第十五話:『褐色少女と東方の旅人』2
「とりゃーっ!」
今日も大の大人が子供に蹴散らされる、最近では噂を聞きつけたベテランもアイシャの稽古に付き合っている。
最初のうちは多少苦戦はしていたが、すぐにベテランも打ち倒すほどにめきめきと実力が伸びて、いまや自警団で彼女は一番の格闘戦技術を持っているとまで言われ始めたのであった。
技術の覚えが良いのは子供だからなのか、それとも元々才能があるからなのか、技術以外にも反射神経、状況に応じた機転、彼女はどれをとっても理想の動きをする、教えた私も唸るほどいい動きだ。
「夕霧おねーちゃん、みてたー!?」
「えぇ、今もすごくいい動きでしたよ、ものすごく上達しましたねアイシャ。」
頭でも撫でてやろうと思ったが頭に巻いてる布が邪魔で思いとどまる、何故巻いてるのかよくわからないがとても重そうなこの布は聞いてもはぐらかされるし、触ろうとすると彼女はとても怒る。
あの布は見た感じ髪留めなのだろうが、そんなに伸びているのであれば何故切らないのだろうか、少し疑問に思うがなにか理由があるのであれば深く切り込んでいくのは逆に失礼だ。
「えへへー、褒められちゃったー!」
これだけ成長するのであれば将来は武術の達人と言われるほどになるだろうか、私よりその道の人に託して本格的な指導をしてもらえば更に伸びるかもしれない。
私の格闘術は実戦的なものばかりできちんとした武道ではないので、名門道場などに入門すれば免許皆伝は固いだろう。
「それで夕霧お姉ちゃん、お姉ちゃんと一回勝負してみたい!」
「私とですか?」
ついにこの時が来た、いつか言われると思っていたが想像以上に早かった。
いずれ戦う相手に物足りなくなってくると思っていたので覚悟はできている、ただ格闘術に関してはもはや私と同等か、もしくはそれ以上と見ていいだろう。
「・・・いいですよ、では準備しましょうか。」
「やったあ!」
返答を聞いて待ちきれないのか、アイシャはそそくさと訓練場に移動する。私も軽く体をほぐしながら対峙して立つ。
「いいですか、これは真剣勝負ですから手加減はせずに、全力でかかってきてください。」
「わかったよ!怪我しないように気をつけてねお姉ちゃん!」
アイシャは自信満々に言い放ち、構える。私が教えたから当然だが全く同じ構えをとる、この構えも完璧で隙がない、我ながら冥利に尽きると言ったものだ。
「でやぁーっ!」
虚をついてアイシャが飛び込んでくる、いきなりの奇襲はとっさの判断が必要で対処もしにくい、中々良い判断だ。
「ですが。甘いっ・・・。」
その奇襲突撃を軽くいなして投げ飛ばす、私が技を教えた以上相手の手の内は全て知っているから対処ができるのだ。
「のわぁぁっ!」
「さぁまだ始まったばかりですよ、どんどん来なさい!」
「さすが夕霧お姉ちゃん、読まれてたかぁ、だけど・・・まだまだーっ!」
投げ飛ばされ地面に転がるも、即座に立ち上がり向かってくる、きちんと教えたとおりにジグザグに動きながら相手に気取られないように近づいて一撃を狙う、彼女の動きは完璧だ。
「ここだっ!虎襲!」
接近した彼女が選択した技は先程と同じく、飛び込んでの一撃だった。だが先程よりも低姿勢で隙のない技選びは状況判断ができていていいだろう。
「龍芭蕉!」
「うわわっ・・・!」
回避しづらい、できない攻撃は下手に避けることはせず迎撃する、これも彼女には教えていたことだ。
私が迎撃をすると見越していたのか、すぐに攻撃を中断して引き下がったので私の攻撃はかすりもしなかった、この辺の判断もしっかりできていて格闘家としての才を感じずにはいられない。
「今のをよく躱せましたね、お見事ですよアイシャ。」
「へへへっ、これも全部、夕霧お姉ちゃんに教えてもらったからね!」
なるほど、今の攻撃は十中八九迎撃されるだろうと踏んで、即座に回避行動に移ったという事のようだ。
こういった様子見の攻撃は初撃を決められなかった時点で有効になる。
戦いとは、相手の予測を超えた攻撃を決めることが全てであり、戦いにおける最初の一撃というのは、相手が何をしてくるかわからないという、予測不可能な点においては最も効果的な瞬間である。
だがその初撃を当てられなかったなら、相手はその動きを学習してしまうのだ。特に人相手なら、なおさら警戒され攻撃を行いづらくなる。
現に、今私とアイシャはお互いに距離を取り、手を出しづらい状況に陥り膠着してしまっている。
お互いに技を知っている以上、繰り出す技の読み合いとなり容易には近づけない。
「来ないのですか?・・・ならば行かせてもらいますよっ!」
さすがにいつまでもにらみ合いを続けるわけにも行かない、戦いとはただ待つだけではなく攻めるのも重要である。
攻めにおいて重要なのは相手に何もさせないことである、猛攻と言えばいいのだろうか、相手を防御に追い込んでこちらが一方的に攻め立てる、これが理想だ。
「はあああっ!」
「うぐっ、くぅ・・・!」
要は相手に考える時間を与えないことだ、手を変え品を変え、あらゆる方法で攻め立てれば考える余裕も生まれない。
(ここだ・・・!)
