第十話:『荒野を行く』2
御者席からノックされて、ホリィ姉が窓を開ける。固定窓だと思っていたが蝶番が付いていて窓が開くようだ。
「ミィーシャ、何かあったの?」
「あちらの丘の向こうに人影が二人見えたもので、おそらく賊ではないかと。」
ホリィ姉はすかさず双眼鏡を取り出すと、指し示された方角を見る。双眼鏡も持っているとは準備がいいなぁ。
「・・・なるほど、身なりからして盗賊の可能性が高いわねぇ。」
「どうされますか?」
「どうもこうもないわ、見つかった以上警戒しながら進むしか無いわね。」
「ではそのように。」
窓を閉めて席に座り直したかと思えば、今度は地図を取り出しにらめっこを始めた、山賊が現れたせいかすごく忙しそうだ。
「いつもあんなふうに盗賊がでるの?」
「ん?まぁしょっちゅう出会うことはあるけど、まだ街を出てすぐなのに見つかるのは珍しいわね。」
「じゃあ今回は珍しいケースなの?」
「そうかも知れないわねぇ、ひょっとしたら新興した新しい盗賊団かもしれないし、要注意ね。」
そんなポンポンと盗賊が出てくるなんて、ホントにこの地は治安が良くないんだなと実感する。
いつ盗賊がしかけてくるかはわからないが、いざとなったら盗賊とはいえ人を傷つける事になるだろう、その覚悟はしておかなければならない。
夕霧は戦争に参加していたって聞いたし、人を切りつけたことがあるのだろうか・・・、おそらくあるのだろうがそれ以上に殺めたこともあるのかも。
やはり人に危害を加えるというのは辛いことなのかな、と思案しているとホリィ姉に声をかけられる。
「次の街に行くルートなんだけど、あなたたちの意見を聞きたいのよ。」
そう言って地図の印を指し示す、ここがどうやら目的地で、その間にはなにもない広い平野と、山の間の断崖絶壁の谷間を通る道の2つがあるようだ。
どちらも盗賊の追跡を考慮に入れると悩ましい、平野か谷間か、どちらにしても盗賊はしかけてくるだろう。
「うーん、私なら平野を選びますね、平野なら襲われても馬車を走らせれば逃げられます。」
「そう?私は谷間かなぁ、谷間なら狭いから大人数で仕掛けられないし、私たちは少人数だから谷間のほうが万全に備えられるんじゃないかな。」
あれこれ議論した結果、平野は見通しが良すぎるし、休息中を襲われたらひとたまりもないので谷間を進むこととなった。
谷間を進むのは最短ルートでもあり、ほぼ一直線の道でもあるからなんとか駆け抜けられるかもしれないとのこと、多少不安ではあるが早く抜けられるならそれに越したことはないだろう。
谷に入るのを翌朝に決めて、その日のうちに村まで到着させることにした、こうすれば日が暮れる前に村にたどり着けるので追手が迫っても大丈夫だろう。
偵察と見られる馬はまだ追ってきているらしく、いきなり襲ってくることはないだろうが本隊には嗅ぎ付かれてるだろうし、気の緩みは見せられない。
日程の調整のため、まだ夕暮れ前だが早めに野宿の準備をする。適当な場所を見つけ腰を下ろす。
「ねぇ、夕霧は人を殺したことは・・・あるの?」
「どうしたんですか?藪から棒に。」
休息中、私たちは見張りを兼ねて周囲を散歩していた。そのついでに思っていた疑問をぶつけてみる。
これから山賊と・・・、人同士で戦うことになったらと思うと少し不安になる、いくら悪党だと言っても人間である以上、一種のためらいや恐ろしさを私は感じてしまう。
「そうですね・・・、結論で言ってしまえば人を殺めたことはあります。」
「そうなんだ、やっぱり怖いとか思ったの?」
「それはもちろん、ですが一度相対すると、殺すか殺されるかという思いでいっぱいになって・・・うまくいえませんけど平静でいられるようになりましたね。」
「つまり慣れていっちゃったってこと・・・?」
