第六話:『小さな隣人』1
荷馬車は西を目指してひたすら進む。
山道を抜けて今度は峠にさしかかる、ここを超えればいよいよ本格的に西の地に到達できる。
相変わらず空気が冷える気温だが、幸運なことに集落で多少の積荷を売り捌いたので中に入れるスペースができて、荷馬車の中に乗り込むことが出来た、幌のある荷馬車の中は寒さもかなりマシに感じる。
「はぁー、やっぱり次の街についたら防寒着買おうかなぁ。」
「いいんですか?荷物かさばりますよ?」
「もーだって寒いもん!こうも寒いとこのまま安らかに凍死しそうよ。」
「そうですねぇ・・・なら防寒着じゃなくて外套とかどうでしょう?普段でも使用できますし、荷物になりませんからね。」
確かに、マントなら体をすっぽり包み込めるし色々と多用途で使うこともできるだろう、街についたら少し厚手のものを見繕うとしよう。
そうして夕霧と話し込んでいると馬車の動きが止まる、道半ばで止まるなんて何かあったのだろうか、馬車から飛び降りて前の方に駆け寄る。
「何かありましたか?」
「あぁ、前がふさがってるんだ。」
言われて前方に目を向けると、商人のおじさんが言うようになにやら不思議なオブジェが道を塞いでいる。
何やらカカシのような、上に高く伸びていて、色とりどりの装飾が施されている、よく目立つオブジェだ。
「ホントだ、なんでこんなものが置いてあるんだろ?」
「それもいっぱい並べてあります、杭で固定されて、ちょっとやそっとじゃ動かせないですね・・・。」
誰が何のために置いたのやら、なんとかしてこのオブジェを動かせないかどうかと思案していると、足音が向こう側から近づいてくる。
「誰か来ますよ、アルマ。」
「まさか山賊・・・?」
念の為武器を抜いて警戒する、聞こえてくる足音は一つだけ、背後も上方にも待ち伏せているような気配はない。
そしてだんだん足音が近づいてきてその姿が見えた、現れたのは人の子供くらいの大きさ、そう、この種族はよく見る、それは__
「ゴブリン族じゃない、なんでこんなところに?」
「ゴブリンだって?今まで何度もここを行き来してきたが、この辺に住んでいるとか聞いたこと無いぞ?」
ゴブリン族、それはこの世界とは異なる魔界から来た種族である。
かつて魔王がこの世界を支配し人間を滅ぼさんと侵攻してきた時に来た尖兵をルーツとしていて、この世界のありとあらゆる地域にいたという。
しかし勇者が魔王を打ち倒し世界に平和が戻り、魔王軍は撤退し魔界への入り口は閉じられたのだが、その際に取り残された者たちがこの世界に定住し、代を重ね暮らしているのである。
近年はそんな過去はいざ知らず、ゴブリンは人とわだかまり無く交流し、その姿は至るところで見ることができる。
「ちょっとそこのゴブリンさん、この変なの置いたのあなた?邪魔で通れないんですけどっ。」
「%&$”#*;@!」
何か事情を知ってるかと思ったので話を聞こうと思ったら、どうやらゴブリンの言語しかしゃべれないようだ。
何かを訴えているようにも見えるが、身振り手振りだけではいまいち要領がつかめない。
「アルマ、どうしますか・・・?」
「どうするって言われても、相手が何言ってるかわかんないし、どうしたものか・・・。」
二人で困惑していると、しばらくして後ろの方からもう一人ゴブリンが走ってくる、新しく来た彼は先程から喚いているゴブリンと会話をするとこっちに向き直る。
「オサワガセ、ゴメンネ、サキ、ジスベリ、ミチ、ナイ、アブナイ、ダカラ、ケイコク。」
このゴブリンは人の言語は多少喋れるらしい、彼が言うにこの先の道は地すべりが起きて、道がなくなってしまっているようだ、それを知らせるためにこのオブジェを置いた、そういうことである。
「でも困ったわねぇ、道がないと先に進めないし。」
「他に道はあるのですか?」
「いや、ここ以外に道はないよ、こりゃあ西へ行くのは諦めるしか無いな。」
