第四話:『冒険者、二人』2
旅に出るまでに母さんには武術を教えてもらったが、指導の前に自分にあった武器選びからさせられた。
最初は適当にブロードソードなんかでいいのでは、とブンブン振り回してみたが私にはうまく扱えなくてびっくりした。
そこから様々な武器を選んで試し、ハンマー、弓、ダガー、どれも試したが全然ダメで、それまでの剣捌きの癖と立ち居振る舞いを見て母さんに勧められたのがレイピアだった。
夕霧は腰に身につけた短刀を抜き、警戒しながら下水道の奥へと進む、私もレイピアを構え周囲を警戒する。
「それにしても、なんでここだけこんなに汚いんだろう?」
「かなり大掛かりに荒らされていますし、ネズミの仕業とは思えませんね。人でしょうか・・・?」
異常なほど床も壁も汚れているし彼らの食べ残しであろうゴミも多数散らかっている、確かにただのネズミがやったにしては汚れすぎている気がする。
二人はそのまま歩を進めると、何かうごめくものが目にとまる。
それはネズミにしてはバカでかい・・・いや、これはもうただのネズミなどではない。
「あれは・・・ラットマンじゃないの・・・!」
ラットマンはネズミに似た魔獣で、元々は魔界の生物だと言われている魔物だ。
大きさは大の人間くらいあり、時折二足歩行で立ち上がり移動するためラットマンと名付けられたらしい。
「ネズミ駆除の依頼でまさかこんな大物がいるとはねっ。」
「アルマさん気をつけて下さい、ラットマンは知性が高く狡猾ですから油断していると痛い目をみますよ。」
この下水道は広いと言っても二人が並ぶには狭い、夕霧が先に前に出て一列となり、ジリジリとラットマンに近づいていく。
ラットマンはこちらにはっと気づくと警戒音を出して威嚇してくる。
それを無視してこちらが近づくと相手は下がり間合いを維持しようとする、そこらの野生動物と違いむやみに飛びかかってこないのは狡猾な魔獣だからなのだろうか。
「・・・今っ!」
夕霧がラットマンの一瞬の隙を見て飛び込んでいく、一気に詰め寄り短刀で一撃斬りつけると、ラットマンは悲鳴を上げて奥へ逃げていった。
「逃げられたの?」
「いえ、手応えはあったのでいずれ倒れるでしょう、ですが仲間が居ないとも限りませんし追いかけませんと。」
ラットマンが逃げた通路の奥へ追いかける、斬りつけて流れ出た血痕が道しるべになって楽に追うことが出来た。
「いた、あそこ!」
見つけた先で先程のラットマンが横たわっている、力尽きたのだろうか?
ゆっくり近づいて様子を探るが動く気配がない、死んだふりをしているわけでもなさそうにみえる。
「完全に倒したのかな・・・?調べなきゃ。」
「油断しないように、気をつけてくださいアルマさん。」
確実に死んでいるかレイピアで突いてみようと更に近づいた時、ラットマンの死体の影から何かが飛び出して襲いかかってきた。
「うわぁぁぁぁ!」
襲われて路面に押し倒されてそのまま一瞬のうちに押さえつけられる、死体の影にどうやら別のラットマンが隠れていたようだ、不意打ちをくらって武器の内側に入られてしまってレイピアで攻撃ができなくなってしまった。
「こんっ、のぉぉっ!!」
レイピアは使えないので、武器を手にしていないもう片方の手でラットマンの鼻っ柱を思いっきりぶん殴る、ラットマンにとって鼻は弱点なのか、のけぞり飛び退いて痛そうに悲鳴を上げてのたうち回る。
「アルマさん、大丈夫ですか!?」
夕霧の方に目を向けると彼女も更に別のラットマンと対峙していた、どうやら2匹潜んでいたようで、もう一匹は夕霧が牽制して遠ざけてくれていた。
「なんとか!」
「よかった、とりあえずこいつらをどうにかしましょう!」
もしあのまま二匹がかりで不意打ちされていたら流石に危なかった、こういう時頼れる仲間がいるというのはとても安心できる。
体制を立て直しレイピアをまっすぐ構え、また悪知恵を働かせる前に速攻でケリをつける。
「たあっ!」
一気に懐に飛び込みレイピアを深々と突き刺す、ラットマンはそのまま倒れ伏して動かなくなった。
夕霧の方も終わったようで、同じようにもう一匹のラットマンが横たわっている。
「な、何とか倒したわね・・・!」
「そうですね、まさか2匹も影に隠れていたなんて・・・、まだ仲間がいるかも知れませんから気をつけてください。」
その後も警戒しながら下水道の奥を探したが、ラットマンどころかネズミ一匹も出てこなかった、最奥には彼らの巣があったが子供は居らず、彼らが消費したゴミが散乱しているだけだった。
見ていくうちに彼らがここに住み着いた理由もなんとなくわかってきた、彼らは観光客が捨てたゴミを食べていたのだった。
下水に散乱しているゴミはどれも見覚えがあり全部観光客むけの店のものであり食べ残しなどのそれも客がポイ捨てしたものだろう。
どこからか流れてきたラットマン達が下水に捨てられた食べ残しやゴミを餌にして住み着いていたのだろう、まだ住み着いてそれほど経ってなかったのが幸いで、繁殖する前に駆除できたのは大きい。
