第十六話:『久しぶりの旅路』2
その日の夕方、適当な場所を見繕って野営の準備をする。
とはいっても、野生動物やモンスターに襲われないような場所を見繕い、そこに腰を下ろす程度だ、寝泊まりは馬車の中が安全なので交代で寝泊まりをする。
草木は多少生えているものの、ここは荒涼とした荒野だ、夜は自然と気温が下がりかなり冷える。
当然焚き火はするが、その焚き火に使う材料も自然には全然ないので持参するしかない、旅をするのにも西の地はやはり過酷であるのには違いない。
唯一自然採取できるのは食料くらいだろうか、こんな大地にもたくましく生きる植物や動物などで食べられるものを採取する。
「わー、ここにもいるんだサラマンダー。」
久しぶりに川沿いに野営するので、探してみたらこんなところにもファイヤーサラマンダーがいた、ほとんど草木もない、こんな川にもいるのを見ると中々にタフな存在なのが伺える。
「あーだめだめ、そいつらは食えないよ、油に痺れ毒があるんだ。」
「えーそうなの!?サラマンダーなのに!」
私が捕まえているのを見てアメリさんが声をかける、どうも川に流入してる鉱石の成分が影響しているらしく、ここのサラマンダーは痺れ毒を含有するようになったらしい。
「久しぶりにサラマンダーの串焼き食べられると思ったのに、残念。」
「そんなにうまいものか・・・?油が強くて私は好きになれんが・・・。」
「あんまりこういう物食べてこなかったから、妙に気に入っちゃったのよね、でも食べられないなら仕方ないかぁ。」
「そればっかりはな・・・、お、これなら食べられるぞ。」
草むらに手を突っ込んで何かをとる、何を取ったのか気になって見に行くと、それなりに大きな豆のようだ、半月のようなさやに豆が入っている。
「これは?」
「こいつはアイアンビーンっていうこの辺じゃよく生えてて栽培されるやつだな、名前通りものすごくかったい豆なんだが、長時間煮込むとホクホクになってうまいぞ。」
「へー、でも自警団の食事で見たことなかったわね。」
「料理するの大変だからなぁ、それに食料を自活するには向いてない土地だ、輸入したほうが安上がりまである。」
「この土じゃろくに植物が育たないみたいだしね・・・。」
地面の砂をかるく掬って手のひらの上で揺らす、血のような真っ赤な土は少し鉄のにおいがする。
勇者の伝説の通りなら、この土は昔ここに住んでいた人達の成れの果てということになる。
世界を救うために犠牲になったのに、その結果が後世まで続く不毛の地になったとしたら皮肉なものだ。
「よし、こんなもんありゃいいだろ・・・ん?アルマどうした?浮かない顔して。」
「この土見てたら勇者の伝説思い出してね、アメリさんはどう思う?」
「私にそれを聞くかい?愚問だよ、こんなもんはただの鉄の混じった土塊さ、それ以上でもそれ以下でもないよ。」
「ふふっ、アメリさんらしい論理ですね。」
「そう思うかい?」
「なんというか、ロマンのかけらもない現実的な意見って感じだと思いますよ。」
「なんだそりゃ、まぁいいけどさ・・・、取るものも取ったし、とっとと戻るぞ。」
二人して手に入れた大量の豆を持ってキャンプ地へと戻る。他にも食材を探しに出かけていたホリィ姉がサビトマトという食材をとってきた、これも鉄サビのように真っ赤で固い野菜らしい、この地の植物は固くなる傾向でもあるのだろうか。
「よっしゃ、ここは一つアメリさんが料理を作ってやろう!」
「こんなかったい野菜で料理作れるの?」
「そりゃもちろん、こんな土地だからな、こんなものでもなんやかんやすれば美味しい飯になるのさ!」
それからアメリさんは、鍋を用意して調達した食材を全部鍋に入れて煮込み始める、両方ともそのままでは噛めないほど硬いが煮込めば柔らかくなるそうだ。
「うーん、いい匂いがしてきた・・・!」
「そろそろトマトがいい具合に煮崩れてくるな、そしたら後は残りの材料と調味料を入れるだけだ。」
トマトが煮崩れてぐずぐずになり、水と混ざってどろっとしたスープになる、そこに干し肉と調味料を入れて更に煮込めば出来上がり。
「さぁできたぞ、豆とトマトのスープだ。」
「あんな食材で作ったのにすごく美味しそう・・・。」
スープ皿に早速よそって食べてみる、ドロドロに溶けたトマトとシャキシャキした食感の豆がとても美味しい、ふやかして柔らかくなった干し肉と調味料もいいアクセントだ。
