第六話:『小さな隣人』2
「夕霧!そっちに行った!」
森の中を駆けながら夕霧に合図をとる、夕霧は私の声を聞いて行動を開始、向こうも慌ただしく動き出す。
「・・・きたっ!」
地響きがどんどん大きくなり、森の木々を薙ぎ払いながら巨大なイノシシが現れる、あれが元凶のブレイジングボアで間違いない。
「よし、落としてください!」
ヤツは狙い通りアルマを追いかけ崖沿いを疾走していた、ゴブリンたちは夕霧の号令とともにテコを使って大岩を落下させ、見事直撃させた。
もうもうと土煙が上がる中、やったかと固唾を飲んで見守る・・・が、大岩の直撃にもかかわらずブレイジングボアは平然としていた。
「これだけやってもダメですか、なんて強い・・・。」
ブレイジングボアは夕霧たちを一瞥すると、猛々しい雄叫びを上げてまた疾走していく、まるでどうあっても止めることのできない神であり、災厄だと言わんばかりに。
そもそもどうしてこうなったのかというと、昨夜まで時を遡る。
宿に泊まることが出来て久しぶりに長く睡眠時間が取れる、私はベッドに寝転がりウキウキで床に就く。
普段は野宿でまともに横になれないのと、泥棒が現れないとも限らない、夕霧と交代で荷馬車の見張りをしていたこともあって睡眠時間は小刻みになっていた。
何より私はずっと寒くてしょうがなくて交代してもろくに眠ることも出来てなかった。
そういうこともあって温かいベッドに朝までぐっすり寝られる時間があるのはとても嬉しかった。
早速寝ようとしていると、突然地鳴りがおきて村の一角から轟音が聞こえてくる。
何事かと飛び起きて夕霧と音のするところに向かう、そこには巨大なイノシシが外壁を破壊して畑を荒らしていた最中だった。
「何あのでっかいイノシシ!?」
「アレ、ブレイジングボア!ハタケアラス、イエコワス、メイワク。」
ゴブリンたちが松明を投げて追い払おうとするも、ブレイジングボアは全くの無反応で、弓や槍などでゴブリンが攻撃するも首を振るだけで一瞬で蹴散らしてしまう。
ブレイジングボアはそのまま通り道にある、ありとあらゆるものを破壊して、まるで自分の歩くところが道だと言わんばかりの傍若無人さを見せつけて去っていった。
話を詳しく聞くと、あのブレイジングボアはこの村を見つけ、それからというもの、ゴブリンたちが必死に育ててる畑を自らの餌場だと言わんばかりにいつも荒らしていくという。
彼らも思いつくだけの対策を施すも今のところ全く効果がないそうだ、まぁ先程の一件を見れば一目瞭然だ。
「あのイノシシどうにかできないのかしら・・・このまま破壊されるのを指をくわえて見ているのは被害が増える一方だし。」
「ドウニカシタイ、デモ、タイサク、ゼンブムダ、ドウシヨウ?」
「それならあのイノシシを倒すのはどう?」
「あんな暴れっぷりですよ?大砲でもなければとてもじゃないですが厳しいのでは・・・。」
そう言われると言葉に詰まる、常識はずれの巨体と馬鹿力、アレと真正面でやりあうとなると軍隊規模の戦力が必要になりそうだ・・・。
「ねぇ、この辺って山だし、崖とか無いの?」
「アル、ガケ、アル、イッパイアルトコロ、シッテル。」
「そうよ!崖を利用して岩を落としてぶつけるとか、地形と自然を使えば相手は野生動物なんだしなんとかなると思う。」
「ゴブリン、ヒツヨウ、ヨウイスル!アイツタオス、ムラ、ヘイワニスル!」
「よっし!じゃあ作戦を練るわよ!このへんの地図ある?」
「ちょっとアルマ、トントン拍子に事を運んでますが、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、どうせ数日滞在するんだし、できる事ならこの村を助けてあげたいじゃない、困ってるのに誰も助けられないなんて冒険者の名が廃っちゃうわ。」
「アルマ・・・。わかりました、これ以上は言わないでおきますよ。」
私はそれから夜通しで作戦を考えた、ゴブリンたちが作ったこの辺の地図と照らし合わせ、仕掛けるポイントを探る。
はっきり言って軍事知識などない素人同然の考えだからうまくいくかは不安だった、だから私は念入りに三段構えに作戦を立てる。
うまくいくとは限らないが世の中には確実というものはない、父さんのこの教えに従って、やるだけやってみよう。
「・・・これ最後の作戦危険すぎじゃありませんか?」
「その前に倒せればやらなくてすむし、だからこの三段目は文字通り最後の手段よ。」
「確かにこれなら確実に仕留められそうですが・・・、最後が危険が大きすぎますよ?」
「でもこれしか確実に仕留める方法思いつかないし、最後は夕霧、頼むわね。」
「しょうがない・・・、わかりました、アルマを信じます。」