もし繁殖していたなら下水道からラットマンの大群が地表に殺到し、少なくない被害が出るのは火を見るより明らかだった。
「やったわね夕霧!これで試練達成よ!まぁネズミよかもっと大物を駆除したわけだけど!」
「そうですね、なにより無事でよかったです。」
下水道を出てその足でギルドに報告に戻る、事務総長さんが再び出迎えてくれたが、下水道の臭いが服についたのか、事務総長さんの愛想笑いが少し崩れていたのがちょっぴり愉快だった。
そして私達は下水道でラットマンと出くわし二人で退治したのを報告すると、驚いた表情を見せる、が何を冗談をと言った様子。
そりゃまあ仮にも首都の地下に魔物が住み着いていたとなれば一大事になる、普通に考えればホラ吹き話もいいところだろう。
だが信じる信じないはともかく確認は行うらしい、二人でラットマンを運び出すには大きすぎたため諦めてその場に放置していた。
事務総長は即座に確認を、とテキパキと指示を出す、こういう命令系統の統率は組織としての強さを表していると思う。
しばらくして確認に出た職員が戻ってくる、当然あれだけ苦労して倒したんだから真実なわけで、事務総長は驚きとともに私達を称賛する。
「まさか本当に魔獣が下水に居たなんて・・・しかもそれを退治するとは恐れ入りました!正直に言いますと、首都に魔獣が住み着いていたというのはとっても大事で、この先を考えると色々と憂鬱ですが・・・それは我々の問題、こんなに優秀でやんごとなき血筋の人物を冒険者ギルドの一員に迎え入れられるのはとても光栄と存じます!」
相変わらずな態度が癪にさわるが、無事試練も達成し文句なしの成果だ!
これで後ろ指を指されることなく、堂々と冒険者になることが出来るというもの。
二人でギルドの冒険者契約書にサインをして、冒険者の証を受け取る。
これがあれば私達は冒険者として認められ、ギルドの一員となり様々な見返りが約束される。
これで名実ともに私と夕霧は冒険者になったのだ、憧れの冒険者、まだスタート地点に立ったばかりだがつい嬉しくなってしまう。
事務総長さんはこの後、今回の件の報告書やら魔獣の死骸回収の手配など色々行うらしいので部屋を出ていった、私達も用が済んだのでギルドからとっとと退散することに。
「はぁ。もうこれでこのギルドに行かなくていいのは助かるわね。」
改めて冒険者の証をまじまじと見る、色々と苦戦した末に手に入れたものだ、とても感慨深い。
「アルマさん、ギルドが相当嫌いなんですね、お役所が苦手なんですか?」
「ううん、そうじゃないの。ああいうところってやっぱり身分で色目使うからさ、父さんや母さんの事ばかりで私が何をしても誰も私を見ないから、私なんて居ないことにされてる気がしてね。」
貴族社会はどこへ行っても関心は父さん母さんのことばかりで誰も私を評価しようとしない、私の存在を否定するなら私は何なのだろうか、両親を飾り立てる装飾品なのだろうか・・・そんなものは嫌だ。
その事で悩んでいた時、ある日一冊の冒険者の自叙伝に出会い冒険者という自由な生き方を知った、思えばこれがきっかけだったのかも知れない。
「それでこの世界の色々を見て回って、知りたいって思ったの。そして私は私として名前を残すために、冒険者アルマとして自伝を書く!これが私の密かな野望ってわけ。」
「ふふ、アルマさんらしい良い野望ですね。」
私のこの野望は両親にさえ打ち明けていない私だけの秘密だった、だから夕霧は私の野望の秘密を知る二人目の人間になったわけだ。
「それに、私は見てますよ。ちゃんとアルマさんのこと。」
「え?それってどういう意味?」
「私は貴族のアルマさんを知りません、ご両親の事もあまり存じません、ですから・・・私が知っているのは目の前にいる冒険者アルマさんだけですよ。」
「夕霧・・・。」
その言葉が私にはとても嬉しく、なんだか今までの苦悩が報われた気がした。
思えば夕霧は生まれて初めてできた対等な関係の友人と言えるだろう、だからこれからずっと共に旅するに当たり、私も夕霧に対等な関係を望むことにした。
「じゃあさ、私達これから一緒に旅する仲間なんだから私をさん付けで呼ぶの禁止ね!」
「えっ、さんをつけたのは不快でしたか・・・?」
「そうじゃなくて、夕霧は私を貴族じゃなくて冒険者として見てくれてる。それなら、さん付けじゃなくて呼び捨てで呼んでくれたほうが私は嬉しい。」
「そうですか・・・わかりました。じゃあこれからは呼び捨てで呼ぶことにしますね、アルマ。」
「うんっ、これから改めてよろしく!夕霧!」
お互いに再び握手を交わす、これからも冒険のパートナーとして一蓮托生、頑張っていこうと互いに決意を固める。
こうして冒険者二人は誕生し、世界各地を巡り様々な旅することとなる。
二人が旅するこの平和な世界にはなにが待ち受けているのだろうか、そして二人はこの世界で何を見るのだろうか。
・・・だがとりあえず今はこの臭う服を着替えてお風呂に入ろう、という考えは二人とも一致していた。