第十七話:『鉱山と民』1
私達は南にある西の都に向けて馬車を走らせている。
ホリィ姉は布教活動、アメリさんは新しくできた銃の売り込み、私達はそんなホリィ姉たちの護衛と見事にバラバラな旅であったが、何かに襲われることもなく和気あいあいと馬車は進んでいた・・・のだが。
「うーん、困ったわねぇ・・・。」
「手持ちの道具では、修理は難しいですね。」
なんと馬車が壊れてしまい、立ち往生するはめになってしまっのだ。まぁ盗賊の大軍団から必死の逃走劇をしたこともあって、かなり無茶をしていたからなのかもしれないが。
「しかしどうしたものか、私達は歩いていけば問題はないだろうが、馬車がなければ荷物の輸送に困るぞ。」
「そうですねぇ、ですが応急修理が無理となると、せめて近くの村まで運ぶしかなさそうですが・・・。」
夕霧がそう言うと、ホリィ姉は馬車から地図を出して広げる、大体の現在位置は把握できていたが地図に書いてある最寄りの村の場所まではかなり遠そうだ。
「ん?ちょっと待て、この地図の情報古いな。確か・・・この辺に村があったはずだ。」
アメリさんが地図に印をつける、その場所は地図上の村よりも遥かに近く、馬を出して村から応援を呼んでもらえれば、日没前に壊れた馬車を村まで運ぶことができそうだ。
「村に行って、村人さんたちに助けてもらえれば、馬車を村まで運べるかもしれないわ。」
「そうですね・・・、私も街道の真ん中に馬車を放置しておくのは良くないと思いますし、アルマの意見には賛成ですね。」
「まぁ悪くないんじゃないか?じゃあ馬車を守るのと村に行くのとで二手に別れよう。」
そして皆で話し合った結果、村の位置がわかるアメリさんと村人の事情に明るいホリィ姉とミィーシャさんで行くことになった、私達は馬車とアイシャちゃんを守って帰りを待つことになった。
「護衛とはなんだったのやらね。」
「ははは、心配するな、こう見えても賊を返り討ちにするくらいの実力は持ってるからな。」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ、とりあえず気をつけてね。」
「ありがと、じゃあ行ってくるわね。」
馬車につないでいた馬に跨り、3人は行ってしまった。
残された私達はまったりと周囲を警戒しつつのんびりと過ごす、聞こえてくるのは風の音とと荒野の砂が舞い上がる音だけだった。
「・・・やっぱり待ちぼうけっていうのは性に合わないわねぇ。」
「そう言わないでください、皆さん戦いには長けてる人達なんですから、信頼されてるということですよきっと。」
夕霧と馬車の上でのんびり過ごす、アイシャちゃんは馬車の中でゆっくりとお昼寝中だ、これだけ暖かい陽気だと私も昼寝したくなる。
「しっかし何もないと暇ねぇ・・・。」
「ふふ、なにもないのが一番ですよ、のんびりと帰りを待ちましょう。」
「夕霧ってば、すごいリラックスしてるわよね~、襲われても知らないわよ~?」
「その時は気配で分かりますよ、盗賊とか動物は殺気が強いですから。」
そう言って夕霧はごろんと横になる、全くのんきなものだなあ。
とはいっても、なんとなく落ち着かないので周囲を見渡すが、相変わらずの砂と岩しかない。
夕霧は隣でのんびり寝てるし、こんなのでいいのだろうか?
