第十二話:『腕に巻かれた赤布』2
私が目覚めたらそこは小綺麗な部屋だった。
腕に痛みもなく、触ってみると怪我はそっくり無くなっていた。刺された記憶は確かにあるし痛みも覚えている、だが腕の傷が一切見当たらないのは違和感を覚えてしまう。
この部屋の小綺麗さから盗賊のアジトではないのはひと目で分かる、ということは私達は助かったのだろうか・・・。
腕を刺されてから意識が朦朧としていたから記憶は曖昧だ、ただ痛みだけを記憶していたから。
「あぁアルマ、目が覚めたんですか!」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、そこに夕霧がいた。
彼女にこれまでの経緯を聞くと、ここは助けてもらった自警団のアジトらしい、あの後彼らに保護されて拠点へ一緒にやってきて、私は気を失っていたからここで寝かされていたようだ。
「そうだったんだ。ごめんね、私が足引っ張っちゃったせいで・・・。」
「いえ、あれだけの数で来られたらいつか誰かがやられていたはずです、気に病むことはないですよ。」
仕方がなかったといえばそれまでかもしれないが、やはり多人数を相手にすることは今後も起こりうるだろう、そうなったらうまく乗り切れるのだろうか・・・。
今回はうまいこと自警団に助けられたが、こんな幸運は2度はないだろう。やはり色々と考えることは多そうだ。
「ん・・・?」
ふと、視線を感じてドアの方を見てみると、何やらひょこっと顔を出してこっちを見ている子供が見える、私が見やると慌てて顔を引っ込めてしまった。
「どうかしました?」
「いや、そこに子供が・・・。」
確かめるように入り口の反対側を覗き込むと・・・、いない、外は廊下になっているがそこにも居なかった、逃げちゃったのだろうか?
「ばーっ!」
「わひゃあっ!?」
上から急に出てきてびっくりして尻餅をつく、その姿を見て夕霧は笑うのを必死にこらえているようだった。
どうやってかわからないが、天井の梁に隠れてたようだ、意外と器用な子供だ。
「えっへへ!驚いたでしょ!」
「まったくもう、ぶつかったら危ないでしょ~?」
「アイシャ、そんなドジしないからヘーキだよっ!」
「アイシャ?それが名前なの?」
「うん!お姉さんたちよろしくね!」
話を聞くと自警団の皆は多忙なため私達のお世話を任されたらしい、そもそも自警団の本部に何で子供がいるのだろうか・・・?
「そういえば、ホリィ姉たちは・・・?」
「せんせーたちはこっちにいるよ!案内したげるっ!」
アイシャは間髪入れずに手を掴むと問答無用で引っ張って連れて行こうとする、子供はどこにこんなエネルギーを内包してるんだろうなぁと思うと、少し荒んだ心が癒やされる気がした。
そして連れられるまま部屋を飛び出し、廊下から外へ出ると坑道が姿を表した。がらりと風景が変わったことに少し困惑するが、さらに照明で明るく照らされていて首都の魔法灯をなんとなく思い出す。
「すごい、こんな整備されていない坑道に灯りが・・・。」
「雷灯のことー?ここじゃ普通のものだよっ!」
「これ、雷灯っていうの?」
「うん!ビリビリーがずずーってきてぱーって光ってるの!」
「うん・・・うん、よくわかんない。」
「あはは、まぁ子供の話すことですから。」
原理を話してくれてるのだろうがばばーんとかずどーんとか言われてもさっぱりだ、そういうのも含めて子供のやることは可愛げがあり和む。
そうして長い坑道を歩いていると大きな吹き抜けに出る、一番上は青天井になっていて太陽の光が吹き抜けに光の柱となって降り注いでいてなんとも幻想的な景色だ。
「わぁすごい・・・!」
「これは・・・とても見事なつくりですね。」
青空の見えるでかい大穴もさることながら、ここから下を見ると人工的な明かりが多数見える、もはやここは自警団のアジトなどという規模ではなく、一つの街だ。
