第七話:『西陽』1
「ん~、快適♪」
「その外套、もらえてよかったですね。」
私たちは今、ゴブリンの村を後にして西への旅路を続けている。
ゴブリンたちが開拓した西への迂回路は安全な道で、今まで使っていた地形に沿った峠道よりずっと進みやすいそうだ、さすがゴブリンの技術。
ゴブリンの技術といえば、あのイノシシを倒したお礼としてなんと特製のマントを貰ったのである、私が寒さも凌げる冒険者向けマントを探してるのを、どこからか知ったそうだ。
特製とあって、ゴブリンの秘伝技術を使った製法で作られたマントらしい、素材も今まで触ったことのない布地だし、防寒性がいいのに通気性も良くて蒸れない、それでいて強靭で丈夫という正に夢のようなマントだった。
「ホントにね~、これでもう寒さに悩まされずにすむわ~♪」
「それにしてもこのマント、何でできてるんでしょうね?」
「な~に~?夕霧もこのマント気になるの~?着心地試してみる?」
「そ、そんな事ありませんよ・・・?それに私が着たらアルマが寒いじゃないですか。」
夕霧は本当に顔に出やすいなぁ。それなら一緒に入ればいいだけのことよ、マントをめくって中に入るように促してみる。
夕霧は顔を真っ赤にして遠慮したが、このままだと寒くて冷えちゃうなーと軽く脅し(?)たらおずおずとマントの中に入った。
「・・・た、確かに、すごく暖かい・・・。」
「でしょー、こんないいものもらえるなんて思ってなかったし、大事にしなきゃね。」
「も、もう性能は十分わかったので、出ても___」
「だーめ、夕霧がいたら2倍暖かいしこのままで。」
そう言って有無を言わさず肩を抱き寄せて密着する、夕霧をからかう目的もあったのだが耳まで真っ赤になった夕霧が見れて少しだけ楽しくなる。
いつもゆったりしている服だから見た目で体格がわからなかったが、こうして触れてみると夕霧は意外と華奢な体なように感じる。
「夕霧って意外と体細いのね?」
「ぅえっ!?あ、あぁっ、そういう体質なんですよ!?」
耳まで赤くして照れているからか、上ずった声で返事を返してくれる、その滑稽な姿に笑いがこみ上げてきてつい笑ってしまう。
「な、なんですかぁ、もう・・・。」
「あはは、変な声だったからついっ。」
馬車に揺られながら私たちは山を降りていく、やっと西への山脈を超えたのかと思うと、少し達成感が湧いてくる。
予定では後数日で街に着くそうだ、山を超えて初めて行く土地勘も文化も知らない西の土地、想像するだけでもワクワクが止まらなかった。
「ねぇ夕霧?西には何があるのかな?」
「さぁ、私にもわかりませんね・・・。」
会話が途切れたつかの間の沈黙、私は夕霧の横顔をまじまじと見つめる。
やっぱり無言だと夕霧は綺麗な人だ。凛々しい顔立ちをしているし、なにより私よりも背が高く、肩に頭をこうして乗せられる。
「急にどうしたんですか?」
「ん、夕霧、暖かいなーって。」
そう言うと夕霧はまた顔を赤くしてしまう、こうなると凛々しい顔は台無しになり可愛い姿になってしまう、この差がとても可愛い。
ふと、いつも夕霧は思ってることが態度に出やすいのは知ってたけど、毎回顔を赤くするのはなんでだろう?少し気になったので聞いてみることにした。
「夕霧ってさ、いつもくっついたりすると顔赤くするけど、なんで?」
「なっ・・・、結構直球に聞いてきますね・・・。」
「夕霧の態度がいつも顔に出るのはわかるけど、くっついた時顔赤くするしなんでかなって?」
「何だか遠回しにけなされた気もしますけど・・・、まぁその、こうして肌が触れ合うくらい密着するのは慣れてないので、その、緊張しちゃうんですよ。」
夕霧はこういう馴れ合いはあまり経験したこと無いのか、両親といた頃は父さんも母さんもスキンシップ大好きだったから、あまり気にしたことなかったなぁ。
「それならそう言ってくれたら良かったのに、無理することないわよ?」
