第九話:『休日』2
暖かい昼下がり、穏やかな風が吹き暑すぎず寒すぎず、丁度いい気温になっていていい外出日和だ。
だが服がなければ外にもいけない、今はマントだけ羽織っているがこんな姿で外に出るのは変態だけだろう。
ましてや風が吹いているし、なにかの拍子でめくれてしまうのは必死である。そうなれば私は世間的にも死んでしまう。
だから今日はおとなしく部屋に引きこもるのだ。それに唯一お互いの服をミックスして着込んだ夕霧がいるし、何かあれば召使いに頼むように夕霧にお願いするだけだ。
「それにしても、アルマはよく食べますねぇ、どこに胃袋あるんですか。」
「そう?これくらい普通じゃない?」
「ミートパイのホールまるごと2つも食べておいて、普通っていいますか?」
「これくらい普通よ~、特にお腹が空いた時なんかわね。」
ご飯も食べ終わり、とりあえずお腹も膨れたのでのんびりとしよう。おそらく今日一日は何もできやしないのだから。
夕霧は皿を酒場に返すためにまた部屋の外に出ていく、ほんの少し太陽も傾いて日差しが部屋の中にまで入ってきてとても暖かい。
特にやることもないしベッドで横になる、食べたばかりで横になるのもどうかと思ったが気にするのはやめた。
「ただいま戻りましたよ・・・って、早速ごろごろしてますねぇ・・・。」
「いいじゃない、服なくてすることないんだし~。」
「そんなにごろごろしてたらいずれ太りますよ?シャツのボタンが閉められなくなってもいいんですか?」
「たった1日くらいでそんなに太らないわよ~、旅に出ればまた嫌というほど歩くんだし。」
「まぁ・・・、それはそうですが・・・。」
「だったら夕霧もほら、休んだ休んだ!」
夕霧の腕を掴んでベッドに引きずり込む、夕霧の体が私にのしかかるもさほど重くはない。
それよりも、夕霧の腕になにか気になるものをみつけてしまった。
「夕霧、その腕・・・。」
袖をめくってみると、そこには歪な腕の皮膚が見える。古い傷跡のようだが、夕霧のきれいな肌とは対象的に浅黒く変色していてへこんでいる、斬られた跡のようだ。
「あぁ、えぇと。見られちゃいましたか・・・。」
「すごい傷跡・・・、なんだか痛々しいわね。」
「できるだけ見せたくなかったんです、あまり人に見せるようなものではありませんので・・・。」
更にシャツの袖を捲くってみる、するとそこにはやはり痛々しい傷跡が無数にある。
異様に肌を隠していたのはそういうことか、ということはこのシャツの中も傷だらけなのかな。
「こんなにすごい傷、長いこと冒険してるんだからこうもなるわよね。」
「い、いえ、これは冒険で付いた傷じゃなくて、故郷の戦争の時に付いた傷です・・・。」
「戦争・・・、そういえばそんなことも言ってたっけ。」
「えぇ、やはり戦いでは無傷ではいられません、回復も満足には行えない環境だから、こうやって傷跡が残ってしまうんですよ。」
戦争、私のいた交易都市周辺は平和そのもので、そういった争いとは無関係だった。
こういう痛々しい傷跡を見ると、戦争というものが残す爪痕について考えさせられるようになる。
「この傷、まだ痛むの?」
「いえ、もうとっくに治ってますので痛みはありません。」
興味本位で傷跡を指でなぞってみる、質感は特に変わらない、他の肌と同じ感覚。
というか夕霧の腕すごくぷにぷにしてて柔らかい、私の肌よりさわり心地がいい。
「あ、あの、アルマ・・・?何だかすごく恥ずかしいのですが・・・っ!」
「ふぇっ?あぁごめん、つい夢中で。」
顔を上げてみると頬を真っ赤にして俯いた夕霧の顔があった、誰かにこうして触られるのは恥ずかしいのだろうか、たまに夕霧はこうして乙女のようになるのはかわいい。
「アルマは時折、信じられないくらい積極的になりますよね・・・、嫌ではないんですけど。」
