第九話:『休日』1
目が覚めた時、私は布団の中でパンイチだった。
昨日の夜お酒を飲みすぎて途中から記憶がないが、どうやら机の書き置きによるとホリィ姉に脱がされてそのままついでに洗濯に出されたらしい。
置き手紙には「二人の」と書かれているから、おそらく夕霧の服も剥ぎ取られて洗濯行きになってるだろう。勝手に服を脱がして洗濯に出すのはホリィ姉らしい、まぁ自分で洗う手間が省けた分儲けものに考えておこう。
「替えの服あったかな・・・?」
荷物は最低限のものだけにして基本身軽にしているので、替えの服あったかは忘れてしまった。あったとしてもここはホリィ姉が借りてる部屋だから荷物は私たちの部屋にある。
そういえば夕霧のことをすっかり忘れてたけど、部屋で一人で寝てたのだろうか。久々に広いベッドで心地よく寝れたならいいんだけど。
そのままパンツ姿で構わず廊下に出て、自分の部屋に戻ろうとノブを回すが鍵がかかっている、夕霧はまだ寝てるのだろうか?
何回かノックして呼びかけてみると中から返事が帰ってくる、夕霧に鍵を開けてくれるように言うも何故か断られてしまう。
「ちょ、ちょっとー!?なんで開けてくれないのっ!?」
『い、いいいま開けると色々とよろしくないので、服が乾いてからにしてください・・・!!』
やはり夕霧の服も洗濯されていたようだが、だからといってなぜ鍵を開けてくれないのか。
「別にいいでしょー?!女同士なんだし肌見たくらいで死にはしないでしょーっ。」
『私が恥ずかしいんですよっ!おとなしく隣の部屋で待っててください!』
ぐぬぬ、そうまで言われたら意地でも部屋に入りたくなる。私もこの格好だと少し肌寒いし、服は着たい。
そうと決まれば、部屋に入るために少し大胆なことをすることにしよう。
早速部屋に戻り窓を開ける、そろそろお昼時なのか太陽も高く暖かな日差しが気持ちいい。
大通りに面していないこの宿屋は人通りもほとんどない、これなら通行人に見られる心配もないから安心だ。
「よっ・・・と。」
窓から身を乗り出し屋根の上に恐る恐る足をつけ、急勾配な屋根から滑り落ちないように気をつけて踏ん張る。
隣の部屋の窓は閉まっているが、この宿の窓には鍵がついていないのは先程窓を開けた時に確認済みだ。おそらくどの部屋も同じ作りだろうし、このまま夕霧に奇襲してやろう。
屋根伝いに進み出すも、隣の窓までは意外と距離がある、もし足を踏み外せば尊厳も地に落ちるだろう。心して進まねばならない。
一歩一歩慎重に、すり足で隣まで移動する。窓枠を離れたら掴むところがまったくなく、壁にどれだけ密着できるかが勝負だ。
途中、見られてないか周囲を見る。誰もいない、早く渡りきろう・・・!
ゆっくりゆっくり慎重に進みようやく夕霧がいる部屋の窓にたどり着く、夕霧覚悟!
「どりゃああ!!」
「うわぁぁああ!?!?」
バーン!と思いっきり窓を開け中に飛び込む、夕霧はすごく驚いたのか口を開けて間抜けな顔をしていた。
「なっなななんで窓から!?」
「夕霧が入れてくれないからじゃないの、素直に入れてくれたらこんな苦労しなくてすんだのに。」
夕霧はというと、慌ててベッドのシーツを身にまとって隠す。そんなに肌を見られるのが嫌なのか、少し意外に思う。
「どうしてそんなに隠すの?肌見られるくらい別にいいじゃない?」
「逆にアルマは堂々としすぎです!もう少し隠してください・・・!」
「はいはい、今隠しますよーっ。」
なんだか夕霧のせいで調子が狂うが、目的の私の荷物を見つけ中を漁る。
あったのは下着の替えとシャツが1枚、予備でシャツ1枚は入れておいた私を褒めてやりたい。
「・・・あー、でもこれだと下がないかぁ。」
とりあえずなにか動こうにも上下服がないと何も出来ない、上の替えはあって下の替えが無いのはなんでだろう、自分に疑問が持たれる。
「夕霧ー、夕霧は替えの服持ってないの?」
「持っていたらこんな格好はしてません・・・。」
とはいいつつも下は履いているではないか、夕霧に聞いてみると下は汚れやすいから予備を持っているという、これなら話は早い。
「夕霧、その履いてるものを貸して!」
「なんでそうなるんですかっ!」
