93:運命の日(n+1)
おそらく事が動いたのはあの瞬間、死ぬ寸前に発動した魔術だろう。俺の魔力喰いが効かなかったということは、一度発動したら最後、本人の意思に関係なく効果を発揮するタイプの魔術だ。
そして、おそらくあの少年の魔術はかなり彼自身と相性がいい。おそらく、固有魔術や禁呪に近いレベルでの行使だ。
固有魔術、禁呪の最も大きいメリットは、その発動までの時間が群を抜いて短いことだ。そして次点に消費する魔力が少ないことが挙げられる。
例えばハイネが手を握ったり振ったりすることで禁呪を使うように、詠唱を短縮しても本来の威力で魔術が行使できる。これは連射力にも繋がり圧倒的に有利になる。
というのも、禁呪とは固有魔術が結晶化したもの、魔術そのものが一つの器官のようになったものなのだ。呼吸に特別な予備動作が必要ないように、魔術を究極に自分のものに鍛え上げた結果がこの速さだ。
そして、ぽつりと呟いた一言で少年が魔術を発動したということは、あの魔術はおそらく禁呪かそれに近いものであり、その発動を防ぐには気づかれずに一息で彼を殺さなければならない。
辺りを見回し、それに最適な武器を見つける。氷晶鋼でできた、装甲車用の狙撃銃。あれを人に使うのは憚られるが、確実に即死させるのには必要だ。
おそらく彼はあの場所で俺が来るのを待っている。とりあえずはアーツについて行き、帰りにあの路地を狙えばいい。
さすがに王城に大型の銃を持ち込むのは怪しすぎるため、遊撃隊の本部に預けてから通路に入る。やはり過去が変われば未来もある程度変わるようで、アーツとは狙撃銃の話をした。
本当はアーツの目的、王を廃するということについて詳しく聞きたかったがそれも叶わなかった。また今度にするしかないか。とりあえずは目の前の問題を排除する。
王との話を適当に済ませ、遊撃隊本部に戻ってきた俺は狙撃銃を受け取りアーツと別れる。
おそらく例の路地は官庁街の高い建物から狙い撃つことが出来る。午前中にはある程度の場所しか確認できなかったから、すぐにでも狙撃ポイントを決める必要がある。
窓から外に出て、屋上を走って最適な場所を探す。微妙に入り組んだ場所に彼はいる。おそらくこれは最初で最後のチャンスだ。逃せない。
彼が俺と出会うまでの間に何かしてこなければ、俺が同じ時刻に同じ場所を通るのは変わらない。彼の口ぶりからしてあの日をかなりの回数繰り返している。感づかれる前に決着をつけなければ。
俺が何時何分に出会ったのかは分からないが、空模様からしてそろそろなはずだ。少し焦りながらも路地のある方を見回すと、少年らしき人影をやっと捉えることができた。
少し位置を変え、全身をしっかり確認して本人であることを確かめる。間に合ったようだ。この距離ならば狙いは必中。
引き金を引き、次の瞬間には少年の身体が四散する。その間に少年は一度も、少しも口を開かなかった。視力を強化していたからわかる。絶対に詠唱していなかった。
「……!!」
だが、まただ。身体が、世界が動かない。少しずつ色彩を失っていく世界。また俺は、何かを間違えてしまったらしい。
汚れを洗い流すように、光輝を塗りつぶすように、世界は漂白されていく。
「レイくん、一緒に謁見に行こうよ」
気付けば、またアーツに声をかけられていた。一度過去に戻った時と同じ、王城に誘われた地点だ。
絶対に彼は魔術を唱えていなかった。弾丸は音速を超えていたし、銃声を聞くこともできないはず。
だがこの二回でかなりいろいろなことが分かった。おそらく少年の魔術の発動条件は自身の死。まだ確定したわけではないが、俺と戦う前にこの時刻に戻ることを設定し、死ねばここに戻ってくる。
俺に『勝利』がないという言葉の理由がよくわかった。彼は俺に殺されても過去に戻り何度でも戦うことができ、そしてその度に成長する。俺が負けるまで、永遠に時は進まないのだ。
これならば彼の異様な強さにも説明がつく。俺は前回何かのエラーが起きた影響で、記憶を保持したまま過去へと戻ってくることができたが、それ以前にも幾度となく俺と戦っているのだ。
時間の遡行という牢獄に囚われた俺は、果たしてここから抜け出すことが出来るのだろうか。だとすればその方策は。こんな事、現実味がなさすぎて相談できない。
ため息を吐いてポケットに手を入れると、冷たいものが手に触れる。このひんやりとした感触は、グラシールにもらった銀の鍵だ。ヴィアージュなら、あるいは。
「ちょっと待ってくれ」
俺はアーツを少し引き留め、自室の扉へと走った。
第三章は少年とレイとの戦いをメインに話が進んでいきます
一章とも二章とも違う、一日の中での戦いを楽しんでほしいです
次回、93:時の牢獄 お楽しみに!




