第十一話:『盗賊との戦い』1
嫌な予感は当たるもので、私達は今盗賊に追われている。
早朝、日の出前に出発したので幸か不幸か、出発直後に襲ってきたため、こうして馬車を走らせて逃走できた。
相手はかなりの人数だ、10人か20人か、馬の走る土煙でよく見えないがとにかく人数は多い。
相手の見た目はまちまちで、鎧を着た盗賊もいれば普通の格好の盗賊も居るし、装備も銃だったり剣だったりバラバラだ。
その見た目からして、食うに困った農民か、冒険者崩れが寄せ集まった盗賊団だろうとホリィ姉が予想する、つまり戦いの練度に差があるようなので対処はしやすいのだろう、人数が多くなければの話だが。
こちらといえばなんとか追いつかれないように馬車を走らせているが、こちらは大きな部屋を引いて走らせているようなものだ、流石に重量差が有りすぎるからいつかは追いつかれるだろう。ホリィ姉は最短距離で近くの集落まで逃げ込むと言っているがそれまでに追いつかれないという保証はない。
「このままだといずれ追いつかれない?大丈夫なの?」
「そうね、段々距離縮まってるし危ないかも。」
ホリィ姉は軽くいうと、ドアを開けて屋根の馬の飼葉の中を漁り弓矢を取り出す。そんなところになぜ武器が、という疑問は置いておいても、この距離から攻撃できるものには違いない。
だが周囲は何もない荒れ地だ、弓で狙いを定めたところで密集してなければそうそう当たらない。数本撃ってみたが成果はなし、さすがに牽制にもならなかったようで、盗賊は更に間を詰めてくる。
「だぁーめね、この距離じゃ撃っても牽制にもならないわ。」
「でも手をこまねいてたらこっちがやられるよ、どうしよう。」
あれこれ悩んでいたら、ふとあるものを持っていることを思い出し自分の荷物を漁る。
・・・あった、ゴブリンから餞別で貰った擲弾だ、あの巨大イノシシ撃退用に使った余りをいくつか分けてもらったのだ。
「これを使えば時間は稼げるかもしれないわ!」
「いいもの持ってるのね、ありがたく使わせてもらうわね。」
もらった擲弾の数は3つ、害獣撃退用だから大きな音と煙が出るだけで殺傷能力は極めて低い、だが馬程度なら一時的に行動不能にはできるだろう。
「それっ!」
ホリィ姉が導火線に火を付けて、擲弾を地面に転がす。しばらくして盗賊どもの隊列の中から大きな音と煙がもうもうと上がる。
・・・成功だ、擲弾が効かなかった盗賊たちは更に追いかけてくるが見るからに数が減っている。
この調子ならなんとかなるかもしれない、嬉しさに思わずガッツポーズをする。
ホリィ姉はまだ油断できないわよ、とはしゃぐ私を諌めて、御者席のミィーシャさんに声をかける。
「どう?ミィーシャ、あの場所まで追いつかれずに行けそう?」
「・・・難しいところですね、このまま愚直に後ろから追いかけてくるような者たちならなんとかなると思いますが。」
「つまり、待ち伏せや先回りが出てきたらヤバいかもしれないと。」
この問いに彼女は頷いて答える、ホリィ姉は馬車の中に戻ると改めて地図を開き唸り始める。
「うーん、待ち伏せが現れたらいよいよもって戦うしか無いわね・・・。」
「に、逃げ切ることはできないの?」
「それはちょっと難しいことになりそうね、この先は元々予定したルート程じゃないにしても谷間で起伏が激しいから、待ち伏せるには丁度いい場所だし。」
「先程撃退した盗賊たちも追ってくる気配が無いですからね、擲弾で距離が離れたとしても諦めが良すぎますし、先回りされてるかもしれません。」
「・・・そうね、それならいっそ迎撃するのも有りかもしれないわね。」
「あえて迎え撃つので?」
「えぇ、こっちは馬車引いて速度が出ないのに、相手もあまり距離を詰めてこない、おかしいと思ったのよ、襲われてからもうかなり時間経ってるのに全然差を詰められてないの。」
ホリィ姉の指摘を聞いて改めて追いかけている盗賊たちを見る、確かに距離は全然詰まっていない、それどころか距離を保っているようにも見える。おそらく弓などの射撃武器で被害が出ないようにしているのだろうか、となるとバラバラの盗賊の身なりも素人感を出すための偽装なのかもしれない。
ということは相手はプロの可能性もある、その場合私は自分の身を守れるのだろうか?