「とりあえず外に出れる格好は必要でしょーっ、お水とかお昼ごはんとか調達できないじゃない!」
「そ、それはそうですが・・・、ほら、昨日買った干し肉とか・・・。」
「何が悲しくて町中でまずい携帯食食べなきゃいけないのよ・・・。」
夕霧が貸してくれないなら逆転の発想をしたらいい、私がシャツを貸してあげればよいのだ。
夕霧にシャツを渡して、私はマントを取り出して包まる。
「はい、私のシャツ貸してあげるから、それでご飯と飲み物買ってきてよ。」
「えぇ、私が行くんですか・・・?」
「しょうがないじゃない、夕霧が下貸してくれないんだし。」
「はぁ、わかりました・・・。」
夕霧は観念してシャツを受け取ると姿を隠してもそもそと着始める、隠れて服を着る姿は少し扇情的に見えてしまう。
「アルマ、これ少し小さくないですか?」
「そりゃ私用のサイズだし、でもそこまでサイズ差なくてよかった。」
着替え終わって出てきた夕霧の体のラインがでるシャツに、ゆったりした袴の姿は変なファッションにもみえるが、これはこれで有りなんじゃないかと思えてくる。
まぁ夕霧が元々容姿端麗だから、何を着ても様になるのかもしれないが。
「何かリクエストがありましたらそれ買ってきますよ。」
「んー、特にはないかな、何か適当に見繕ってきてよ。」
じゃあ適当に見てきますね、と夕霧は部屋を後にする。
部屋に一人になったところで、窓の外を見る。外の景色は見慣れた建物ばかりだったが、木が少なく赤茶色の岩山が多く見えるところは今までとは違う部分、西の地特有の荒れ地だ。
風もよく吹くのか、窓を開けているとよく風も入ってくる、マントしか身に着けてないからか少し強い風はちょっと肌寒い。
今頃私たちの服はどうなってるのかなと思いつつ、ベッドに腰掛け夕霧の帰りを待つ。
夕霧が身を隠すため使っていたベッドシーツがくしゃくしゃになってベッドの上に転がっていて、ふと手にとって匂いを嗅いでみると夕霧の匂いがほんのりとする。
「戻りました、下の酒場でミートパイ焼いてもらいましたよ。」
「あ、おかえり。ミートパイ美味しくて好きなのよね、早速食べましょ!」
そして食事をしながらお互いに昨夜のことを話し合う。夕霧はあのメイドさんと会話していたらしい、確かに顔つきは似ていたが同郷の人とは思いもよらなかった。
私は昔話に花を咲かせながら他愛もない話をしていた、その事を話すと、気のせいか夕霧は少し寂しそうに見える顔をする。
「どうしたの夕霧、そんな顔をして。」
「あぁ顔に出てましたか?少しそういう話ができる人がいるのが羨ましいなって思ってしまったので。」
「ミィーシャさんとはそういう話できなかったの?」
「いえ、そういうのではなくてなんというか、思い出話・・・でしょうかね?」
確かに共に過ごした時間がホリィ姉とはとても長い、だから夕霧はその事を言っているのだろう。
夕霧はよく考えれば東の果てから旅をしてきて、今は西の果てにいる。世界を横断してきたと考えれば長い旅路である、昔話ができるような肉親が近くにいないのは心細いのだろうと思ってしまう。
「ならこれから私たちの思い出を作っていけばいいじゃない!どんなものでもゼロから始まるんだし、私たちの思い出もこれからどんどん積み上げて、いつか懐かしく振り返ればいいじゃない!」
夕霧の手を取って自信満々にそう答える、私たちの旅はまだまだ始まったばかりだ、いつか二人で懐かしむくらい旅を続ければいい。そうすれば寂しい思いをすることもないだろう。
それを聞いた夕霧は一瞬あっけにとられたような顔をして、笑い始める。
「な、なによぉ、笑わなくてもいいじゃない。」
「あはは、すいません。でもそんなに一緒にいるつもりですか?思い出話になる頃には私たちおばあちゃんかもしれませんね。」
言われてはっと気づく、確かにそんなに一緒にいたらお互い年老いた姿になっているかも知れない。
でも、それはそれで有りかも知れないと思った、夕霧となら全然構わないと思う。
ミートパイを食べ終わり、久しぶりに美味しい食事を満喫する。街につくまでは携帯食ばかりで質素な食事だからどんな料理でもご馳走に感じてしまう。
服はいつになったら戻ってくるんだろうか、早く乾いて戻ってこないかなぁと思う昼下がりだった。