94:時の牢獄
「ふむ、私では直接力にはなれないなぁ」
ヴィアージュは深く腰かけてつまらなそうに言う。千里眼でならなにか解決の糸口が見つかるかと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
「私が見られるのは正史に最も近いものだけなんだ。故に私の目に映ったこれが、次に彼が取る行動かは分からないのさ」
少年が生み出した俺との戦いの歴史は、全てもし「魔術を発動していなければ」正史になった、排斥された歴史だ。
今回俺が無事に少年を制圧できると分かっているなら千里眼は役に立つが、そうでなければ下手な未来予知は邪魔になりかねない。
例えば、少年が俺が来ると思って俺をあの路地で待っていたことで俺に撃たれたように。無理に未来に自分を合わせようとして、失敗することだって考えられる。
「神代にこういう魔法を使う奴はいなかったのか?」
ヴィアージュに勧められて、足元に滑るようにやってきた彼女のソファーに腰かける。雲のようなそれは、座り心地もそれこそ雲のようで、身体が包み込まれるようだった。雲に座ったことなどないが。
「さて、私は知らないな。いたとして、それに気付けるわけないじゃないか」
「あ……」
確かに。俺も今まで時間が巻き戻っていることに気付いていなかったのだ。こうして人と話すことで、改めて時間遡行魔術の恐ろしさに気付く。何より厄介なのは俺達が術中に嵌っていることに、全く気づけないことだったのだ。
何が理由でこうなったかは分からないが、俺はこの状況に気が付くことができた。だとすれば、これは好機だ。いくら時間をかけてでもここから抜け出してやる。
「どうしたら彼を倒せると思う?」
「殺すしかないね、魔術をセットする前に」
ヴィアージュは簡単そうに言うが、その難易度はかなり高い。何度もやり直せるとはいえ、おそらく魔術を発動するのは過去に戻った直後だろう。その瞬間に殺すなど、不可能ではないだろうか。
魔術が発動すれば俺は強制的に特務分室に移動させられる。だとすれば詠唱している間に少年の居場所まで辿り着くのは困難だ。
ソファに深く腰かけて、どうにかして少年を殺す方法を編み出そうと思索する。絶対に何か方法はあるはずだ。
天井を見上げて頭を抱える俺に、ヴィアージュが声をかける。
「そんなにこの時点で根を詰めなくてもいいだろう。君の敵が数多の時を味方につけているように、君もそれを利用すればいい」
「俺もわざとループすることで、奴に対する対抗策を増やせばいいってことか?」
ヴィアージュが楽しそうに頷く。その様子はどこか俺の戦いを劇か何かとして、観客として見ているような感じがした。
いや、彼女にとってはきっとこの人類史全てが劇場なのだ。千里眼での予知が当たるもよし、当たらぬもよし、そっと手を差し伸べるもよし。人々の言う神は、むしろこういう存在なのではないかと思う。
「世話になった。また来る、かもしれない」
そうとなったらあまりのんびりもしていられない。少し勢いをつけて立ち上がり、部屋を出ていく。
「次か、その次か、そのまた次の今日で待っていることにしよう」
ヴィアージュが皮肉っぽく言う。この状況では、再会の挨拶すら意味を持つことができない。
アーツの誘いを断り、少年の潜伏場所を探しに街へ出る。前回のことで異常が起きていることはバレてしまっているかもしれないが、会って話がしたい。
路地の近くを中心に空き家などを探して回る。だがそう簡単に見つかるはずもない。ただでさえ王都には人が多いのだ、何日あっても時間が足りない。
空き家の机をどんと叩く。自分で思っている以上に、俺は苛立っているようだった。
おそらくその原因は彼の魔術。いままで無駄に捨てられた時間に腹が立つのだ。同じようで少し違う時間、そこで紡がれた人々の営みを全て正史になり損ねた、あるかもしれなかった歴史として掃き捨てられてしまうのが嫌だった。
不可逆だからこそ価値のある一分一秒を、気に入らないからといって引き戻し、その価値を地に叩き墜とす。おそらくこの一日も消えてなくなるのだろう。
だからこそ、こんなことは早く終わらせなければならない。まだ陽は高い。俺は、手掛かりを求めて街へと踏み出していくのだった。
次回、94:運命の在処 お楽しみに!