一抹の不安を覚えながらも、今は恐怖している場合ではない。自らの頬を叩き気合を入れる、それに一人で戦うわけではないし、なんとかなると自分に言い聞かせる。
そんな感じに自己啓発してるうちにどうやら方針が決まったみたいだ。
どうやら今馬車を引いてる二頭の馬のうち、一頭を分離してミィーシャさんを乗せ、今向かっている例の集落へ早馬にして応援を呼んでくるというものだ。
もちろんそうすれば馬車の速度は落ちるが、相手が強襲ではなく誘い込みであるなら速度が落ちたところで迫ってはこないだろう、むしろ追ってくる人数がほとんど居ない今なら逆に返り討ちもできるかもしれないくらいだ。
「ミィーシャ気をつけてね。」
「お嬢様こそ、戻ってくるまでご辛抱ください。」
二人は別れの挨拶を済ませると、ミィーシャさんは馬を走らせて遠くに消えた、追手も阻止する動きも見えないし、ひとまずは安心と言っていいだろう。
もう一度後ろの追手を見る、こちらは馬の数が減って速度が落ちているのに差は詰まっていない、やはり予想通りだ、彼らは一定の間隔で追いかけている、これならやはり襲撃するポイントまで誘い込みをしてくるのだろう。
それにしてもこれだけタフな追いかけっこをして、そこまでして襲撃したい理由はなんなのか、豪華な馬車だから金銀財宝が積んであると思っているのか、それとも身代金が取れそうな身分が乗っていると見えるのだろうか。
どちらにしても、そうしなければならないほど切羽詰まっているのが盗賊だとしたら、なぜそんな環境に身を投じざるをえなくなったのか、そんな疑問が頭に浮かぶ。
そんなことを悠長に考えていたら馬車に向けて矢が飛んできた。さすがに馬車が遅すぎたのか、馬車に向かってどんどん矢が飛んでくる。
「わわ、弓で撃たれてる・・・!」
「大丈夫ですよアルマ、あれはただの脅しです。」
・・・確かに、冷静になって考えてみたら矢を撃ってきても馬車の中なら安全だ、こんなものにも引っかかってしまうなんて、やはり動揺し過ぎなのだろうか。
「落ち着いて、あの首都での下水道のことを思い出してください、あの時と同じように構えていればいいんですよ。」
「そ、そんなに動揺して見えたかな・・・、人と戦うってだけでビクビクしてたらダメだよね。」
「いいえ、それが人としての理性だと、私は思います。降りかかる火の粉は払わねばなりませんが、それをなんとも思わなくなるのは、やはり狂っていることだと私は思いますから。」
「夕霧・・・。」
「大丈夫です、アルマを死なせたりはしません、何かあったら私が守ってみせますよ。」
「うん、ありがとう、夕霧!」
そうだ、私にはこんなに素晴らしい相棒がいるじゃないか、私は頼れる仲間がいる、不安も恐怖も仲間と共有すればいい、そういう頼り方もあるんだと学ばせてもらった気がする。
「・・・っ!待ち伏せっ!」
ちょうど谷に差し掛かろうとした時、別の道を塞ぐように陣取った新たな盗賊が姿を見せる。
ホリィ姉は馬を操作して彼らを避けて別の道へ入る、おそらくこれも誘導のひとつなのだろう、確実に追い込まれていく気がしている。
相変わらず追ってくる盗賊はたまに矢を飛ばしてくるだけで迫ってはこない、この道を行き着いた先はどうなるのか、まだまだわからないことだらけだ。




