧は案内役の村人と鉱山に潜りに入っているのであった。
「わー、すごい、こっちにはガーネット、あっちには金鉱脈もある・・・!」
鉱山に入って驚いたのは、まず鉄、銀、銅、などなど様々な鉱脈があちこちに点在していることであった。
まあ鉱山だから鉱物資源があるのは当たり前だけど、それらが全く掘り起こされていないのが違和感を感じるのだ。
全く鉱脈が手つかずなのはどういうことなのだろうか、これだけ豊富な鉱石類、全て掘り起こせば村人皆大金持ちだろうに・・・。
「ねぇ、こんなに鉱石があるのに掘り出さないの?このガーネットだってすごく純度高そうなのに。」
「あぁ?そんな石ころ掘り起こしたところで、誰も買ってくれねぇだよ。」
「えっ?だってこれ宝石よ?買い手がつかないわけ無いじゃない?」
鉄などの鉱物はともかく、宝石はいつの世の中も需要が常に高い代物だ。
高度な職人による加工が必要になるが、その美しさに魅了される貴族や金持ちは少なくない。
それに魔法の触媒にもなるので、魔法使いの杖などにもはめ込まれるため需要は尽きないはず。
なのになぜ売れないのだろうか、素人の商人でさえ宝石なんて値打ちは分かりそうなものなのに。
「それは簡単なことさ、需要がないんだ。」
「需要がない・・・?」
「んだ、こんなとこより大きな鉱山はいくらでもあるし、貴族様お抱えの鉱山で商人の需要はまかなえちまうのさ、くいもんも石ころも、ぜーんぶ港に集まるからな。」
「でも外からも商人は来るでしょう?」
「いんや、陸からこっちにくるにゃ山越えなきゃいかんから、全然こないなぁ。」
「・・・そっかぁ、山のおかげで全然来ないのね。」
「だなぁ、しょっちゅうがけ崩れが起きただの聞くしなぁ。」
これだけの宝の山も日々の食事に変換できなければただの石ころということか、でもそれならここで何を掘っているのだろうか。
私と夕霧は奥へ、更により深くに鉱山を潜っていく、松明では酸欠になるかもしれないので雷石カンテラに持ち替える。
カンテラに変えたことで光量が落ちてかなり暗くなる、周囲の壁もかろうじてわかるくらいでゆっくりと壁に手を付きながら進む。
「アルマ、どうやらあまり壁に手をつかないほうがいいみたいですよ。」
「えっ?どうして?」
夕霧がカンテラで壁を照らす、するとそこには腕が入りそうな小さめの穴がぽっかり空いている。
「これはアイアンスパイダーの巣穴ですね。」
「おぉあんたよく気づいたな、んだ、ここからはアイアンスパイダーの巣穴が出てくるだよ。」
アイアンスパイダー・・・、鉱山や岩場などに生息するクモの一種で、鉄鉱石や稀に生き物を食べる雑食性の生き物だ。
鉄鉱石を食べ、体に鉄の針を生やして身を守ったり攻撃に使ったりするのが特徴で、上質な鉄を精錬してくれるので古代ではその鉄針を利用していたのだとか。
本来ならこういった鉱山に住んでいるのは珍しい生き物だ、やはり放置されている鉱石が原因で住み着いてしまっているのだろうか。
「うっかり巣穴の付近に手をつこうものなら、餌と間違えられて噛まれてしまいますよ。」
「うーわ、あぶなっ、気をつけなきゃね・・・。」
しかしこんな奥深くまで彼らは何を掘っていたのだろうか・・・、いや、正確には何を探し求めていたのか、だろうか。
「おらの案内はここまでだ、ここの先は一本道でそこに魔物がいるだよ。」
「道案内ありがとうございます、では退治してまいりますので。」
「帰り道もあるし、おらはここで待っとるよ、気をつけてな。」
「任せてよ、ぱぱっと退治してきてやるわ!」
案内の村人と別れ、言われた道を奥へと進む。
途中から階段状になっていて、さらに奥へ深くへ入っていく。
そして見えてきた行き止まりの部屋になにやら気配を感じる、ここにモンスターがいるということね。
夕霧と二人で恐る恐る部屋の中を照らす、中は思ったより広く、手元のカンテラしか光源がないのでとても暗い。
レイピアを抜いてゆっくりと中に踏み込む、ここまで動いているのに中々姿を見せないのは奥深くまで入ってくるのを待ち構えているのだろうか。
「アルマ!上っ!」
「っっ!!」
夕霧が叫び、上を見上げるより先に後ろへ飛び退く、すると私が立っていたところにドスンとなにやら大きな物が落ちる音がする。
