第八話:『二人のおはなし』1
私とホリィ姉が再び再会したその日の夜、案内された宿に夕霧といつものように部屋を借りる。
宿は空室がぽつぽつとあったので、せっかくだしホリィ姉の隣の部屋を借りることにした。知り合いが隣部屋なら防犯面でも心強い。
借りた部屋に荷物を置いて一息つく、硬い地面ではなく久々の柔らかなベッドがとても気持ちいい、文明万歳と叫びたいくらいだ。
そんなくだらない事を考えていたら、夕霧がホリィさんと積もる話でもあるんじゃないですか?と気を利かされて会ってくるよう促されたので、私は隣のホリィ姉が宿泊している部屋を訪ねたのだった。
「ホリィ姉、いるー?」
「あら、アルマ来てくれたの?ちょうど行こうと思ってたのよ。どうぞ入って。」
ドアをノックするとホリィ姉はすぐに出てきて中に入れてくれる。
どうやらホリィ姉も同じことを考えてたようだ、まぁお互いこの前はきちんと話もできなかったし、お互い話し合いたいのは一緒だったいうことだろう。
「あれ?いつも一緒にいるメイドさんは?」
「あぁ、ミィーシャのこと?あの子とは別に部屋をとってるのよ。」
部屋を見回しても荷物は一人分しか置いてないし、ホントに分けて部屋をとっているようだ、ホリィ姉は窓を開け月明かりに照らされたテーブルに着く。
「それより久しぶりね、ホントに大きくなって一層可愛くなったわ。」
「それはそっくりそのままお返しするわホリィ姉、教会に入信してからは音沙汰なかったけど、騎士の称号にふさわしいくらいかっこよくなったね。」
私もホリィ姉と同じテーブルに着き、昔懐かしい顔を目に焼き付ける、こうして彼女の顔を見ていると昔の記憶がどんどん蘇ってくる。
私にとって貴族が集まるパーティーは苦痛以外の何ものでもない。
貴族としての父さんはまるで骨董品を自慢するかのように私を他人との会話のダシに使うし、父さんが本格的な話し合いをし始めると私は母さんと待ってるしかなかった。
毎回毎回それの繰り返し、子供の私が楽しめそうなものはパーティーで出される料理くらいだけど、これも毎回同じものばかりで飽き飽きしていた。
だから私はいつも母さんと一緒に会場の端っこで母さんの武勇伝を聞くのがいつもの過ごし方だった。
おめかしのパーティドレスも重たいしコルセットはきついし、キースタン家の娘しか必要とされていないのもストレスでしょうがなかった。
母さんもこういうパーティーにはドレスを着るけど、まぁ似合わないことこの上ない・・・。
平気で熊とかイノシシをぶっ飛ばす昔話をする人が、華美なドレスを着たところで溢れ出る野性味と野蛮さを隠しきれるはずがない。
それでも普段粗野な母さんが別人みたいにおとなしくなり、貴族の夫人になるのは子供ながら感心していたし尊敬もしていた。
それでも子供心に、どうやったら普段飢えた熊みたいな人が、ぬいぐるみのくまみたいになれるのだろう?と聞いたら星の彼方まで飛ばされそうなことをいつも疑問に思っていたのを覚えている。
話が逸れたが、まぁホリィ姉との出会いはそんないつも通りの貴族のパーティーだった。
「あなたよくそんな小さい頃のこと覚えてるわね。」
「だって毎日毎日同じことの繰り返しだったけど、あの日だけは違っていたからね。」
その日のパーティーは人が多くて室内はいっぱいだったからバルコニーに出て静かに待っていたけど、母さんが飲み物を取りに行って、この時初めて一人きりになって帰りをぼーっと待っていたんだっけな。
ずっと遅い母さんの帰りを待っている間、周りを見渡していたら同い年くらいの子供がいて、珍しいなと思って私から声をかけたのが最初ね。
「あの時、何を話してたかしら?」
「そこまではあまり覚えてないかも・・・、あ、でも母さんの事を話したらすごく食いついてたのは覚えてるかも。」
