第十二話:『腕に巻かれた赤布』1
「絶体絶命ですね・・・。」
アルマは賊に捕まり、武器も地面に捨てさせられ、もはや為す術もない状況である。
遅かれ早かれたった3人ではこうなることは見えていた、正直予想以上には善戦はしたというところだ。
「普段、あなたはこういう状況はどう切り抜けているんですか?」
「そうねぇ・・・、一つ言えることがあるなら、ただじっと耐えてチャンスを待つ。かしら?」
こういう状況なのに落ち着いているのはさすが手慣れているのか、はたまた冷静を装っているのか。どちらにしても今は下手に動くことは出来ないしチャンスが来るのを待つしかなさそうだ。
「ケッ!チャンスなど来るものか、さんざん手こずらせやがって、この代償は高く付くぞ・・・!」
人質を手に入れ無力化出来たからか、賊の中から笑い声も聞こえ始める。彼らはすっかり勝ち誇っており勝った気でいるのだろう。
「てめぇらの身代金はいくらになるだろうなぁ!・・・あがっ!」
アルマを捕らえている賊が急に悲鳴をあげる、賊の腕にどこからか飛んできたナイフが刺さったのだ。
さらに間髪入れずにもう一本、ふくらはぎに飛んできて刺さりたまらずアルマを離し崩れ落ちた。
「・・・チャンス。」
彼女、ホリィがそうつぶやき、私は頷いて合図となる。
私はアルマを助けるために駆け出し、彼女は武器を拾って再び賊と戦い始める。
「アルマ!大丈夫ですかっ。」
「うぅ、夕霧・・・。」
彼女を抱え、腕の傷をみる。腕の傷はかなり深いように見える、早く治療をしなければ感染症などの二次被害も起きるかもしれない。
「なんとかぎりぎり間に合った、と言えるでしょうか。」
「ミィーシャさん・・・!ということは。」
目の前に現れたのはナイフを構えたメイド、ミィーシャさんだった。彼女が戻ってきたということは救援を呼ぶのに間に合ったということだろうか。
「居ても立っても居られず私だけ先行してまいりました、もうすぐ救援もやってまいります、ですので夕霧さんはその方を守っていてください。私はお嬢様を救援にまいります。」
手早くそれだけ伝えると彼女はホリィの元へ向かっていく、とりあえず馬車の中までアルマを連れて行けば安全だろう。ぐったりしているアルマを両手で抱え馬車までそっと運んでいくことにした。
「お嬢様、ご無事ですか。遅れてしまい申し訳有りません。」
「ナイスタイミングよミィーシャ、さすがの腕前ね!」
「いえ、機を伺っていてアルマさんを救出するのが遅れてしまいました。傷も深いので早く治療しなければいけないと思われます。」
「そうね、治療するためにもこいつらをなんとかしなきゃ。」
「もうすぐ彼らが駆けつけます、お嬢様はお下がりください。私が何とかいたします。」
両手にナイフを構え、まだ大勢いる盗賊たちと対峙する。
散々痛めつけられ、人質も奪い返され、逆上した盗賊がミィーシャを剣で斬りかかるも軽々と躱してその腕をナイフで斬り無力化する。
「所詮は賊、連携も取れてないですし数しか取り柄がありませんね。」
「くそがっ!これでどうだ!」
剣がダメならばと槍を構えた盗賊がミィーシャに突撃する、ナイフと槍ではリーチの差があり有利に戦えるという算段だろう。
それに対する答えと言わんばかりに手に持ったナイフを投げつける、その盗賊は反射神経がよかったのか寸でのところでナイフを避けた。
「そんなもん当たるかっ!」
「そうですね、当てようと投げたわけではありませんから。」
その瞬間に盗賊の片腕は突如上に上げられ、槍を放り投げてしまう。何が起こったのか、腕を見ると先程投げられたナイフが腕にあった。
「な、なんで・・・っ!?」
そのナイフをよく見てみると何やら光るものが見える・・・。糸だ、ナイフの柄に穴が空いていてそこから糸が伸びて腕に巻き付いていた。
「東の国の戦闘術です、よく覚えておくとよろしいでしょう。」
ミィーシャはそのまま糸を引くと、盗賊が引っ張られて手繰り寄せられ蹴り飛ばされる。
「くそ・・・、なんなんだこいつら、商人の護衛より強いじゃねぇかよ・・・。」
「だがもう後には引けねぇ!今ここで下がったら大損だ!」
恐れ知らずとはこの事か、幾人もの同胞がやられているというのにまだ向かってくる。
