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92:運命の日(n)2

「何の用だ」


 今まで見たことがない。復讐に燃えるその瞳は割と見慣れたものだ。きっと俺が殺した誰かの家族か何かだろう。


 俺より少し年下くらいの少年だ。身なりはくたびれてこそいるが中流階級くらいのものだ。どこかで俺の力の話を聞いたのか、剣の柄に手をかけている。


 子供から武器を奪って無力化するだけなら刀はいらないだろう。身体補強フィジカル・シフトを少しだけ発動して攻撃に備える。


 少年の中に魔力が巡ったかと思うと、次の瞬間、彼は目の前まで接近していた。とっさに身体を反らせ、剣が通り過ぎたの直後に宙返りで距離をとる。


「お前はいつもそうだ。俺を子供と侮り、最初は刀を抜かない」


 なんだこの少年は。まるで俺のことを知っているかのように話す。だが、俺は彼と戦ったことがない。絶対にない。見たこともないのだ。


 ただものではないことを察し、身体補強フィジカル・シフトの強度を上げて刀を抜く。さっきの速度には少し焦ったが、あれが全力ならば普通に相手をすれば勝てない相手ではない。


 突進してきた少年の剣を捌く。上手い。この動きは何度も何度も人を相手にした実戦を繰り返さなければできない。ギリギリで命を繋ぎつつ相手の命を刈り取らんとする、死とすれ違い続ける戦いだ。


 正直俺は驚いていた。俺より小さい年で、なおかつ剣を使って俺と同じくらいの腕前なんてそうそういない。しかも、彼は俺のように魔術師として破綻しているようにも見えない。


 彼の動きは、決して天才のものではない。俺と同じ、何度も死に限りなく近づくことでその技を得た瀕死の凡人だ。少なくとも3つは下の子供だというのに今までどれほど死線を潜り抜けてきたのか。


「いくら考えても無駄だぞ、殺し屋レイ。俺に『敗北』は絶対になく、お前に『勝利』は訪れない。永遠にな」


「何を訳のわからないことを。ここまで力が拮抗していると手加減もできない、殺すぞ」


 俺だって別に趣味で殺しをしている訳じゃない。いくら罪に問われないとはいえ、殺すより憲兵に引き渡した方がいい。今回はそれも叶わないが。


 俺の言葉に、少年はにやりと笑う。俺の言ったことが馬鹿馬鹿しくて仕方がないというように。


「ああ、そうするといい。」


 その笑みを見て、俺は少年を殺したくなくなった。もし彼を殺せば、それは俺にとっての最大の悪手になるのではないか、そう思ったのだ。だが、それを許してはくれない。


 戦況は、俺が少しだけ押しているという感じだった。ただその差もあまり大きいものではない。少し気を抜けばすぐに覆されるような、そんな小さな差だ。


 そして、一番の懸念は体力の差だ。俺も十分な余力はあるが、魔術で身体能力を強化するのと身体補強フィジカル・シフトでは一分、一秒あたりに消耗する体力が違う。長期戦になればいつか負けてしまう。


 となれば今の、まだ十分戦える時に決着をつけるほかない。殺される前に殺す。命の懸かった世界では常識みたいなものだ。


 一瞬の溜めを経て放たれる高速の刺突。普段は避けるか弾くこの一撃を、俺は左の肩で受け止めた。そして引き抜かれる前に脇を締め、剣を固定する。


 そして少年が剣から手を放して後退りするより早く心臓を刀で貫く。身体に対して鋭角に入った刀は、心臓を真っ二つにして背中側に突き抜ける。


 さすがは名工の鍛えた一振り、骨すらも綺麗に断ち切ってしまった。切れ味は本当に増しているようだ。最初に買った時は8年程前だったはずだから、そこから随分腕をあげたらしい。次の一振りも楽しみだ。


 死ぬ寸前、何か魔術を唱えようとした少年の顎を抑え、それを阻止する。最後の足掻きで爆発なんてされたらたまらない。爆発は炎熱系の魔術と合わせて俺の苦手とする魔術だ。魔術消去、いや魔力喰いでは抑えるのが難しい。


 少年は死んだ。顎から手を放し、刀を抜こうとするが身体が動かない。いや、止まっているのは俺だけではない。世界だ。


 俺に勝利がなく、彼に敗北がない理由はこれだ。彼はさっきの一言で、何かしらの魔術を完成させていた。世界の停滞。勝利が勝利にならないわけだ。


 やがて、世界の全てが白く染まっていく。だんだんと全てのものから色が失われていくように。そして、すべては白紙に還った。


「レイくん、一緒に謁見に行こうよ」


 あまりの白さに目が眩んでいた俺に、何故かアーツが声をかけてくる。それも、今日の午前中に言ったのとまったく同じ言葉を。


 視界が回復して、あたりを見回してみると、そこは少年と戦った路地ではなく特務分室だった。ここに転移させられたのだろうか。


「また行くのか? 用は一度に済ませておけよ」


「どうしちゃったのレイくん? 帰国してからまだ王城には行ってないよ。疲れてるのかい?」


 アーツがこんなくだらない嘘を吐くはずがない。どうなっている。混乱した俺はそれでも落ち着きだけは失うまいと、確認すべきことを一つずつ調べることにした。


 刀を抜く。少年との戦いによってついた傷はない。肩に触れる。感覚からして分かってはいたが刺された痕はない。窓の外を見る。まだ空は青く、昼前といったところだ。


 信じられない。だが、信じるしかない。というか、そうでないと説明できない。俺はどうやら数時間前の過去に戻ってきてしまっているようだった。

始まったばかりで何も言えませんが第三章もがんばります!

次回、92:運命の日(n+1) お楽しみに!

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