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95:運命の在処

 周辺の住民に話を聞きつつ、少年の行方を追う。剣を持っているからこのあたりではそこそこ目立つ。それらしい人物の情報は断片的にだが集まっていく。


 そして、もうそろそろ陽が傾こうかという頃、やっと確実な情報を手に入れることができた。少し離れた廃屋にいるのを見かけたと。


 奇襲を受けてもいいようにナイフを袖に仕込んでから廃屋に向かう。そっと扉を開けて、中を覗く。


 彼は、部屋の奥の壊れた椅子に死んだように座っていた。いや、彼は実際半分死んでいるのだろう。おかしいと思ったのだ。幾度とない死と絶望を経験した人間が、正気でいられるはずがない。


 グラシールは珍しい例だ。彼はおそらく精神構造が俺達のものとは全く違う。長生きすることを前提とした、神に近い造りになっているから。


 果たして、俺は毎日死を繰り返して何日正気を保ち続けることが出来るだろうか。そんなの死んだことがないからわからないがおそらくそれは痛みと苦しみに満ちている。むしろ、よくこれで戦ってこられたものだ。


 俺は向かいの木箱に腰かけて、壊れかけたランタンに火を灯す。薄暗い室内は、ただ夕方だからというわけではなく、その雰囲気が余計に暗さを注ぎ込んでいるようだった。


 灯りに気が付いたのか、少年の目に意識が映り込む。身体がゆっくりと動き、目がしっかりと俺を見据える。


「わざわざお前から会いに来たのか。殺されてくれる気にでもなったか?」


「まさか。ただ俺は、お前に魔術を解除させたいだけだ」


「それはできない。俺には為さねばならぬことがある」


 目の奥に光るのは、どんなに死や絶望が訪れようとも決して潰えることのない希望だ。魂を燃やし尽くしても、その底に絶対に消えない種火がある。


 こうして見ると分かる。この少年を下すのは簡単ではない。単純な魔術の厄介さもあるが、意思の強固さは常人の比ではない。死の寸前、あと一歩で死ぬというところで絶対に死なない強さがある。


 瀕死の重傷で、それでも彼は絶対に死なない。この不死性はどうにもグラシールに似て非なるものを感じる。


 グラシールの不死性は命を強力な概念で現世に凍結することで生まれる。相対的に死という概念を消すことで、生きている状態を保つ。


 対して、少年の不死性はおそらく自力で魂の灯火を守っていることで生まれている。枯れたはずの魔力を無理矢理絞り出して魔導機関を稼働させているような、ある意味狂ったやり方だ。


 ヴィアージュも言っていた。人間の意思は神すら超克できる力を秘めていると。これがその一つだ。魔力は絶対に尽きる。剣は絶対に折れる。しかし、意思を貫き通すことは無限にできてしまうのだ。


 もちろん、理屈で言えば出来るというようなレベルで、万人がそうなれるなんてことはないが。それでも、人間の意思は無限に限りなく近付くことが出来るのだ。


 神の存在を定義する際によく使われる基準の一つとして、それが無限を扱えるかどうかという話がある。五大神にはそれぞれ無限の権能があり、それを以てして世界を創ったと。だからこそ神に近づくため、眷属たちは無限を求めて自らの魔法を窮め、そして戦ったと。


 もし神の権能の一つが無限だとしたら、人間はその無限を自らの意思だけで体現することができるのだ。


 そしておそらくこの少年は折れることのない心を裡に秘めてしまった人間。その無限の完全性がどの程度かはわからないが、場合によっては神の側面を持った人間になってしまったかもしれないのだ。


「俺を殺して、お前は何がしたい?」


「お前のところのお嬢さん、あれの魔力を根こそぎもらいたい」


 お嬢さん、リリィのことか。魔力を欲するということはキャスやハイネではないだろう。いったい、何にそんなに魔力を使うのか。


「俺の魔術はちょっと魔力の消費量が他の比じゃなくてな。少し人から借りるしかねえんだ」


 魔力の消費が抑えられない、ということはまだ魔術は禁呪の域には届いていないのか。禁呪は魔術の工程を全て身体に焼き付けるようなものだから、若いうちに完成することはない。彼も、見た目は俺より幼い。


 肉体面が成長しないのは、少年も同じだ。記憶こそ過去に持っていけるようだが、肉体はその戻った時刻のもののままなのだ。だから魔術が禁呪へと昇華されないのか。


「お前の目的は、なんなんだ……?」


「話してやろう……俺のちょいとした昔話を」


次回、95:消えぬ灯火 お楽しみに!

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