「ねー!すごいでしょ!おやまをくり抜いて作ってるんだよ!」
見たところどうやら山をまるごと掘って居住地にしているようだ、先程坑道が見えたように元は鉱山だったのかもしれない。
それにしてもこれほどまでに大規模な採掘は見たことがない、硬い岩盤もあるのにどうやって掘り進んだのだろうか興味が尽きない。
この大きな吹き抜けは自然で出来たものでないのは一目瞭然だし、とても技術が発達しているのだろうか。
そしてこの吹き抜けの部分は螺旋状に道が出来ていて、一番下から上までぐるぐると道ができている、おそらくここがアジトの中心部なんだろう。
アイシャちゃんに先導され、そのまま螺旋状の道を下る、途中には別の通路や見回り中の団員とすれ違ったりもした、お店もいくつかあるようで活気のある声が通路から聞こえてくる。
そして最下層まで降りてくると、そこは貯水池になっていて透き通った水色が太陽の光を反射してキラキラとしている。
ここは多分雨水を貯水しておく場所なのだろう、飲料水を確保しておくのはとても重要だし、雨水なら川水のように上流からの毒物で汚染、という心配もないしとても良く考えられている。
そんな最下層にある一本の通路に入ると聞き覚えのある声が聞こえてくる、聞こえてくる声の内容は聖女の伝説、それを講話してるといえば一人しか居ない。
「・・・と、いうことで聖女様はお役目を果たし、勇者様は魔王を倒し世界に平和が訪れました、めでたしめでたし。」
ちょうど終わったようで、小さな拍手が起きる。この部屋には木でできた遊具やおもちゃなど、当たりに散らばっていて危うく踏みそうになってしまった、ここは子供部屋のようだ。
「あぁアルマ、目を覚ましたのね、なんとも無くてよかったわ。」
「おかげさまで、腕の傷治してくれたのホリィ姉でしょ?ありがと!」
ホリィ姉はほっと一息ついて安心したようだ、私の頬を撫でてにっこりと微笑みかける。
「アイシャちゃんが連れてきてくれたのね、えらいわ、よしよし。」
「えっへへ、やったー!」
「ホリィ姉、ここは子供部屋みたいだけど、なんでこんな場所が?」
今までこのアジトを見てきて、ここがただの拠点らしくないことはわかった、だけど子供の数はとても多い、そう、家族というものが見当たらないのだ。
商人は普通は家族を連れて商売はしないし、自警団の家族も考えられるがそれにしては螺旋通路でそういう一般的な女性も見かけず、出会うのは団員さんばかりで違和感を覚えたからだ。
「・・・ここにいるのは皆孤児なのよ、争いだとか盗賊に襲われたりして、両親を亡くした身寄りのない子どもたちを自警団の人たちが預かってるの。」
「普段お嬢様はここを拠点にして活動しています、なのでなにもない時は子どもたちの面倒を見ておられるのですよ。」
そう言うミィーシャさんもどうやら子供に勉強を教えている様子だ、小さい子に髪の毛を引っ張られたりアスレチックのように登られたりしてるのに全く動じないのは見事なものだ。
「そっか、この子たち皆・・・。」
「でも皆強い子たちよ、親を失っても希望を持って生きているわ。」
ここで生きていくには親に頼れないから自分の力が必要になる、だから子どもたちは自警団では雑用をしたり、小さい子の面倒を見たり、たくましく生きているようだ。
西の地では争いは多い、争いによって彼らのような子どもたちが犠牲になる。しかしここの子どもたちはその身に起きた不幸に頼ることもなく、自ら歩いて進もうとしている、その意志の強さに敬意を覚えた。
「ふふ、だから子供だと思って甘く見てると、痛い目を見るかもしれないわよ?」
「そうね、目を覚ましたときにも一本取られたし、この子達は相当強そうね。」
その後、アルマと夕霧もホリィの手伝いをして、子供に勉強を教えたり遊んだり、子どもたちとのひとときを楽しんだのであった。