「これすごく美味しいじゃない・・・!」
「だろう?まぁ長いこと煮込まないといけないから、貧乏人の料理とされてるんだがな。」
「貧乏人の?確かにすごい時間煮込まないと食べられたものじゃないけど、むしろ美味しいと思うけどなぁ。」
「うまいまずいの話じゃないのさ、単純に南部から供給される食料が十分量あるということだよ、だから苦労してまでこんなものを食べなきゃならんのは、貧乏人・・・というわけだ。」
「それだけ南部から食料が?」
「そういうことだな、他の地域からの輸入もあるし、この死の大地で農耕しようなんて物好きもいない、故に貧乏人の料理というわけだ。」
そう言われると、元々は岩石みたいに硬いこの食材を食えると思ったのか、はたまた飢えを凌ぐためにどうにかして食べられると思ったのか・・・、人の知恵と意地はすごいなと改めて思う、よく食べようと思ったものだ。
「どうにか皆が幸せに、平和に暮らせればいいのにね。」
「まるで聖職者のようなことを言うじゃないか、開拓地なんて我先に富を奪い合う弱肉強食の場所だよ。」
「あら、本物の聖職者を前によくそんなことが言えたものね?」
「実際事実だろう?それはあんたもよく知ってるはずだが?」
「まぁ、ね・・・、鉱石の需要が減らない限り、この土地の人達はどんどん不幸になりそう。」
「こればっかりは考えても仕方ないさ、ホリィさんは施し、私は自警団、それぞれ努力し続ければいずれ実るだろうさ。」
ホリィ姉はそれを聞くと少しだけ微笑み食事を続ける、その後は皆で談笑しながら特製スープを食べ、夜は交代で見張りをしながら睡眠を取ることになった。
「昼間は暑いのに、夜は冷えるわね。」
「木が全然ないからね、土と岩だらけじゃ夜は冷えるのよ。」
ホリィ姉が飲み物をもってやってくる。どうやら眠れないらしく、くじで当たった不幸な見張り当番の私に会いに来たようだ。
「休まなくていいの?ホリィ姉。」
「眠れないから差し入れついでにおしゃべりしに来たのよ。」
手渡されたのはいい匂いのする薬草茶で、旅を始める前はよく飲んだものだ。
この地にもこの薬草は入ってきているようでいつも買っているらしい、このお茶を飲んでいると旅する前の昔を思い出す。
「そういえば、ご両親はまだ道具屋さんに住んでいるの?」
「うん、あそことは別に大きな荘園も持ってるけど、貴族の人を出迎えたりするときにしか使ってなかったわねぇ・・・。」
「相変わらずねえ、昔から変わってないわね」
「そりゃもちろんよ、顔の小じわは増えたけど相変わらず子離れできなくて、出立する時も泣いてたわ。」
「なんとなく想像できるわね、ふふっ。」
「しばらく顔を合わせてなかったし、今のホリィ姉見たらびっくりするかも?」
ホリィ姉が教会に入信してからばったりと交流がなくなり、しばらくの間寂しそうにしていたし、きっと今のホリィ姉に会えばとても驚くだろう姿が目に浮かぶようだ。
「そうねぇ・・・、西の地の治安が一段落したらご挨拶に行くのもいいわね。」
「もう、それっていつまでたっても無理じゃない。」
「ほんとにね、領主があまり北部に関心がないからいつまでたっても治安が良くならないし・・・。」
「領主?治めてる貴族がいるの?」
領主はその名の通り自らの土地を治める貴族のことだ。
領地を持つような貴族はかなり高位であり、領地内においては王に並ぶような権限を持ち、私兵がそのまま治安軍として使われる。
しかしどうやら領主は北部の治安ができないのか、しないだけなのか、いずれにせよ何らかの理由がありそうだ。
「貧富の差もどんどん増すばかりだしね、貧しい北部の民の目がいつか南部に向けられたら・・・、それこそ取り返しのつかない事態に発展するかもしれないわ。」
私にはそうならないように願うほかないだろう、それこそ一介の旅人なのだから、神に願うしかない。
「同じ人同士、血で血を洗うような戦争にならないよう、私もお祈りしておくわ。」
「ありがとアルマ、できるだけこの平和な日々が続くように、私も日々祈らなくちゃね。」
二人で夜空を見上げ、平和な日々が続くように祈りを捧げる。
ふと、昔もこんな感じで二人で子供時代を過ごしたなと、昔の記憶がどんどんホリィ姉といると思い返される。
モンスターが出る気配もないし、ホリィ姉とのんびり昔話に話を咲かせるのもいいだろう、そんな夜だった。