第一話:『旅立ち、その前に』2
アルマが冒険者になるための条件を突きつけられて数ヶ月が経った。
冒険者になるために父の店で手伝いをして貯蓄、母からは様々な訓練など色んな事を学び身につけている。
父が経営する店は品物を期限まで預かり価値の分だけお金を貸す、いわゆる質屋である。
昔から父の背中を見て育ってきたからある程度の目利きはできたが、実際習うとなると色々勝手が違う。
少々手間取る事もあったが武具の品質、日用品から高級装飾まで、あらゆるものの目利きを教えてもらい、今ではお店の番頭を任されてからはほぼ鑑定からお金の貸付まですべて任されるようになった。
こうした合間に母から冒険者の技術を学ぶ、戦闘はもちろんのこと野外での活動方法や生き残るための知恵、様々な事を教わり私のセンスに合わせた武器も見繕ってもらった。
しかし条件達成の目処は全然見えてこない、貯蓄はなんとかなりそうだが問題は仲間の確保だった。
修行の合間に酒場などに赴き仲間を探したが、誰にも取り合ってはもらえなかった。
外から入ってくる旅の冒険者にはすでに仲間がいてダメだった、傭兵の類も声をかけてきた人はいるが金銭で契約する相棒は母との条件に当てはまらない。
共に旅する仲間探し、これの目処が立たない限り冒険はできない、どこかに共に旅してくれる仲間が降って湧いてくるのを待つしかなかった。
そしてある日の朝、私はいつものように店の手伝いを始める。
普段のお店は暇も同然でお客は時間に関係なくぼちぼちとやってくる事が多い、まあ質屋だから波がないのも当然だが。
お店に持ち寄られる品物は大抵交易品か、冒険者向けの武具などよく見る物から高級調度品など、様々なものが舞い込んでくる、交易都市ならではの独特な品揃えだ。
父さんは先日から貴族の社交界に出向くため首都に出かけていて不在、母さんも父さんの護衛に同行していて今は私一人街に残っている。
開店してからも客足はなく、しばらくぼーっと店の陳列物を眺め妄想に浸る。
様々な国の様々な品物が陳列棚にあり、店前に並べるのは対して価値の無いものだがまるで世界の縮図のようなそんな光景が私は好きだった。
この品物はどんな国で作られどんな国からやってきたのだろうか、思いを馳せるだけで冒険者になりたい思いが高まっていく、これがいつもの私の日課だった。
「それにしても暇だなぁ・・・。」
品物を眺めているだけでも十分時間を潰せるが、何より今は仲間探しをしなくてはならない。
いっそ店じまいして酒場にでも足を運ぼうか、でも昼間に酒場で飲んだくれている奴らにろくなのがいるとも思えないが・・・。
カランコロン――
うだうだと考えていると突然店のドアが開きベルが鳴る、お客が来た。
「いらっしゃーい・・・。」
早く酒場に行って仲間を探したいのでぶっきらぼうに答える、どうせこんな時間にくる客は冷やかしか掘り出し物目当ての貧乏冒険者くらいだ、さっさと帰ってもらいたい。
急に来た客で少し予定が狂い不機嫌になる、目を瞑り頬杖をついて再びドアのベルが鳴るのを待つ。
冷やかし客なら品物を一通り眺めたらすぐに帰るだろう、あんたの欲しいものなんて何もないぞ、そう心に思いながらひたすら待つ。
「あのー・・・。」
「あ、ええと、何でしたでしょうかっ・・・!」
急に声をかけられ慌てて返事を返す、声が少し上ずってしまって少し恥ずかしい。
瞑っていた目を開けて相手の顔を見る、その姿は意外にも女性の客で少し驚いた。
肩まで伸びた綺麗な黒髪に、黒色をした見慣れない服、これは極東で着られる服だったろうか、服自体は取り扱ったことはあるが着用している人を見るのは初めてだった。
なにより容姿端麗で凛々しい顔をしていて少し見とれてしまった、極東の貴族の令嬢だろうか?それともまさか冒険者なのだろうか?
