第五話:『西へ行こう』2
私たちを乗せた荷馬車はひたすら西へと進む。
森を抜け、山道に入り、数日して村とは言えない規模の集落へたどり着く。
西へと繋がる山間部にあるこの集落は西へ向かう商人たちの休憩所として主に利用されているようだ、集落の規模に似つかわしくない宿が中心部に建っている。
今日はここで一泊すると商人のおじさんに告げられ、私たちも宿に荷を預け久々の自由を満喫する。
この集落の周囲は森林に囲まれていて、住民はこの森で狩りしたり山菜や薬草を採って生活しているようだ。
そしてこの森を抜けた先には小さな湖もあり川魚も採ることができる、資源が豊富にあり住むには良さそうな場所だなとこの時は思った。
久しぶりの自由にずっと動けなかった分、湖畔の原っぱで体を動かしまくる、ほんの少し体を動かさなかっただけでもかなり固まってしまっていて、筋肉が解れていくのがわかる。
「んん~~っ。」
「おや運動ですか?ずっと馬車で同じ姿勢でしたからね。」
「ずーっと動けないのは流石に苦痛ね~、乗せてもらってるからしょうがないんだけどさ。」
「まだまだ先は長いですからね、私も今のうちに体を動かさないとっ!」
夕霧も一緒に運動し始める、夕霧が動くと骨があるのかという具合で体が曲がる。
「んーーっ!」
伸び伸びと体を動かす夕霧はまるで軟体動物のようだ、すごく体が柔らかいのかグイグイ曲がって夕霧の着ている服もついていけないのか着崩れていく。
「えいっ。」
「わひゅぅあ!?!?」
あまりに体を動かすのが面白かったのでつい、いたずら心で仰け反っている時に出ていたお腹を突いてみてしまった、夕霧は変な声を上げてすっ転んで、とても動揺している。
「い、い、い、い・・・っ、いきなり何するんですかっ!?」
「いやぁ、夕霧ってすっごい体柔らかいな~って思ったら、つい手が。」
「つい、じゃありませんよもうぅ、びっくりしたじゃないですか・・・。」
「ごめんごめん。」
お腹を少し突いただけでこの動揺の仕方、夕霧はお腹が弱いのかな?以外な弱点発見かもしれない。
夕霧は体操で崩れた服を整え居住まいを正す、運動で火照ったのか顔がほんのり赤い。
「私も冒険するためにーって体はずっと鍛えてたけど、そこまで体柔らかいのは初めて見たわ、母さんより柔らかい気がする。」
「まぁ、これも日々鍛錬していたからですよ、剣術だけじゃなくて体術も重要でしたから。」
「体術もできるんだ!じゃあ私にも一つ教えてよ!」
「そうですね・・・じゃあ。」
そう言って両肩を突然掴まれるとぐるんっと回され、自然と膝が折れて座り込むと、首に夕霧の腕が回されていて完全に極められる形になっていた。
「ふふん、どうですか?」
「おぉすごい!一瞬で組み伏せられた!」
「戦争では武器に頼らない戦い方も重要でしたから、こういう体術も結構役に立つんですよ、特に室内では。」
「・・・夕霧も戦争に出ていたの?」
「えぇ、前線で戦っていたわけでは無いですけどね、それでも戦わなければ私が死んでいたと思いますし後悔はしていません。」
夕霧の腕に力が入るのを感じる、ひょっとして辛いことでもあったのだろうか、夕霧の腕に手を置いてぎゅっと掴む。
「ああすいません、絞まってましたか?」
「ううん、大丈夫。何だか辛いこと聞いちゃったみたいでごめんね?」
「いえ、全然大丈夫ですよ、もう昔のことですから。」
「ならいいんだけど、もう夕霧は独りじゃないんだから、悩み事とかあったら相談することっ。」
「ふふ、ありがとうございます、その時は頼りにしますよアルマ。」
私は夕霧が経験したであろう戦争は知らない、でもその事で苦悩しているならその苦悩を共有することはできるはずだ。
一緒に旅をする相棒だからこそ、もしそういう物があるなら力になってあげたい。
「任せてよ、大船に乗った気でいるといいわ!」
「じゃあその御礼に・・・、他の体術も披露しましょうっ。」
「よーし!見切ってやろうじゃないっ!」
「望むところですっ!」
その後日が暮れるまで夕霧の体術稽古をつけてもらい、数え切れないほど体が宙を舞ったが、存分に体を動かせてお互い満足した。
「んー、気持ちいい!」
「山間部なので少し肌寒いですけどね。」