「そう、ですね・・・、そうだと思います。すいませんはっきりとした答えが言えなくて。」
「ううん、教えてくれてありがとう。」
やはりどんなことでもやり続ければ慣れていくものなんだなと、夕霧の話を聞いて思ってしまった。例えそれが人の命を奪う行為でも慣れてしまうというのに少し悲しみを覚える。
「・・・ですが、アルマはそんなことに慣れてはほしくないです。アルマは人を殺してもなんとも思わない人にはならないでくださいね、アルマはそういう事に汚れてほしくないというか、なんというか・・・。」
「大丈夫だよ、私は・・・、私の自己満足かもしれないけど・・・、んー、なんというか私も表現しにくいんだけど、きっと夕霧と同じ考えだよ。」
私も良い答え方が思い浮かばない、ただ言えるのはむやみに人殺しにはなりたくないし、慣れたくもないということだ。
人間とモンスターとでは勝手が違う、やはり自分と同じ姿をした生き物を相手にするのは抵抗があるし不安にもなる。
「アルマ・・・、その、無茶だけはしないでくださいね?」
「ふふ、大丈夫だって、ありがと夕霧。」
勇者はこういう盗賊とはどうやって戦ったのだろうか、やはり悪は悪として切り捨てたのだろうか・・・。
そういえば本を読んでも、勇者は魔王の軍団と戦ったお話ばかりで盗賊とかそういう話はのってなかった、やっぱり人類滅亡の危機には盗賊なんていなかったのだろうか。
思えば勇者のお話も数多くあるけど、どれも謎が多いと思い返す。
確かにモンスター退治とか魔王討伐とか色々あったけど、生まれとか魔王を討伐した後のお話とか殆ど聞かない、今度機会があれば勇者のお話を調べてみようかな。
そんなこんなで見回ったが特に異常もなく、ホリィ姉も何があってもいいような場所に野営を用意していた。寝床は馬車の中を交代で使う。
晩御飯は旅の保存食の他に、この西の地で採取できる食べ物を教えてもらった。
岩のような見た目のトカゲに、平たい大きな棘の生えた肉厚な植物、更には細長い植物の実など様々な目新しいものが目に映る。
夕霧は食べられるものなのかとげんなりしていたが、人が食べられるものならどれも美味しいに決まってる、私にはどれもごちそうに見えるのであった。
トカゲはミィーシャさんが慣れた手付きで手早く捌いていく、岩のような見た目に反して刃物が簡単に入っていくようだ、綺麗な肉のピンク色が食欲を刺激する。
平たい植物は棘を抜いて一口サイズに切っていく、棘は丈夫で他にも使いみちがあるようで、乾燥させて道具として再利用するようだ。
細長い植物の実は調味料みたいで細かく切って中身ごと使うようだ、後はこれらを全部混ぜて炒めると完成、とてもいい匂いがする。
「こ、これ本当に食べられるんですか・・・?」
「当たり前じゃない、ここいらではよく食べられてるものなんだから。」
夕霧は怪訝な顔をしているが、私は食べたくてしょうがない、早速一口、口に入れるととても美味しくて感動した、初めて食べた異国の味は私に新食感を与えてくれる、こういうものに旅の醍醐味を感じてしまう。
「んまい!これすごくおいしい!」
「でしょう?私も最初はびっくりだったけど、人の知恵ってすごいわよねー、未知の生き物でも美味しくしてしまえるんだから。」
夕霧も食べてみるが、どうやら辛いのはダメだったようで、涙を流しながら食べていた。
確かに辛味があって体が熱くなってくるが、泣くほど刺激的では無い気がする、よほど辛いのが苦手なのだろうか。
食事も終わって、それから襲撃に備えて交代で見張りを立てて馬車で寝る、完全に密閉されてる貴族馬車は冷える外に比べて幾分か快適だった。
何事も無ければ明日、谷間を抜けて村につく、盗賊が襲ってこないように少し神に祈っておこうと思った。