ここまで恐れ知らずな盗賊たちは今まで見たことがない、その勇猛さを別の方面に向けられればよかったのにと少し残念に思える。
「そこまでだよ!武器を捨てておとなしくしろ山賊ども!」
盗賊たちが振り返ると、そこには銃を構えている一団がいた。人数こそそこまで多くはないものの、銃で武装した彼らは3人で孤軍奮闘していた彼女らにとってとても頼もしい存在に見えた。
「自警団か!?手こずったせいで駆けつけやがったか。」
「あ、あいつら腕に赤い布を巻いてやがる、きっと赤布の奴らだ・・・!」
「赤布だと・・・!?聞いたことあるぞ、なんでも最新鋭の武器で構成された自警団で、その強さは折り紙付きだとか。」
「最新鋭だかなんだか知らねえが、数はこっちのほうが上だ!叩き潰しちまえ!奴らはその後だ!」
盗賊たちは反転して彼らの方に突撃していく、今のうちに全員で馬車に戻り銃撃の射線から退避する。
「ほう向かってくるか、馬鹿だな。射撃用意!」
横一列に並んだ自警団が銃口を向けて狙いを絞る。銃は遠すぎると当たらないので、彼らが近づいてくるのを落ち着いて待っている。
「撃て!」
号令とともに銃が白煙を上げながら一斉に火を吹く、それと同時に盗賊は倒れゆくがなお倒れた仲間を乗り越えて向かってくる。
「次発装填!装填終わったらもう一度斉射するぞ!」
銃の最大の弱点はその装填にある、銃口から先込めで弾丸や火薬を入れるのでかなりの時間がかかってしまう。
それ故に装填している間に距離を詰められて白兵戦、ということも起こるのだ。盗賊たちの狙いは間違いなくそれだろう。
「構え、・・・撃て!」
だがその目論見は早々に崩れ去った。第二射がとてつもなく早かったのである。
その後の射撃も、弓矢を撃つ速度と変わらないくらい早い連射を行っていた、銃でこれほどの連射ができるのはよほど熟練した人物がいるのか、それとも最先端の技術でも使われているのか。
いずれにしても、盗賊たちはその勇猛さも虚しく近づく前に銃弾によってなすすべなく倒れることとなった。
「よし、撃ち方やめ!生存者を捕縛、収容しつつ手当を!」
彼らはなれた手付きで戦闘の後処理を行い始めた、それもいつものことのような感じでとても手慣れている。
戦闘術といい、ここまで手慣れているのはもはや軍のそれと大差ない。これでいて彼らは自警団だというのだから、この地がどういうものか今一度教えられた気分になる。
「やれやれ、助かったわね・・・。」
「それよりもアルマがひどい傷です・・・!」
アルマは腕をナイフで深々と刺され未だ出血が続いている状態だ、ここまでひどいと感染症を防ぐために最悪腕を切り落とさないとダメかもしれない・・・。
「大丈夫、これでも私は教会の人間よ?今治してあげるからねアルマ。」
ホリィは魔道具を取り出すとアルマの傷口に当て、意識を集中して呪文を唱えはじめる。
すると柔らかな光りに包まれて傷はみるみるうちに塞がっていき、まるで怪我なんてなかったかのように綺麗な肌に元通りになってしまった。
「す、すごい・・・これが治癒魔法なんですか。」
治癒魔法は教会が持つ秘伝の術だ、かつて勇者と旅をした僧侶も戦いで傷つく勇者たちを治癒魔法で癒やしたとされる。
だがこの治癒魔法と呼ばれる魔法は、悪用されぬよう教会が秘匿してきた故にわかっていない部分も多い謎の魔法でもあるのだ。
秘匿するように命じたのは聖女の意志とは教会の教えであるが、唯一教会である程度の地位に就く者は認められ、治癒魔法を授かることが出来るらしい。
その性質故、神秘とされてきた治癒魔法だが実際にこうして見てみるといかに強力な魔法か理解できる。
アルマの傷はすっかりなくなり痛みも消えたのか、気を失って安らかな顔で寝てしまった。
「これでよし、この程度の傷でよかったわ。それじゃ彼らと話つけてくるわね。」
ホリィは慌ただしく、事後処理を行っている彼らのもとに向かっていく、戦闘で疲れてるはずなのに中々どうしてタフなものだ。
戦いが終わり、夕霧は安堵のため息を漏らすとともに、アルマが傷つけられて血を流したことにどこか胸が苦しくなり悲しくなった。
私自身が傷つくのは問題ない、だが彼女が傷つくのは見たくなかった。
それはなぜだろうか、やはり共に旅をする仲間としての情がそんな気分にさせたのか、今の夕霧にはまだわからなかった。