一瞬落石かとも思ったが、これがモンスターに違いないと即座に考えを改めてカンテラで照らす、するとそこにいたのは・・・。
「あ、アイアン・・・スパイダー・・・!?」
カンテラに照らしだされたのは尋常ではない大きさのアイアンスパイダーだった、ここまで大きいのは全く見たことがない。
アイアンスパイダーは成虫でも片手のひらサイズのクモだ、こんな人よりでかいクモなんてまさしくモンスターであろう。
もしかしてここはやつの巣穴なのだろうか、だともすれば私達は餌か侵入者だ、全力で攻撃してくるだろう。
そして天井から急降下しての奇襲に失敗したと見るや、即座に脚を振り下ろして殴りかかってくる、鉄を身にまとったその巨大な脚は当たれば無事ではないだろう。
幸いこっちは夕霧と二人だ、片方に注意が向けばもう片方が攻撃しやすくなる、落ち着いて立ち回れば倒せない相手ではない。
「アルマ、二手に。」
「わかったわ!」
夕霧も同じことを考えていたようだ、再び前足で殴りかかってくると同時に別れ、私が後ろ、夕霧が前側になった。
「もらった!」
相手が後ろを向いているなら無防備ということだ、レイピアを構えやつの大きなお尻に突き刺す・・・が、無数に生えた鉄の針に邪魔されて剣が奥まで届かない。
攻撃されているのに気づいたのか、後ろ足が飛んでくる。すぐに離れて横に回避する。
奴はそのまま後ろ足でお尻を素早くこすり、鉄の針を飛ばしていた、後ろに離れていたらそのまま鉄の針が刺さってやられていただろう。
お尻に生えている無数の針は防御兵器でもあり攻撃にも使える、ああやって後ろ足で飛ばして攻撃するのだ。
もっとも、こいつくらいの大きさなら無数の弓兵が矢弾を豪雨のように降らせるのと同じ威力がある、あれに当たれば一瞬で穴だらけにされてしまうだろう。
(くっそ、どうすれば攻撃できる・・・?)
文字通りの鉄の皮膚にどう対処していいか思考を巡らす、夕霧はその間も攻撃を避け続けている。
鉄を身にまといながらも身軽に動くその動きはまさに化け物、モンスターとしか形容できない。
「そうだ・・・!これならいけるかも・・・!」
再びレイピアを構え走り出す、今度はちゃんと考えあってのことだ、大丈夫と自分に言い聞かせる。
アイアンスパイダーは夕霧への攻撃に夢中で気づいていない、とても無防備だ。
「たぁぁあ!」
レイピアで足の関節に斬りかかる、予想通りここには鉄の防備がない、いともたやすく足は切り裂かれ体から離れた。
「やっぱり関節は無防備ね!いける!」
やつに致命傷を与えるなら足ではだめだ、やっぱり胴体を狙わなければ。
アイアンスパイダーがよろめいている隙に上へとよじ登り、胴体とお尻の関節にレイピアを突き立てる。
ここをぶった切ればさすがのこいつも絶命するだろう、突き立てたレイピアを横に引き裂こうとした瞬間、丸太を打ち付けられたかのような衝撃で吹き飛ばされる。
「うあっ!」
「アルマ、大丈夫ですか!?」
後ろ足で吹き飛ばされてしまったようだ、尻餅をついて体制を崩している私に、やつが足を振り上げ今まさに振り下ろさんとしている、万事休すか・・・、と思った時に耳をつんざくようなピシャーン!という轟音が鳴り響く。
何かと思ってみてみると、私のレイピアが露出した岩肌に当たって、そこからまばゆい光とともに電流が流れていた。
あの岩肌は雷石の鉱脈だ、村人たちの目当ては雷石の鉱脈だったのか、しかもこれはかなり大きな鉱脈のようだ、アイアンスパイダーにすごい電撃が走っている事からも察せられる。
体内に強力な電撃が流し込まれ、アイアンスパイダーはひとたまりもなく絶命して、倒れ伏した。
こうして見たこともない巨大なアイアンスパイダーの討伐は辛くも終わったのである。
その後、無事に馬車は修理され、村を後にして旅を再開することができた。
「しっかし、あんなに深い坑道なんで掘ってたんだろって思ったら、雷石の鉱脈が目当てだったなんてねぇ。」
「彼らが生きていくにはそれが一番確実で手っ取り早い手段だからな。雷石はこの西の地が需要のほぼ全てだが、それでも需要は尽きない、だから血眼になって掘るのさ。血の宝石とか巷では揶揄されるそうだが、皮肉なものだよ。」
「血の宝石ねぇ・・・。」
西の地の都に向けて、馬車はひた走る・・・。