「ええっ、ここまで来て引き返すんですか?」
「道がなくなっちゃってるんだからしょうがない、街まで引き返して道を復旧してもらうしかないなぁ。」
他に道がないか聞いてみるが、西の地までつながっている道はここしか無いらしい、ここまで来て引き返すしか無いのかと落胆していると、ゴブリンが声を上げる。
「ゴブリン、ベツ、ミチ、ツクッタ、アンゼン、ニシ、イケル。」
「本当!?」
「それが本当なら私も助かるんだが、案内してもらえないか?」
ゴブリンたちは快く引き受けてくれて、ゴブリンたちの案内で道を進む。
ある程度進むと彼らは峠道を逸れて山に入る道を進み始める、本当にここを通れるのかと不安だったが荷馬車も無事通れるようだった。
「ホントにこの道大丈夫かしら?」
「とりあえず必要最低限整備されてますね、普通なら馬車は通れませんし。」
しばらく道なりに歩くと、今度は山の斜面を削って作られた平坦な道へ出る、斜面側には崖崩れを防ぐためにコンクリートで補強され、しかも転落しないように木の柵まで崖側に設置してある徹底ぶりだ。
「す、すごい、こんな整備された山道は初めて見たぞ。」
「ココ、ミカンセイ、コノサキ、ムラ、ワタシタチ、ムラ、アル。」
この状態で未完成だという、ゴブリンがもつ土木技術に私たちはただただ驚くしかなかった。
ゴブリンは元々魔界での農耕種族であり戦闘には不向きという。彼らは裏方業務が得意であり、魔王軍の素早い侵攻速度も彼らの活躍に寄るところが大きいと聞く。
勇者の事を書いた本では大抵登場し、本の中の彼らは棍棒を振り回し、人を襲う暴力的な蛮族のようにゴブリンを書いてるものが大半だが、実際はもの作りが好きな魔界の人だ。
今の彼らはすでにこの世界に定着して久しい、人間側も特に迫害することもなく、ゴブリン側も商売をしに人里を訪れたり、親しく交流をしている言わば小さな隣人なのだ。
「ツイタ、ココ、ゴブリン、オコシタ、アタラシ、ムラ。」
「す、すごい、これがゴブリンの村・・・!」
到着したそこは山を切り開き開拓された、立派なゴブリンの村があった。
村の建物は山のなだらかな斜面に建っていて、よく見ると斜面に対して水平になるように整地もされており、建物はどれも傾いていない。
村の建物はどれも丸太で作られているようだ、話を聞いてみると開拓した時に切り開いて出た材木で建てたものだという。
更に村には宿屋もあり、それはゴブリンたちの大きさよりも大きな建物で、ご丁寧に人間が利用できるように設計されて作られていた。
「これは驚いたな、こんなところに村ができているなんて。」
「山を切り開いての村なんて、故郷を思い出しますね。」
本来のルートならこの前の集落を出たら補給や休憩できる場所はなく、ゴールまで無補給で行くらしく、商人のおじさんはここに村ができるのはとてもありがたいと言っていた。
実際商売品を除くと自分たちの消費分は底をつきかけていたので、ゴールの西の街に到着するまで飲まず食わずもあったかもしれないと思うと確かにありがたい。
村に入ると、ゴブリンたちが私たちを珍しそうな目で見ている、ここのゴブリンたちは人間をあまり見たこと無いのだろうか?
そんな彼らだったがどうやら歓迎はされているらしい、手を振ってくれたり、言葉はわからないが笑顔で話しかけてくれたり、何だかとても温かい気持ちになる。
商人のおじさんは休憩と補給ついでに、このゴブリンの村で売り込みもしていきたいらしく、数日この村に宿泊することになった、私たちも異存はなく食料や飲料の補給ができるのはありがたい。
山の寒さは苦手なので数日の宿泊は寒さ地獄を覚悟していたのだが、丸太小屋の宿は意外と寒くなく、更には暖炉もあり寒さ対策は万全だった、ゴブリンの技術恐るべし。
私はこれで快適な夜を迎えられる事に、心の中でゴブリンたちにとても感謝したのだった。