第十五話:『褐色少女と東方の旅人』1
アルマが銃の製作の手伝いをしている間、夕霧は暇を持て余し、最近は訓練場へと通うのが日課となっていた。
夕霧は銃のような機械的飛び道具は少し苦手だった。扱えないわけではないが、ああいう先進的なものはどうも馴染めなくて好きではない。
なのでアルマの邪魔にならないようにするのを兼ねて、訓練場に行くことが多くなったのである。
この訓練場にはまだ実戦経験のない新人団員たちが日夜訓練していていろんなことを学んでいる。
すぐにでも任務に就かせたいのは山々だろうが、素人同然の彼らをいきなり向かわせては悪党に餌を提供するようなものだ。
幸い銃の訓練はそこまで時間はかからない、銃の発射手順と普段の手入れ、後は隊列の組み方など学べば扱いは一通り完璧である。
では新人はここで何をしているのかと言うと、近接格闘訓練である。
いくら銃があっても近接戦闘が決してなくなるわけではない。もし懐に入られたとして、格闘戦の知識がなければそのままやられてしまう恐れもある。
なので夕霧は新米の相手役を買って出て、訓練の手伝いをしているというわけであった。
「よ、よろしくおねがいします・・・!」
「えぇ、こちらこそ、手加減せずに全力で向かってきてください。」
わざわざ削り出して作ってもらった木刀を構え対峙する、相手は新米といえど自警団の隊員、怖気づくようなことはない、このへんは流石といったところか。
「たああっ!」
相手の方から突進してきて銃で殴りつけようとしてくる、勇猛果敢なのはいいことだが、猪突猛進なのは1対1では致命的だ。
「はっ!」
夕霧は攻撃を軽くいなして回避する、そしてそのままの勢いですっ転んで後ろから木刀を突きつけられて勝負あり。
「いいですか?相手と1対1になった時は、まず相手の動きを見極めて避けることが大事ですよ、そしてその後反撃です、わかりましたか?」
「はい、ありがとうございました!」
「よしっ、じゃあ次!」
やはり私は体を動かしていたほうが性に合っている。体を動かしていたほうが何も考えずにすむからだ。
そんなこんなで新人の訓練を終えて一旦休憩、汗を拭い水分をとる。休すむこともまた重要だ。
夕霧が休んでいると、後ろの方に気配がして振り返る。すると褐色肌のあの子が迫ってきていた、大方いたずらでもするつもりだったのだろう。
私がにっこり微笑んで挨拶すると、彼女は驚いた表情をする。
「ちぇー、また驚かせなかったー、夕霧お姉ちゃんにはいつも気づかれちゃう。」
「ふふ、長年の修行の賜物ですよ、鍛えれば気配を察知することは自然にできるようになりますからね。」
「おおー、すごーいっ!アイシャも出来るようになるかなっ!?」
「そうですね・・・毎日かかさず鍛錬し続けていれば、会得できると思いますよ。」
「わーいいないいなっ!アイシャもとっくんしたーいっ!」
「ふむ、そうですねぇ・・・。」
実際彼女はとても身軽で身体能力はとても高そうに見える、一緒に出歩いているときも飛んだり跳ねたり忙しない元気に溢れているし格闘技の一つでも覚えれば将来有望になるかもしれない。
「よし、それじゃあ簡単な格闘技でも習ってみますか?」
「いいのー!?やったぁ!」
「ただし、格闘技は人に危害を加えるものでは無いので、むやみに使わないこと、これが守れるのであれば教えましょう。」
「はーい!わかった!」
その後訓練場の一角を借りて、アイシャちゃんに格闘技を教えることとなる。
そしてまず基本中の基本、構えから教えることにする、何をするにしてもまずは構えの姿勢がなってないことには技は極まらない。
「うーんと・・・こう?」
「もっと腰を落として、もう少し脚を開いてください。武道の基本はまず構えから、これが自然と出来るようになれば次の技を教えましょう。」
「わかった!頑張って覚える!」
それからというもの、アイシャちゃんはひたすら構える練習を始めた・・・のだが、驚くべきことにあっという間にあっという間に構えを覚えてしまった。
いくら飲み込みが早いとは言え、自然とこれが出来るようになるのは普通なら1週間くらいかかるはずだが、やはり才能があるのだろうか。
「へっへーん!どうっ?完璧だよね!」
「驚きましたね、構えを自然に出来るようになるのに普通はもっとかかるんですが、お見事ですよ。」
「これで次のこと教えてくれるんだよねっ!」
「えぇ、次は拳や足といった、より実戦的なものを教えますね。」
彼女は期待通り夕霧から様々な技を会得していった、夕霧も彼女の退屈しのぎになればと軽いものだけ教えるつもりが、飲み込みがとても早いのでつい本格的な技まで教えてしまう。
気がつけば彼女は大人顔負けの立派な格闘術を身に着けた武闘家になってしまっていたのである。
(やってしまった・・・本当はここまで教えるつもりはなかったのですが・・・。)
夕霧が頭を抱えてるのをよそに、アイシャちゃんは新米団員に混ざって組手をしていた。
武器を持った団員を教えた格闘技で打ち負かしていくのは教えたかいがあったという感情と、子供が覚えるには不相応なものを教えてしまったという後悔が混ざり複雑な気分になる。
「とりゃーっ!」
「こ、こどもに勝てないなんて・・・。」
「いぇーい!夕霧お姉ちゃん見てたー!?」
彼女の呼びかけに手を軽く振って応える、まぁ今のところは調子に乗ってどうこうするわけでもなさそうなので、とりあえずは一安心というところだろうか。
彼女だからなのだろうか、それとも子供だからなのか、すでに30人以上と組み手をしているのに全く疲れを見せていない。
休憩を取るようにはさせているが、かなりエネルギーがある子だと思う、ここまで疲れ知らずだとある意味一種の才能ではなかろうか。
「アイシャ、一旦休憩にしましょう。」
「はーい!」
私の呼びかけでアイシャちゃんが戻ってくる、呼吸もあまり乱れていないし汗もほとんど出ていない、やはり元々の体力はすごく高そうだ。
「ねぇねぇ、夕霧お姉ちゃんは海の向こうから来たんだよね?」
「え?まぁ海の向こう・・・といえばそうかも知れませんが・・・。」
「お姉ちゃんが住んでた海の向こうってどんなところなのー?海の向こうにも人が住んでるって聞いたよ!アイシャはここから出たことないから聞きたいんだ!」
「アイシャはずっと外に出たことがないのですか?」
「うん、危ないからーって、外に出たことはないよーっ。」
「そうなんですねぇ、いつか自分の目で外の世界を見ることが出来るといいですね。」
「自分でお外にー?」
「そうですよ、私もアイシャくらいの年齢の時は山へ修行に出歩いたものです、ちょっとした冒険ですね。」
「わーいいないいな!もっと教えてー!」
「ふふ、構いませんよ。そうですねぇ、どこから話しましょうか・・・。」
こうしてアルマは銃の製作を、夕霧は新人団員の訓練と、アイシャちゃんの格闘技の師匠として、お互いの時間を過ごしていったのである。