「あぁいえ!そうじゃなくて、その・・・慣れてないだけで、い、いいものだとは・・・思います、よ・・・。」
たどたどしくそう応えると、顔をうつむいて膝を抱え、縮こまってしまう、本当に照れ屋だなぁ。
最初の頃はお互い硬かったような気がするし、こうして色んな顔を見せてくれるのもお互い慣れてきたんだろうなと思う。
「そ、そういえば、前から聞こうと思ってたんですが、アルマって私と出会う前は、どう暮らしていたんですか?」
「夕霧と会う前?そういえば話したことなかったかも。」
夕霧と出会う前、交易都市に住んでいた頃は男爵家の一人娘としてお上品に育てられた・・・わけでもなく、母さんが闘技場剣闘士ということもあって割と自由奔放に育てられた。
父さんは実績を上げて男爵になった叩き上げの貴族で、質屋を営むだけでなく各地の社交界にも出向き今の地位を築いた。
まぁ父さんを一言で表すなら娘バカで、社交界に連れてこられようものなら、娘自慢でお開きになるまで喋り続けるくらいである。
まぁそんな父さんでも実業家としての腕は本物で、私もその姿を尊敬していたし、社交界の作法もしっかりと教えてもらいどこに出しても恥ずかしくないようには教育を受けた、今でも作法は身にしみて覚えている。
社交界と言えば、エルクラッド卿と出会ったのも社交界でのことだった、当時はまだエルクラッド家当主ではなかったけど、母さんに武術を学びたいと弟子入りを願い出ていたのはよく覚えている。
母さんはというと、その場で二つ返事に了承してしまい、お互いの父親同士が色々と難儀したらしい。
それからというもの、ホリィさんは修行のために寝泊まりに来たりしていたのだった。
「あの教会で出会ったお方はアルマの昔なじみだったんですか、あの時はすごくよそよそしかった気もしますけどどうしてですか?」
「そうねぇ、あの人が当主になってからは会う機会も無くなってたしね、それに公共の場だったから下手な態度もできないし。」
「なるほど、貴族っていうのも楽じゃないんですね。」
「そうよ~、色々マナーとか作法とかあったし、だから当主になる前は私にとってお姉ちゃんみたいな感じだったかな。」
実際ホリィさんとは年の差はそこまで離れて無いし、年上だった分色んな所に連れ回された記憶もある、母さんが二人に増えたような感覚だ。
「思い返せば懐かしいわね~、二人で小高い山に登ったり、修行に付き合ったり色々したなぁ。」
そんな感じで彼女とは幼少期の長い時を一緒に過ごしていたが、別れは唐突だった。
ホリィさんの父親が急死してしまい、母親はすでに他界していたので、彼女がエルクラッド家を急遽当主として引き継いでいかねばならなかった。
それからというもの、手紙でのやり取りは少しだけ続いていたが、彼女が教会に入信したのを最後に音沙汰がなくなり、首都で出会うまでは風のうわさでしか活躍を知る術はなかったのだ。
「教会で活躍して聖騎士になったって話は聞いてたけど、実際に会った時は別人みたいになっててびっくりしたよ、何より元気そうで良かった。」
「ふふ、アルマはいろんな人に愛されていたみたいで、羨ましいですね。」
夕霧の顔を見ると、少し悲しそうな顔をしていた。
先日夕霧は過去を思い出すのは辛そうにしていたし、何かあったのだろう。
私は見かねて夕霧の頭をぎゅーっと抱き寄せる、急なことに夕霧はあたふたするがやがて顔を赤くしておとなしく観念する。
「ア、アルマ急にそうされると恥ずかしいです・・・。」
「だって夕霧寂しそうだったんだもん、今は私がいるんだし、もう寂しくないよ。」
「あはは、そう、ですね、心配かけてすいません。」
「いいのよ、誰でもそういう時はあるんだし、気にしない気にしない。」
私はしばらくそのまま夕霧を抱きしめていた、そしたらどうやら寝息を立てて寝てしまったようだ。
そういえば今まで夕霧の寝姿を見たことがなかった、これが初めての貴重な寝顔だ。
その寝顔はとても優しげな顔で可愛かった。