第五話:『西へ行こう』1
私達が首都を離れて数日が経った。
今私達は商人の荷馬車に護衛として雇ってもらい乗せてもらっている、もっとも荷馬車の中は品物で一杯で、スペースなど当然無いので馬車の縁に二人で腰掛けていた。
「どうしたんですかアルマ、すごく眠そうですよ。」
「いやぁすごくいい陽気だから、ぼーっとしてたらつい。」
街道沿いはとても暖かな陽気で、寝転がれるなら昼寝でもしたいくらいいい天気だ。
馬車を引く馬の歩く蹄の音も余計に眠気を誘い、ついあくびが出てしまう。
「でも、こうもずっと座りっぱなしだと、体がガチガチに固まりそうよ~。」
動くスペースもなく、ひたすら長時間座っているのは体も固まってしまうし、お尻も痛くなってくる、動けないというのは別の意味で辛いものだと嫌でも思い知らされる私だった。
「それなら軽く腕でも伸ばしたらどうですか?少しでも体動かせば楽になりますよ。」
「でもそんなスペースもないくらい狭いじゃない。」
「もう少しお互い詰めれば腕を伸ばすくらいできますよ。」
そう言って夕霧は手招きをする、私が招かれるまま詰め寄り、お互いに肩が密着してやっと腕が横に伸ばせるくらいのスペースができる。
「んー!体がほぐれるぅ・・・!」
「ふふ、それはよかったです。」
スペースができたので、さっそく軽く腕を伸ばしたり腰を捻ったり体を動かす、上半身だけでも動かせば筋肉が多少ほぐれ気が楽になる。
「そういえば、どうして西に?てっきり東の方に行くのかなと思ってました。」
初めて会った時に刀を気にしていたので、私を東に行きたいものと思っていたらしい。
夕霧から見たら十分西の方の地域だが、まだまだ西には道はある。
「だって夕霧は東の方から来たんでしょ?だったら夕霧は戻ることになっちゃうし、それに一緒にいくなら初めての場所が多いほうが旅っぽいし!」
「わ、私を気遣ってくれたんですか?アルマの旅なんですからそんなこと気にしなくても良かったのに・・・。」
でも、ありがとうございます、と夕霧は少し照れくさそうに言って微笑する、こころなしか密着した肩が少し熱く感じられた。
こうして他愛のない会話をずっと続けているが本当に暇でしょうがないのだ。
道中山賊が出てくるわけでもなく、モンスターが襲ってくるわけでもなく、ただひたすらにリズムよく聞こえてくる馬蹄の音と鳥のさえずりだけの道中である、会話でもしないと気が滅入ってしまう。
「そういえば、夕霧が居た東の方ってどんなところなの?」
「東の方ですか?そうですね・・・山が多くて森がたくさんあって、それから・・・少し前までは戦争に明け暮れて不安定な地域でした。」
「戦争?東の方ってそんなに荒れていたんだ?」
戦争、人同士で争いを始めたのは魔王が居なくなり平和になってからと書いている文献はいくつかある。
もっとも人は愚かだ、とかそういう事を書いて締めくくっているようなものも混じってはいるが。
しかし実際は魔王が来る前にも人同士の争いは絶えなかったという説もあり、実際に古代遺跡からは武具などが見つかることもある。
「えぇ、それはもう群雄割拠の様相で、覇権を求めて有力者が争っていました。」
「なるほどねー、だから東の国は猛者ばかりって評判が立つわけだなぁ。」
交易都市にいた時も極東の人たちは達人揃いという話は聞いていた、そしてそんな中私が初めて出会った極東の人が夕霧である。
でも夕霧を最初に見た時は、そういう猛者というよりは凛々しくかっこいい印象が初印象だった。
今こうして見ても夕霧はとっても美人だなぁって思える、それでいてどこか儚げな印象もある。
でも本人の性格は逆にとても明るくて色々知ってて私を導いてくれる、とっても大切な相棒だ。
「ねぇ夕霧。私と一緒に旅するって思ったのは、やっぱりその刀を私が買い戻したから?」
旅に出る前にも似たような質問をした、あの時はあまり深く聞けなかったけど出会った頃を思い出し、もう一度聞いてみる。
夕霧は少し考え、やがて私の方を向いて微笑みながら答え始める。
「そうですねぇ、買い戻してくれた恩は感じました。でも、それ以上に私は寂しかったんでしょうね。」
「寂しかった・・・?」