そうして準備に数日費やし、本日作戦を決行して今に至る。
行った作戦の一段目は失敗して作戦を続行、何とか崖まで誘導して大岩をぶつけたが直撃したはずなのにピンピンしている、これで二段目も失敗してしまった。
これでアイツを倒すには三段目を使うしかない状況になってしまった。
崖から夕霧が降りてきて合流する、かなりの高さの崖から落下させたのだが物理的な攻撃はどれも効果なし、なんて強靭なイノシシなんだか。
「これで後は最後の作戦、やるしかなくなったわね。」
「あの、アルマ・・・最後のはやっぱり私が変わったほうが・・・。」
「大丈夫、それに最後は夕霧じゃないと、私は自信ないし。」
「それを言ったら私だって自信がないですよ、こんなの・・・!」
「それを言ったら私もうまくいく自信なんてないわよ、だからお互い同じってことで。」
「・・・ああもう、わかりましたよ!やってやりますよっ!」
「よし!じゃあ急ぎましょ、最後の誘導しなきゃ。」
「アルマ待ってますからね!必ず来てくださいよ!」
二人は言葉を交わして持ち場につくために別れていく、私は予定通りブレイジングボアの誘導だ、罠のある最後のエリアまでなんとしても誘導しなければならない。
ヤツは私たちの攻撃で怒っているのか、周囲の木々をまるで八つ当たりかのように破壊し暴れまわっている。
「これでも、くらえっ!」
私はゴブリン特製の擲弾を投げつける、擲弾が爆発するも当然のようにヤツは無傷、執拗に攻撃をされて怒髪天なブレイジングボアは私に気づくや否や、すぐさま突っ込んで来て襲いかかってきた。
もはや怒りで周りが見えていないのか、周囲には目もくれず突っ込んでくる。
ここからは目的地まで全力で決死のマラソンだ、もし追いつかれて跳ね飛ばされでもすれば命はない。
追いつかれないように私は全力で走る、途中途中追いつかれそうになれば予備の擲弾を使い足を鈍らせたり、ゴブリンたちの支援もあり、何とか追いつかれないように目的地まで来ることが出来た。
作戦の三段目、最終目的地のそこはイノシシ1匹がギリギリ通れるくらいの狭い谷間、目指すゴールはこの谷間の出口だ。
「はぁ、はぁ・・・っ!」
ここまで全力疾走でイノシシを誘導してきたから体力も限界に近い、だが疲れ知らずなあのイノシシは様々な妨害をしたのにもかかわらず足を止める気配は全然ない。
「見えた・・・っ!」
谷間の出口、そこには巨大なバリケードがそびえ立ち中央には人が出入りできるくらいの隙間がある。
「アルマーッ!!」
そしてその隙間には夕霧が立って待っていた、全ては予定通りだ。
ただの一直線、速度差で彼我の距離は縮まっていく、ヤツの牙が届くのが先か、私がゴールするのが先か、命をかけたレースだった。
「夕霧ーっ!!」
どうやら勝ったのは私の方のようだ、私は全力疾走で夕霧の胸に飛び込む。
ブレイジングボアはそのまま勢いに任せバリケードを一瞬で吹き飛ばす、だがその先にあるのは地面ではない、底の見えない切り立った崖だ。
勢いのまま飛び出したブレイジングボアは雄叫びを上げながら崖から落ちていく、最後の作戦が何とか成功した。
そして当然私と夕霧も崖から落ちる、二人で抱き合い錐揉み回転して落下する、それでそのまま予め用意しておいたネットの上に着地する、これも予定通りだ。
「はぁ、な、なんとかなった・・・。」
「私も心臓が止まるかと思いましたよ、無茶しすぎですアルマ。」
夕霧の抱きしめる力が強くなる、それだけ心配してくれていたのだろう、何よりあの巨大イノシシを倒せてこうして生きている、とても喜ばしいことだ。
「でもあれだけ色々やってダメなら最終手段で深い谷底に落とすしか無いだろうし、感づかれたらダメだから私も飛び降りるしかないよね。」
「だからって、走ってきた勢いを殺すために私が受け止めて、真下の網に引っかかって助かるって作戦、一歩間違えれば死んでましたよまったく・・・。」
「あはは、でもこうしてうまくいったんだし、細かいことはいいっこなしよ。」
「はぁ・・・そうですね、とりあえず無事で何よりですよ、アルマ。」
上からロープが降ろされてゴブリンたちが引き上げに来てくれた、言葉はわからないがあのイノシシを倒せて、ゴブリンたちもはしゃいで浮かれているのはすぐにわかる。
「でも、あまり無茶しないでくださいねアルマ、死んだら元も子も無いんですから、それに・・・」
「それに?」
「いえ、なんでもないです、それより早く帰りましょう?」
こうしてふと立ち寄ったゴブリンの村で、村を荒らす巨大イノシシの討伐は終わった。
その日の夜は宴会にどんちゃん騒ぎだったそうだが、私は一日走り続けてクタクタになっていて泥のように眠り、起きたのは翌日の昼だったのであった。