お互いたっぷりと運動した後は湖まで降りて水を浴び汗を流す。
日が暮れて気温が下がり少し肌寒くなってくる、もっと丁寧に水浴びしたかったがあまり長くやりすぎると風邪を引いてしまうくらい冷えてきた。
「うぁー、日が暮れるとどうしてこんなに寒いんだろ。」
「ここは山間ですから標高が高めなので、高いと気温が平地より下がりますから寒くなりますね。」
タオルで水気を拭き取り急いで服を着る、汗で気持ち悪かったとはいえ、日が暮れてからの水浴びは失敗したかもしれない。
「どうぞ、早く宿まで戻りましょうか。」
「ありがと・・・、夕霧は寒くないの?」
夕霧が見かねたのかいつも羽織っている羽織をかけてくれる、前も野宿の時にかけてもらったことがあるが、とても暖かく防寒性に優れていて、いつもこれを着ている夕霧が少し羨ましくなった。
「あはは、大丈夫ですよ、故郷は山の多い土地でしたからこれくらいの気温は慣れてますし。」
「そうなんだ、夕霧の故郷ってすごく寒そう。」
この気温に慣れているとは、夕霧の故郷は雪国か何かなのかと想像してしまう、交易都市は基本的に年中過ごしやすい気温だったから、ここまでの気温差はあまり経験したことがない。
「とりあえず、早く宿に戻りましょ・・・、二人とも風邪引いたら良くないし。」
「そうですね、森の中も通らないといけないですし、もうかなり暗いですから気をつけてください。」
それから完全に陽が落ちる前に急いで集落に戻り宿に戻る、建物内なら寒さもかなりマシになる。
宿は経費節約のためいつも部屋は一つだけ借りることにしている、お互い同じベッドで同床するのは特に抵抗はなかったし、何かあった時に二人一緒なら行動も起こしやすいという利点もある。
「夜の山ってこんなに寒いのね~、今度街についたら防寒着買うべきかな・・・。」
「これから下り道みたいですし、寒いのは多分ここだけですよ。」
夜の闇で暗い部屋をランプを灯して照らす、寒さも限界だったのでランプに灯る、頼りない小さな火に手をかざし、意味のない暖を取る。
「そうなのかなあ?だといいのだけれど。」
「アルマは寒いの苦手なのですか?」
夕霧は寒がっている私の代わりに夕食を準備してくれていた。
水を温めて白湯でも飲めればよかったのだが、この宿には調理できる設備はないらしい。
ただ食事は商人さんの積荷から購入したものが食べられるから、おいしくない保存食を口にしなくていいのがせめてもの救いだ。
「うーん、そうなのかも?こんな寒いのあまり経験したこと無いし。」
「アルマの住んでいた交易都市は、冬は寒くないのですか?」
「うん、冬でも全然暖かかったし。」
柔らかいパンを食べながら塩漬け肉をおかずに腹を満たす、喉を潤すのはあまり薄めてないワイン、普段できないような食事ができて、ワインも入って少し体も温まった気がする。
「食べた食べた~、やっぱり新鮮な食事は体に染み渡る~。」
「ふふ、じゃあ寒くならないうちに寝てしまいましょうか。」
ランプの火を消して二人でベッドに入る、一人用の狭いベッドで二人背中合わせになり、夕霧の体温を背中に感じ、とても暖かかった。
「んん・・・寒い。」
いくらアルコールが入ったとはいえ、空気全体が冷える夜の寒さにはかなわない、段々と冷える体に小刻みに体が震える。
体を捻り夕霧の方を向く、夕霧から暖かい空気が伝わってくる、どう鍛えたらそんなに体温あげることができるのだろう?
「えいっ。」
「わひゅぅあ!?!?」
とても暖かそうだったので、つい背中越しに夕霧に抱きついた、背中から伝わる夕霧の体温が温かくてこれで夜の寒さを乗り越えられるかな。
「き、き、急にな、な、なんですか・・・っ!」
「寒くて寝られないから、今日はこのまま寝させて・・・。」
「はぁ・・・、全くしょうがないですね、急だとびっくりしますから次からは一言お願いしますよ。」
「はあい、ありがと夕霧。」
夕霧にぎゅーっと抱きつくと、背中から心臓の鼓動が聞こえてきそうなくらいに密着する、このまま人肌で温まりながらぐっすり寝られそうだ。
「・・・ねぇ夕霧?抱きつきにくいからこっち向いてよ。」
「さ、流石にそれはダメです・・・、恥ずかしいので。」
こうして寒い寒い夜は更けていく、西への旅はまだ始まったばかり。