第十三話:『命を救うもの、奪うもの』1
その夜、久々に温かい食事と湯浴みができてとても満足し、私達は4人で談笑していた。
西の地について振り返り、早々に盗賊に襲われたり、強力な装備の自警団や村同士の争いで生まれる犠牲など、噂に聞いていたほど以上の治安の悪さを目の当たりにして深刻さを感じてしまう。
「村が盗賊に襲われたりで壊滅というのは理解できますが、村同士の争いというのはどういう事なのでしょうか?」
私が疑問に思っていたことを先に夕霧が質問をする。確かに村同士が争いあうなんて信じがたい事だ、同じ開拓者として希望を持ってこの地に来たはずなのにどうしてお互いに争うのか私も疑問だったからだ。
「それは、この土地でとれる資源が関わってくるわね・・・」
「資源・・・?鉱石のこと?」
ホリィ姉は一つの石を取り出してテーブルに置く、それはどこにでも売っているありふれた石である魔石だった。
魔石は古来から、魔法を扱えない者が魔法を一時的に使う手段として懐に忍ばせておくなど、一時的な魔法使用の触媒に使ったり、本職の魔法使いが魔法の力を高めるために装飾品として身につけるなど、戦いを好む者らの間では普遍的な存在だ。
魔力の宿ったこの特殊な石は、魔力の他に属性元素を宿す場合もある。そう言うものは区別するため元素の名前が当てられている、今このテーブルに置かれたのは雷属性を宿しているため雷石と呼ばれる魔石だ。
「これがそうよ、今この西の地では雷石を使った新しいエネルギー産出が始まってるの。」
「エネルギー・・・?」
「そう、今この部屋についてる明かりも、全部その方法で作られたエネルギーによってついてるのよ。」
「そういえば、昼間アイシャちゃんがこれ、雷灯って言ってた気がする。」
ホリィ姉がざっくりと聞いたものだと、この雷石が持つ雷属性を使って放出されたものを利用しているらしい。
魔石はあくまで魔法を扱うための触媒で、人が何らかの操作をしないと使えないという、今までの常識が覆されたと言える、私も魔石がこのような使われ方されてるとは夢にも思わなかった。
「そして一番の問題はこの雷石が眠る鉱脈・・・、これを巡って争いが起きるの。」
「鉱脈・・・?雷石なんてどこにでもあるようなものじゃない、わざわざ鉱脈を見つけないといけないほどなの?」
「違うのよ・・・、今この西の地で雷石がどれほどの値段するか知ってる?道具袋一つ分で家が立つわよ。」
「そんなに!?道具袋一つってそんな大きくないわよね・・・?」
「つまりはそう言うことよ、これを掘るだけで一攫千金、この雷石鉱脈がある村は潤うけど、鉱脈が小さかったり、なかったりする村は細々と別の鉱石を掘るしかなくて、差が生まれてしまうのよ。」
「なるほど、その貧富の差が争いを産むんですね。」
「えぇ、そういう鉱山は村が所有してるからね、それを奪おうと村同士の戦争が起きるの。」
「でもその武器はどうしてるの・・・?村がそう簡単に武器を調達できるわけ・・・あっ。」
そう、この西の地では簡単に武器が手に入ってしまうことに気がついてしまった。
銃だ、露店で売られるほど普及したそれは、素人が扱う剣よりも凶暴で、手軽で、破壊力に富んでいる時代の寵児とも言える兵器だ。
「もう西の地では安価な銃が出回っているし、火薬も弾丸も容易に手に入るからね。盗賊やモンスター撃退のために、どこの村も銃で武装しているのも当たり前なのよ・・・。」
テーブルに置かれた雷石を改めて見つめる、たかだかこんな石ころのために多くの人が争い命を落としているのかと思うと利便性とは何なのかと思えてくる。
「どうにかして争いを止められないのかな・・・。」
ただでさえ盗賊や危険なモンスターの被害もあるのに、同じ開拓者同士で争いを起こすのはとても悲しいことだ。その犠牲者が親をなくした子供であるなら余計にである。
