第十六話:『久しぶりの旅路』1
「ん~っ!!」
腕を高々と伸ばし、伸びをして、馬車の上で久々の暑い日差しを浴びていた。
肌をジリジリ焼くような強い日差しと、赤茶げた地面と岩だらけの一面の荒野、私達は基地を出てひさびさに旅をしている。
相変わらず天井に大量に積まれた飼い葉の上で横になって突き抜けるような青空を眺める、強い日差しがなければ昼寝にはちょうど良さそうなくらい晴れ渡っている。
「なんだか眠そうですね。」
「干し草が意外と柔らかくってね~、ただ寝るなら日差しが強すぎるかなぁ。」
アルマと夕霧は干し草の上を座席に、馬車に揺られて旅をしていた。
そもそもなぜ馬車の上に乗っているのかというと・・・。
「お姉ちゃんたち、ご飯だよー!」
馬車のドアを開けてアイシャがひょっこり顔を出してパンを届けてくれた、飲み物と一緒に受け取って少し早い昼食だ。
「おぉい、私の分はどこだ?」
馬車の中から声が聞こえてくる。そう、アメリさんも同乗しているのだ。
旅をするための物資に加え、人が二人も増えて馬車は定員オーバーになってしまったので、私達二人はこうして天井で馬の飼い葉を椅子にして特等席で馬車に乗っているのだ。
「アメリさんは銃関係で乗るのは知ってたけど、まさかこっそりアイシャちゃんまで乗ってたのはわからなかったわね。」
「私もですよ、腰掛けようとしたら飼い葉の中から突然飛び出してくるんですから。」
二人で顔を合わせながら苦笑する、いつの間にかすごい大所帯での旅になってしまっていたが、西の地に入るまでは二人きりだった、それと比べると、とても賑やかなものになったものだ。
「西の地でホリィ姉に出会ったときからそうだけど、随分騒がしくなったよね~。」
「そうですねえ、山を超えるまでは二人きりでしたし。」
山脈を超える時には山の寒さで凍え、さらに大きな暴れイノシシを退治したり、色んなことを経験してきた。
西の地に入ってからも盗賊の大軍団に襲われたりと、とても波乱ばかりで世界はおとぎ話のようにはできていないと、改めて実感する。
「夕霧はこんな世界を旅してきたんだよね・・・、盗賊が居たり、モンスターが居たり、やっぱり世界ってすごいなぁ。」
「急にどうしたんです?家が恋しくなりましたか?」
「違う違う、私はずーっと両親に付いて回るくらいしか外に出たことなかったから、こうして旅をしてみて、色々大変だなーって思って。」
お昼ごはんの固いビスケットと干し肉を食べてる夕霧を見ながら物思いに耽る。
夕霧はガチガチに固い昼食を食べるのに苦戦していたが、一口分なんとか飲み込むと喋り始める。
「んぐ・・・。ん、そうですねぇ、たしかに世の中は悪い事のほうが際立って見えがちです。ですが、それと同じくらいに良い事もあったのではないですか?」
夕霧が微笑みながらそう問いかける、たしかに良い事もこれまでにたくさんあった。
首都でおそろいのアクセサリー買ったことも、初めてモンスターを退治したことも、ゴブリンたちに出会ったことも、全部良い思い出だ。
「そうね、何も悪いことばかりじゃなかったわ、良い事もたくさんあった。」
「ふふ、そういうことですよ、良いことも悪いこともいっぱい起きますが、旅はそれが醍醐味です。」
「でも悪いことが起きたらすっごく落ち込むし、ショックになることもあるじゃない?そういう時はどうするの?」
「ふむ、そうですねぇ・・・、そういう時は早く忘れるに越したことはありませんね。」
「良いことねぇ・・・、例えば?」
「例えばそうですねぇ・・・、私には心強い仲間がいる、とか思ってみるのも良いかもしれませんね。悪い感情は溜め込まずに仲間に話すこともスッキリできると思います。」
「じゃあ何かあったら夕霧に話せばいいのかなっ!」
「おや?私ですか?」
夕霧はきょとんと意外そうな顔をする。まるで私は選ばれないという顔だ。
「えぇそうよ?私が街を出るのも、そしてずっと旅を続けて来られたのも、夕霧がそばに居てくれたからだよ、私一人じゃ満足に焚き火すらできなかったと思うわ。」
「な、なんだかそう言われると照れちゃいますね・・・あはは。」
夕霧は顔を赤くしているが、実際夕霧とは旅を始めて一番付き合いが長い、当然私は彼女を相棒と思っているしとても信頼している。
勇者も旅を始める時にこんな仲間に出会ったのだろうか、本として残っている勇者の伝承では序盤の話はてんでバラバラで何一つ統一されていない、本によって経緯は様々だ。
例えば天啓によって旅に出たとか、王様に命じられて魔王を倒す旅に出たとか、故郷が焼き払われ復讐を誓い旅に出たとか、全くもってどれが本当の話かもわからない。
「ねぇ、夕霧はどうして旅に出たの?」
勇者の旅立ちについて色々考えていたら、ふと夕霧の旅の始まりについて気になった。
夕霧は長い道を歩いて大陸の反対側からやってきた、何を彼女をそうさせたのか少し興味が湧いたのだ。
「旅に出た理由ですか?」
「うん、夕霧は極東から旅をしてきたんだし、どうして旅をする気になったのかなって。」
「そうですねぇ・・・。」
夕霧は少し沈黙した後、顔を上げて話し始める。
「・・・私の故郷は戦争していたというのは話しましたよね?」
「えぇ、ずっと戦いに明け暮れていて、平和になったのは最近の出来事って言ってたわよね。」
夕霧はこくりと、静かに頷いて話をすすめる。
「それで、戦いが終わって平和になって、全てが終わったので旅に出ました、ただそれだけです。」
「・・・それだけ?」
「えぇ、それだけですよ。」
「何かこう、宿命を背負ったとか、お尋ね者を探してとか、そういうのはないの?」
この話を聞いていたのか、御者席にいるミィーシャさんが何故かビクッとした気がするが、気のせいだろう。
「あははっ、アルマは私を何だと思ってるんですか。私はそんな勇者でもないですし、一介の旅人ですよ。」
「むむぅ、きょ、興味本位で聞いてみただけだからっ・・・。」
急に恥ずかしくなり、ぷいっとそっぽ向いてふてくされる。確かに勇者のことについて考えていたから、何かそういうこと無いかなって思っちゃったけど、世の中そんな劇的にはできてないわよね~。
「でも、アルマに出会ってから私の旅はとても楽しくなりましたよ、だからアルマは私にとっては特別な存在・・・かもしれませんね。」
夕霧の手がそっと頭の上に乗っかり、撫で始める。今までにないパターンだったのでびっくりして夕霧の方を見てしまう。
「ゆ、夕霧・・・?」
「いつも私がやられてばかりですし、たまにはお返しですよ。」
わしゃわしゃと撫でられまるで子供のようだ、でも不思議と悪い気はしない。
撫でられるままにそのまま夕霧に体を預ける、土と鉄のにおいがする西の地の空気に混じって夕霧の匂いがほんのりとする気がした。
「今日はどうしたんですか?随分と大人しいじゃないですか。」
「んー、日差しが強いからかもね。」
冗談のつもりでそう言ったのだが、それは大変と言われて頭にタオルを被せられてしまう。
ただまあ、おかげで顔も隠せるし赤くなった顔を隠せてちょうどよかったかもしれない。




