89:花の嵐の吹きすさぶ
王城付近の復興はまだまだ進んでいないが、俺達がアイラ王国に帰る日取りが決定した。三日後には出発だという。
条約締結のために来たつもりが、国を丸ごとひっくり返すようになってしまった。クレメンタイン達とは楽しくやれたからよかったが、まさかこんな戦いになるとは。
アイラに帰る前に、俺は少し試してみたいことがあった。グラシールに貰った銀の鍵だ。これで本当にヴィアージュのところに行けるのかどうか。疑っているわけではないが、どうにも信じられない。
ふらりと廊下に出て、鍵付きの部屋を探す。鍵付きの扉はいいが、どう見てもこの銀の鍵はそれに合うとは思えない。装飾こそ精緻だが、肝心の刺し込む部分はただの四角だ。
だが、いざやってみると鍵は何の抵抗もなく鍵穴に入った。もちろん開く。中で変形でもしているのだろうか。
扉を開けると確かに以前見たヴィアージュの部屋だ。ディナルドの空間接続のような原理を応用しているのだろうか。
「へぇ、君一人で来るなんてね。どうやって辿り着いたんだい?」
「グラシールに鍵を貰った。どういう訳かは知らないが、ここに着くようにできているらしい」
「なるほど、そういうわけか。私のこの部屋はこの世界にあってかつこの世界にないんだ。ゆえに、どこから来ることもできるしどこから来ることもできない。一見さんお断りみたいな、そんな感じだよ」
この世界にあってかつこの世界にない。この部屋の存在証明は完結していない、というより完結させていないのだろう。あえて存在をあやふやにすることで、入れる人間を制限したのか。
ヴィアージュの部屋は殺風景だが、それでいて長居したくなる空気感がある。人生の大半を過ごした家のような安心感はどこから来るのか。
ところで、俺がここに来たのはただ鍵の効果を確認するためではない。一つ、ヴィアージュに頼みたいことがあったのだ。
「なあ、俺に剣の稽古をつけてくれないか? 毎日じゃなくていい。でも、俺に剣を教えてほしいんだ」
今回の戦い、仲間がいたからなんとかなったが、俺一人では死んでいた。これから、俺が危機に陥った時に毎回仲間が助けに来てくれるとは限らないのだ。そして、いつ仲間が俺のような危機的状況になるともわからない。俺はもっと強くならなければいけないのだ。
「いいよ、暇だしね。神代一の剣術、君に習得できるかな?」
ヴィアージュは快諾してくれた。確かに何千年もこんな部屋で世界を見渡しているだけでは飽きることもあるだろう。理由はどうあれ教えてもらえるのだ。いつかは超えてやる。
「じゃあ、出発も近いし俺は帰る。アイラに到着し次第顔を出すよ。じゃあな」
「うん、待ってるよ~」
ニクスロット王国に戻り、再び扉を開けるとそこはただの倉庫だった。鍵は不足している分の存在証明を確立するための、いわばパズルの最後の1ピースみたいなものなのだろう。
アイラに戻ったら一番に鍛冶屋のところに飛んで行って、ヴィアージュに稽古をつけてもらおう。
帰る準備をするというので広間に集まってみると、行きより目に見えて荷物の量が増えている。特にキャスの。
「いやーこんなところしばらく来れないしねー、お土産いっぱい持って帰らなきゃ損損」
特務分室の会議室なんかに各地の民芸品やらなんやらがたくさん置かれているのはキャスが原因か。まあ部屋が賑やかになるし悪くはないが、理由が分かるとなんだかすっきりする。
リリィやハイネもシャーロットから大量のお土産やらもはや得体の知れない、俺にはガラクタにしか見えないものまで押し付けられていた。100%好意なのがなんとも心苦しい。
まあ魔法文明の産物か何かが中には一つくらい入っているかもしれないし、リリィも渡された黄色い鳥の人形が気に入ったようで頭に乗せている。
アーツもリーンにいろいろとものを貰っていた。なんだか子が親に贈り物をしているようで微笑ましい。年齢は真逆だが。
「レイさーん! お土産です、持ってってください!」
俺もシャーロットに山のような訳の分からないものを渡される。ねじ巻きで歩く羊やら妙に綺麗なマグカップやら。まあこれも、ひとつ思い出としてもらっておこう。羊くらいなら部屋に飾ってもいい。ちょうどなにか置物でもあったらいいかもと思っていたところだ。
何かお返しにと、俺はシャーロットにファルス皇国で使ったアダマンタイトの弾丸を渡す。もう撃てないし何の役にも立たないが、俺にとっては案外大事な品だったりする。これくらいしか渡せるものはないが、これも思い出になるだろうか。
「皆さん、また会いましょうねー!」
窓の外では、俺達の旅路を祝福するかのように、無数の花弁が舞い散っていた。
次回、89:アイラ王国へ お楽しみに!