「私達でどうにかできるならそれに越したことはないけど、まさか神の説法で止まるわけもないしね・・・。」
「聖職者がそれを言っちゃうのはどうなのよ・・・。」
「ふふ、それはそれ、これはこれよ。まぁ報告書とか色々まとめなきゃいけないし、数日はここにいる予定だから、しっかり休んでおきなさいな。」
そう言うだけ言って、ホリィ姉たちはそろそろ寝ると、自分たちの部屋に帰っていった。
夕霧と二人、椅子に座ったまま少しだけ無言の時がすぎる、そしてしばらくした後夕霧が口を開く。
「・・・アルマは、この西の地を見てどう思いますか?過酷な世界に幻滅しましたか?」
「ううん、そんなことはないよ。・・・確かに西の地で起きてることは世も末とは思うけど、そこだけが全てじゃないしね、まだまだ見たことのない場所もいっぱいあるし、一部だけ見て絶望なんかしないわ。」
夕霧はそれを聞くと、優しい笑みを見せた。言葉での返事はなかったが、夕霧の答えは表情でわかる。
思い返せば、夕霧ともそれなりの付き合いになってきた、交易都市で刀を質に入れに訪れてからずっと一緒にいる。
今思えば彼女がいなければこんな冒険に出られなかったし、仮に一人旅できたとしてもここまでは来ることが出来なかっただろう。
そう言う意味でも夕霧はかけがえのない存在だ、できることならこれからも、苦楽を共にして旅を続けられたら嬉しいと思えるほどに。
「どうしたんですか?人の顔を見つめて。」
「ふふっ、なんでもないっ。それよりそろそろ寝ましょ、もう夜も遅いしね。」
明かりを消してベッドに入り込む、柔らかいふかふかのベッドは地べたと比べれば快適すぎで文明の恩恵を感じずには居られない。
「アルマ、もしアルマが旅を終えるとしたら、どういう時ですか?」
「何、急に?・・・そうねぇ、多分帰りたいとか、満足したって思ったら・・・かな?」
「なるほど、変なことを聞いてすいません、おやすみなさい。」
とっさに思いついたことを言ってしまったが、帰りたいとか旅に満足したと思える日が来るのだろうか、今は全く想像できない。
「ねぇ夕霧・・・夕霧?」
返事が返ってこない、どうやらもう寝てしまったようだ。まぁ対して重要な話でもないし、私も寝てしまおう、ふかふかなベッドは私を深い眠りに誘うのにそうはかからなかった。
「・・・ん。」
朝になったのか、窓から陽射しで目が覚める。そういえばこの部屋はガラス窓だ、さすがにこれほどの規模の場所ならガラス窓も使われているか。
何やら呼吸音がするので、目を開けて隣を見る。そこには褐色肌の女の子が気持ちよさそうに寝息を立てていた、アイシャちゃんである。
「い、いつの間に・・・。」
いつ私のベッドに入り込んだのだろうか、最初驚かされた事といいいたずら好きな女の子だ。
彼女の頭に大きな布が乱雑に巻きつけてあるのがまず目に映る、昨日も見たが寝るときも外さないようだ。どうやらこれで髪の毛を束ねてるようだが、何かのファッションなのだろうか?
「おやアルマ、おはようございます。」
夕霧はすでに目覚めて行動していたようだ、いつも早寝早起きで夕霧の寝顔はいつも拝めない。
「おはよう夕霧、アイシャちゃんが潜り込んでたの。」
「あぁ私が起きた時にはすでにアルマのベッドにいましたよ、随分懐かれてるようですね。」
なんで懐かれているのかよくわからなかったが、好かれて悪い気持ちにはならないししばらくここに滞在するなら遊び相手くらいにはなってあげられるかな。まるで私に小さな妹ができたかのようで、少し嬉しかった。
とりあえず起こさないようにベッドをそっと抜け出し、身支度を整えよう・・・と思ったが服の裾をガッチリ掴まれていたようで、これはしばらくは動けないかな、と苦笑したのであった。