あまりにも無防備な姿をしているので、本当に寝てしまったのではないか?そう思い夕霧にゆっくりと、そっと手を伸ばして頬に触れようとする。
これだけ無防備なら多少悪戯しても気づかれないだろう・・・そう触れようとした瞬間。
「ひゃっ!?」
「しー、静かに。」
夕霧に引っ張られて倒れ込んでしまった、急な出来事だったのでびっくりしたが静かにと言われたのでそのままの姿勢でじっとする。
「近くにモンスターが居ますね。」
「モンスター・・・!?」
「声が大きいですよ・・・。」
「ご、ごめん・・・。」
恐る恐る顔を出して周囲を確認してみると・・・いた、まだ遠いところにいるが、あれはゴーレムだ。
ゴーレムは岩や鉱石などに意思が宿った魔法生物だ。故に人間が人工的に生み出して使役することもあり、かなりありふれた存在ではあるが、見たところあのゴーレムは自然発生的に生まれた個体のようだ。
魔法使いなどが生み出すゴーレムと違って自然の岩で構成されている、いわゆる不格好な形をしているからだ、さしずめワイルドゴーレムといったところか。
ゴーレムは生産も行いやすいが故に、こうして自然界でも時折自然発生してしまう時がある、その時は使命などは持たないので、ただ暴れまわるだけのモンスターになってしまう。
危険なので本来なら危害が及ぶ前に倒さなければならないのだが、相手は岩の塊だ、剣などの物理的なものは通りが悪い。
なら息を殺して通り過ぎるのを待つのが得策だろう、夕霧にも考えを伝えておこうか。
「夕霧、ゴーレムがいるよ・・・!」
「あぁ気配の正体はゴーレムでしたか、となると分が悪いですね・・・。」
「このまま通り過ぎるのを待ったほうがいいかも、気づいてないみたいだし。」
「ならこのまま伏せておいてください、私が気配を追いますから。」
言われた通りに元の姿勢に戻る・・・が、これってよくよく考えたら夕霧に抱きとめられてる格好では?
ちょっと色々まずいと思うので慌てて横にずれようと動こうとするが、夕霧に止められてしまう。
「アルマ、今動いたら気づかれます・・・!おとなしくしててください・・・!」
「で、でも・・・きゃっ。」
気づかれたのかわからないが、私にも聞こえるくらい足音が近づいてくるのがわかる。
夕霧は私を暴れないようにがっちり抱きしめていて動けない、終いには口まで塞がれそうな勢いだ。
ズシンズシンと重たい足音はどんどん近づいてくる、気になって外を覗いてみたいが今外を見れば確実にゴーレムと目が合うだろう、それだけは避けなくちゃいけないのでここはぐっと我慢する。
こうやってくっついていると、体温が伝わってきてとてもドキドキしてくる、これはモンスターが迫ってくる緊張によるものなのか、夕霧に抱きとめられているものなのかはわからない・・・。
自分でもわかるくらいには心臓の鼓動が聞こえてくる、密着してるし、夕霧にも聞こえてしまっているのだろうか・・・。
そうだ、私も密着しているし、夕霧の鼓動は聞こえるかな?
耳を胸に当ててじーっと耳を澄ませてみる・・・、だが何も聞こえない、なんでだろう?
すごく気になってもっと押し当ててみる、だがうんともすんとも聞こえない、夕霧は心臓がない・・・???
って、私は一体何でこんな事しているのだろう、ゴーレムに見つかりそうで気でも狂ったのか!
普通ならドン引きされるだろう、何をやってるんだ私は。
「・・・アルマ?もう大丈夫ですよ?アルマ?」
「・・・へっ??」
恐る恐る顔を上げて周囲を見渡す、たしかにもう何も居ないし足音もしない、ゴーレムは完全にどこかに行ってしまったようだ。
「あー、よかった・・・、襲われたらどうしようって思ってたわ。」
「幸いにも気づかずにどこか行ってくれましたね、それにしてもかなり強くくっついて、緊張でもしましたか?」
「なっ、そう言うのじゃないわよっ、ただ胸の音が聞こえなかったから少し気になって・・・。」
「胸の音?ははあ、これのせいですね。」
夕霧が胸元から包みを取り出す、留め金を外して開くと、とても美しい装飾の入った化粧道具が入っていた。
「これって化粧道具・・・?」
「えぇ、そうですよ。一応私も女ですから、こういうものも持ってます、見せるのは初めてですけどね。」
櫛やら筆やら見たことないものまで色んなものが入っている、何よりきれいで高級感あふれる装飾がすごくいい、貴族や王族が持っていてもふさわしいくらい美しい代物だ。
「こんなもの胸に忍ばせてたならそりゃ音が聞こえないはずねえ。」
「ふふっ、音を聞こうと必死に耳を押し当ててたんですね、アルマもすごくドキドキしてたし、すごく緊張してるのかと思ってました。」
「私の胸の音聞いてたんだ・・・?」
「えっ!?あー・・・いやその、ふ、深い意味はないんですけどね・・・?」
その後三人が帰ってくるまで二人は赤面しっぱなしだったそうだ。