「表の看板を見たのですが、品物の買い取りをお願いできないでしょうか?」
「あ、はい買い取りですか?じゃあ品物を見せて下さい。」
買い取り?彼女は何を持ってきたのだろう?そう思っていると腰にささったものを外し、それをカウンターに置く、これは極東の武器、刀だ。
極東に伝わるこの独特な武器はこの交易都市にもたまに入ってくる事があり私も度々目にすることがあったので知識はあった。
しかしこの交易都市に入ってくるそれらは武器としてではなく、貴族が飾るような美術品として扱われることが多かった、だから実際に武器として使われているのを見るのは初めてとも言える。
「この刀を買い取ってほしいのですが、いくらになりますか?」
私はカウンターに置かれたそれを手に取り鑑定を始める、手にとった感触は重たいかと思っていたが、この刀は意外と軽かった。
そして慎重に鞘から抜刀する、刀身は鈍色に光り刃文がきらびやかに輝いていた。
「す、すごい・・・。」
ただそれだけの感想が出た、今まで刀を含めいくつもの武器を見てきたがこれほどのものは見たことがない。
こんな代物を買い取って良いものだろうか、それにこれは彼女が身に着けていたもので、よほどの事情があるのではなかろうかと勘ぐってしまう。
「どうですか?買い取っていただけるでしょうか・・・。」
「あの、一つ聞いてもいいですか?これほどの物をどうして売りに・・・?ずっとこれを身につけていたみたいだし、何か深刻な理由でも?」
どうしても気になって聞いてしまった、ちょっと込み入った事情に踏み入ってしまっただろうか、そう思っていると彼女は恥ずかしそうに話し始めた。
「あはは、実は私は当てのない旅をしているのですが、この街に入って財布を落としてしまい探しても見つからず、それで宿代がなく・・・。」
「それでこんなにいい物を売りに?なんだか気の毒ねぇ・・・。」
改めて刀をまじまじと見返す、これほどの逸品はそうお目にかかれないだろう。
財布をなくしてしまったのは気の毒だ、おそらくその財布も誰かに拾われてもう戻ってこないだろう、全くの不運であるとしか言いようがない。
「他に売れるものも無いもので・・・しばらく滞在して働いて返そうと思います。」
「そうね、それならこの刀すごく良いものみたいだし、金貨10枚で買い取るわ!」
金貨10枚、これは相当に破格の値段だ、酒場で寝泊まりするだけなら1、2年は滞在できるくらいには大金である。
「それで返済は利子がついて金貨12枚、一ヶ月の間に返済できたらこの刀は手元に戻ってくる、それでいいかしら?」
「えぇ、背に腹は変えられませんので・・・。」
思ったより即答だった、本人も半ばあきらめ半分なのかもしれないが、生活がかかっているならしょうがないとも思ってしまう
「ならこの契約書にサインを・・・。」
ペンを渡して契約書に二人の名前を入れ契約を交わす、彼女の名前を見ると夕霧と書かれていた。
(夕霧・・・極東ではこんな名前をつけるのね。)
契約書を交わし約束の金貨10枚を渡す、彼女はありがとうございますと述べた後店を後にした。
ドアのベルが音を鳴らし、店は再び静寂が訪れる。
「この刀、多分貴族の飾り物になるんだろうなぁ。」
預かった刀をまじまじと見る、返済期間は1ヶ月、そんな短期間に金貨12枚を稼ぐのは十中八九無理だろうと思う。
返済期限を過ぎたらこの刀はもうお店のものになる、これほどの刀なら貴族向けの装飾品として金貨30枚は下らないだろう。
彼女、夕霧はさっき当てのない旅をしていると言っていた、ということはやはり冒険者なのだろうか?
極東からここまでは途方も無い距離がある、遠路はるばるここまで無事にやってきたのなら実力は相当だろう。
こんな刀を携える冒険者だ、そんな冒険者が弱いはずもない、夕霧と冒険できたらきっと頼もしいパートナーになってくれるだろうか。
そんな想像を働かせながら刀を見つめる、少々勝手だがこの刀は私の部屋に置いておこうと思った。
長年旅をしてきたこの刀は見ていると不思議な気分になる、見たこともない景色が次々と脳裏に思い浮かび冒険への憧れをより一層高めてくれる、店の保管庫に入れて埃をかぶらせて眠らせておくのは気が引ける。
いつになったら私は冒険へ繰り出せるのだろうか、そんな事を考えつつ今日一日は仲間探しも忘れ、ずっとこの刀を飽きずに眺めて日が暮れるのであった。