防戦一方になればその分隙も生まれやすくなる、目の前の攻撃に対処しなければならないので余裕もなくなる、そこが付け入る隙だ。
「これで・・・、翔蝗打っ!」
「うああッッ!!」
アイシャは防御の一瞬の隙を突かれ、一撃を与えられ吹っ飛んで壁に叩きつけられる。それでもまだピンピンしてるのを見ると攻撃が浅かったのか、それともアイシャがタフなのか。
「言ったはずですよ、こういった場合距離をとって仕切り直すのが優先だと、防御し続けるのは得策ではありません。防御は一時的な繋ぎで、反撃か回避かどちらかをすぐ選ぶことです。」
「あたたた・・・、さすが夕霧お姉ちゃんだ、まだまだ敵わないやぁ・・・。」
「アイシャはまだ高度な判断が甘いですね、しっかり頭に入れておかないといけませんよ。」
とはいえさすがの私も余裕とは行かず、猛攻をした分体力を消耗し多少の息が乱れる。攻め手側はどれだけ早く相手の防御を崩せるかも課題の一つだ。
攻めることは守ることよりも一段と難しい、私もまだまだだな、と心に戒めておくことにした。
だが同時に出来心で教えたとは言え、きちんと成長している姿は内心嬉しく思う、顔には出さないがとても喜ばしいことだ。
「さて、じゃあ稽古も終わりにしましょう、汗はしっかり湯浴みして流さないとですよ。」
「はーい!」
「おうおう?何の騒ぎだ?」
誰やら入ってきたので声のする方を見ると、アルマとアメリさんが入ってきていた、・・・というか気がつけば観客がものすごくいる、どうやら私とアイシャの手合わせを見物しようと集まっていたようだ。
かなりの人だかりなのに、戦いに集中してて気が付かなかったのはそれだけ私も余裕がなかったということだろうか、私も彼女同様に成長をわすれないようにしなければ。
「あぁアルマ、訓練場に顔を出すなんて珍しいですね?」
「ようやく銃が出来上がったのよ夕霧、あーだこーだ頭を使うのは疲れるわね。」
アルマがやれやれと言った表情を見せる、出来上がった試作品は売り込む前にテストを行うらしい。
テストを行いつつ、問題がなければ西の地の都まで出向き銃を売り込んでいくという、アメリさん曰くいつものことのようだ。
それでテストはアルマ直々に行う事になったらしい、もし不具合とかなければこの銃をくれるという。
「それで受けたんですか。」
「いやぁもらえるなら嬉しいな~って思って・・・。」
「それで馬車を出す私のことも少しは考えなさいよね。」
ホリィさんもこの場に現れ顔を出す、西の地の都までの道中、彼女の馬車にまた頼ることで話はついているらしい。
「まぁそういうわけだから、ここともお別れね。」
「ふふ、てっきりこのままここに定住するのかと思いましたよ。」
アルマに笑って冗談を言う、アルマは快適な暮らしだったけどね、と笑う。
なにはともあれ、また旅を再開することになりそうだ、まだまだ冒険の旅は終わっちゃいない、今夜は身支度で忙しくなるだろう。