「かつて一世を風靡した伝説の剣闘士だし、そんな生ける伝説な人の名前を聞いたら食いつかないほうがおかしいわよ。」
「うーん、そう考えると母さんって改めてすごかったんだなぁ。」
普段の母さんは男より男勝りな感じでガハハと笑い、料理も大雑把、だけど心優しいとかそんな感じのなんだかんだいって良い母親だった。
「あの時、私を弟子にしてください!ってホリィ姉叫んでたっけ、そこの部分だけははっきり覚えてる。」
「う・・・、私もあの時は無我夢中で必死だったのは覚えてるわ・・・、即答でOKしてもらったのは拍子抜けだったけど。」
そう、弟子にしてくださいと必死なのに対してすごく軽く母さんはオッケー出していた、何の事情も理由も聞かずに気持ちいいくらいの即答ぶりで、これには当の本人も予想外だったのかしばらく固まっていた。
「結果として両家に縁ができて、私はキースタン家に修行のため下宿することになり、それからはほぼずーっと一緒だったわね。」
「私は一人っ子だったし、姉みたいな人ができるのは何だか嬉しかったかな。」
「ひとつやふたつしか歳違わないのに姉って呼ばれるのは少し違和感あったけどね、それでも慕ってくれて悪い気はしなかったけど。」
そう言ってホリィ姉は頬を撫でてくる、これも一緒にいた頃はよくやってくれた彼女の癖だ。
頬を撫でられとても懐かしいあの頃を思い出す。一緒に多くを学び経験し、一緒に育ってきた家族のような存在だった。
「ふふ、昔話に花を咲かせるのもいいけど、今から昔を懐かしんでちゃまるでおばあちゃんね。」
彼女はおもむろに立ち上がると、ベッドに座って私に手招きをする。
「おいで、髪の毛梳いてあげる。」
私は招かれてホリィ姉の隣に座る、昔もこうやって朝起きた時に髪の毛の手入れをやってもらっていたっけ。
今でも髪の毛を自分で整えるのは苦手だ、なんと冒険に出てからはそういう身だしなみは一切やってない。
彼女はベッド脇の自分の荷物から小箱を取り出すと、中からべっ甲でできた櫛を取り出す。
「そういえばアルマはどうして髪の毛一本結びにしてるの?下ろしたほうが可愛いのに。」
「だって動く時に邪魔だし、縛ったら動いても乱れないから楽だしね。」
「じゃあいっそ短くしちゃえばいいんじゃない?」
「それはなんか嫌、なんというか長い方が好きっていうか。」
ホリィ姉は髪の毛を縛っている紐を解き、縛られてた髪の毛が広がり垂れ下がる。
長いこと放ったらかしでも先端が丸まることもなく、綺麗で真っ直ぐな髪の毛は梳いても櫛がすんなり通る。
「ホリィ姉も髪の毛伸ばしたら?そっちのほうが聖職者っぽいし似合うんじゃない?」
「そうねぇ、教会勤めならそれでもいいんだけど、私は宣教師とか教皇の名代として色んな所に飛び回ることの方が圧倒的に多いし、短いほうが色々と楽ね。」
「ふーん、お揃いにできるかと思ったけど残念だなー。」
「ふふ、アルマとずーっと一緒にいられるなら、考えてもいいんだけどね。」
ホリィ姉は笑いながら後ろから私の頬を撫でる、頬を撫でる手から優しさと温もりが伝わってくる。
「残念だけど、私は縛られた生活は今のところ考えてないかな、冒険するのに飽きたら、教会への入信も考えてもいいかもね?」
「まったくこの子ときたら、見ない間に口も達者になったのね?・・・はい、おしまい。」
髪の毛の手入れが終わって、私は立ち上がりその場でくるりと一回転して、スカートの裾を摘んでお辞儀をする真似をする。
ホリィ姉はその姿を見て様になってるわよと褒めてくれる、このやり取りも昔よくやったものだ。
「そうだ、教会本部から持ってきた良いワインがあるのよ、再会を祝してどうかしら?」
「じゃあぜひご馳走になろうかなっ。」
夜も更けていく中、アルマはホリィと旧交を温めて懐かしい気持ちになる。
家族と同等といえる時を一緒に過ごした人との夜はアルマにとって忘れない思い出になるだろう。
夜はまだ始まったばかりだ。