「えぇ、今思えば故郷を出てから一人でずっと旅をしてきて、ずっと孤独で寂しかったと思います。」
夕霧は一人旅をして、交易都市に来た時には路銀が尽き、身の物を手放さざるを得ない状況になり私と出会う。
それで私が冒険者として街を出たいと語った時にこの人と一緒に旅ができたらな、と自然に考えていたらしい、そして色々あったが今こうして一緒に旅をしている、世の中何があるかわからないものだ。
「あはは、恥ずかしい話ですいません・・・。」
「そんなことないわよ、私も夕霧と一緒に旅ができて楽しいし、私も一人で旅してたら多分心折れちゃってたかも。」
「それなら少し嬉しいです、私もアルマと旅ができて嬉しいです、よ。」
「夕霧、顔赤くなってる、ふふふっ。」
夕霧は黙ってたら容姿端麗で儚げに見えるけど、こうして色々お話すると色んな表情を見せてくれてとても可愛い、喜怒哀楽の反応がとても大きいのも夕霧の特徴かもしれない。
「あまり笑わないでください、余計照れますからっ。」
「あはは、ごめんごめん。」
夕霧はつーんとそっぽ向いて拗ねてしまう、反応がいちいち可愛いのも実は素なのかもしれない。
「・・・そういえば、西の方には何があるんでしょうね?」
「噂だと西の方は山が多くて、鉱床が豊富で金属の一大産地みたいよ。」
「ほほう、それはすごいですね。」
「この世の金属の2割は西の地方で産出された鉱石が使われてるらしいわ、それだけ色々掘れるみたい、だから冶金技術も世界一ね。」
冶金技術や金属加工といった産業はとても盛んで、多くの鍛冶師がその技法を学ぼうと西の地を訪れるそうだ。
勇者の伝説を語った文献や歌でも西の地は出てくる、勇者が魔王を屠った剣こそ西の名工が打った剣だという話がある、中には古代遺跡の剣がそうだという文献もあるが。
どちらにしても今の西の地は技術開発に置いては最先端と言えるだろう、今日の軍の主兵装である銃も西の地が開発し広めたものだからだ。
他にも何やら未知な技術を色々と開発しているとか風のうわさで色々聞こえてくる、そういうのも含めて西の地は一度行ってみたかった。
「鍛冶師が集うような場所なら私も興味ありますね、どんなものを作るのか見てみたいです。」
「夕霧は武具が趣味なの?刀もすごい業物っぽいもんね。」
ほんの数日の間だったが、夕霧の刀を預かった時の事を思い出す。
あの時見た夕霧の刀はどんな工芸品よりも美しく、どんな武器よりも切れ味が良さそうに見えた。
あの刀、どうやって手に入れたのだろう、今まで疑問に思わなかったが会話をしてたらふと気になった。
「ねぇ、夕霧のその刀ってどうやって手に入れたの?」
「この刀ですか?これは私の故郷の東の国で作ってもらったんです。」
「へぇー、東の鍛冶師もなかなか凄いのね。」
「こちらの方には刀は工芸品として見ることは多いですが、私の故郷ではまだ現役で使われています、その分武器としての技術も磨き上げられてますよ。」
夕霧は抜刀して刃を見せてくれる、やはりいつ見ても武器とは思えないくらい綺麗な武器だ。
刀は武器選びの時に扱ってみたが私にはからっきしだった、全然斬れないし挙げ句に刃こぼれさせてしまったりと散々だった。
母さんも刀を扱うには技術が必要と言われ、泣く泣く断念したのであった。
代わりに見つけたこのレイピアは業物といえる代物ではないが、母さんの集めていた武具コレクションのものを譲り受けたものだ、品質は高いと言えるだろう。
母好みの装飾の一切ないデザイン、戦うための一切の無駄を省いた無骨な見た目は貴族の婦人が持ち歩くならみすぼらしく見えそうなものだ。
「私はそのレイピアも好きですよ、突きを極めた洗練された見た目は良い物です。」
「夕霧ってば武器のことにはよく食い付くし、武器マニアみたい。」
「そ、それは昔から触れていたものですし、身を守る大事なものですから勉強もしていますよ・・・。」
「ふーん、じゃあもし私と武器ならどっち取る?」
冗談でそんな事を聞いてみる、突然こんな事を言い出したのは眠くなる日差しと喜怒哀楽の激しい相棒のせいかもしれない。
「な、突然何を・・・!」
「冗談冗談、夕霧ってばまた赤くなってる。」
馬の蹄の音がリズムよく響く荷馬車の上、まだ村までは道半ば。