「そうかな?母さんもホリィ姉もいつもこんな感じだったし。」
「はぁ、それにしてもこの傷を見て、アルマは驚きもしないんですね?」
「あぁそれは母さんが剣闘士だったから、体にすごい傷があるし、見慣れてたからね。」
実際、おそらく私は見慣れてるから平気なのだと思う、普通の人が見たらやっぱり引いてしまうのだろう。
夕霧は色々と配慮してくれるのは嬉しいが、配慮しすぎというか・・・、旅のパートナーだしもっと打ち解けてほしいと思うところはある。
「だからさ、これくらいの傷私は気にしないし、着替える時もこれからは隠さなくて大丈夫だよ。」
「いえ、それは単純に恥ずかしいからです・・・。」
・・・やっぱり少しは私も気をつけて配慮することにしよう。
陽もすっかり落ちて夜と昼の境界線が薄く見える頃、ホリィ姉たちが帰ってきて、事の顛末を聞いて笑われた。
やっぱり予備の服を持っているものだと思われたらしい、今度からはちゃんと上下で一着ずつ用意しておかなければ。
勝手に服を脱がしたお詫びと称して晩飯は奢ってもらえることになった、下階の酒場での食事だったが大勢でテーブルを囲んで食べるのも賑わいがあって楽しい。
「それで、あなたたちは今後の予定は決まってるの?」
「今後の予定?特には決まってないかな、私たちは気の向くままに旅をするだけだしね。」
あの後夕霧とも地図を広げて話し合ったが、とりあえず西の最果てを目指そうということしか決まらなかった。私たちの旅は目的のない旅だし、最寄りの街や村に立ち寄りながらあちこちを回るだけだ。
「それならよかった、ならしばらく私たちと一緒にこの地を回らない?ちゃんと報酬も出すわよ?」
「えぇっ!?一緒に旅して回るのはいいけど、さすがに報酬はもらえないよ。」
「いいのよ別に、経費で落ちるんだし。それにアルマたちは仮にも冒険者ギルドの冒険者なんだから、護衛にお代を支払うのは当然のことよ。」
「身内みたいなものなんだし、なんだか申し訳ないなぁ。」
「それはそれ、これはこれよ。私は教会の人間なんだし、ちゃんとそういうことは公私混同しないの。」
「ならお言葉に甘えておこうかな、夕霧はどう?」
夕霧にも聞いてみたがOKがでたので、私たちはホリィ姉とともに西の地の街を巡ることになった。
土地勘は二人ともまったくないので、ホリィ姉が現地ガイドしてくれるのは正直ありがたい。
「なら決まりね!早速明日から出発するわよっ!」
「ところで、ホリィ姉の旅ってどういうものなの?教会の巡業だし、10人くらいで旅するのかな?」
「いえ、基本的に私たちは現地の教会を視察して数日お手伝いをするって形だから、ミィーシャと二人旅よ。」
「ホリィ姉って教会でも偉い立場なんでしょ?もっとこう信徒とかぞろぞろ引き連れて護衛とかやらせてるのかと思った。」
「まさに、他の幹部たちに同じこと言われてるけど、軍隊みたいに何人も引き連れて行くのは私の趣味じゃないのよ。」
そういうホリィ姉はうんざりした感じで苦笑する。現地の教会は上級職が視察に来た場合はそれ相応のもてなしをしなければならず、こういった巡視は嫌われているそうだが、ホリィ姉にはそういった事も嫌って本当にただ見て回るだけだし、なおかつ上級職なのに現地の手伝いも行うので人気があるのだとか。
「じゃあとりあえずそういうことで、私たちは先に失礼するわね、お代は払っておくから好きに飲み食いしちゃっていいわよ。」
そう言ってホリィ姉は先に部屋へ戻る、その後は夕霧と適当に飲み食いして部屋で休んだ。
これから旅が更に賑やかになるのは少しワクワクする、夕霧は少し思うところがあるのか複雑そうな顔をしていたが、きっとそのうち慣れてくれるだろう。
明日の準備をしつつ、ベッドで眠る。西の地の冒険はこれから始まるのだ。