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88:彼の在り処

 目が覚めると、目の前には見覚えのない天井があった。どうにか起き上がろうとするが、倦怠感とすさまじい痛みのせいで動くことすらできない。


 そうか、グラシールに一撃を食らわせてやったあと、すぐに俺は気絶してしまったのだった。身体補強フィジカル・シフトは意識がなければ発動できない。そのせいで傷がこのままなのだ。


 かなり関節や重要な筋に穴を空けられてしまっていたし、能力で治さないと再起は難しいだろう。しかし、まだ身体に疲れがどんと居座っている。これはさすがにきつい。


 何時間寝ていたのか分からないが、腹も減った。何か食べないと元気も出ない。身体は怠いが食欲はある。早く完治させなければ。


「ん、レイ起きた」


 ドアの開く音がする。この声はリリィだろう。足音的に後ろからキャスもついてきているようだ。何か、肉と香辛料の匂いがする。


「ほらレイ坊、夕飯だぞ。三日も眠っていたんだ、しっかり食べな」


 戦闘の際に攻撃を受けることのなかった右腕が辛うじて動いたので、上体を少しだけ起こし、フォークで肉を突く。


 大陸領で、この国で食べた味とは違う、懐かしいキャスの味だった。それにしても俺は三日も眠っていたのか。そりゃ疲れるし腹も空くというわけだ。


「リリィ、あの時は助けてくれてありがとな」


「うん。助けられたならよかった」


 あの状況で、カイルの魔術があるとはいえ正確に超長距離の狙撃を成功させるあたりカイルとリリィの胆力には感心する。どんな銃があり、照準器があろうと撃つ者の冷静さが欠けていれば絶対に当たらない。狙撃とはそういうものだ。


 あの手助けがなければ俺があと一歩踏み込むのは難しかった。というか無理だっただろう。あのタイミングで正確に狙撃を決めてくれたからこそ、俺は勝つことが出来た。


 意識が戻ってから、きちんと食事を摂るようになってすぐに体力は回復した。とはいえ少しずつ身体も動かさなければいけないし、緊急に治さなければいけないところだけを修復した。身体の各所を包帯やらなんやらでぐるぐる巻きにされた。怪我を能力以外で治すのは久し振りだ。


 特務分室やクレメンタイン、シャーロットとリーンなどが見舞いの品を持ってきてくれたおかげで栄養は十分すぎるほどで、数日経って出歩けるようになった。


 散々破壊してしまった街を直すため、身体が動くようになってからは資材などを運ぶ手伝いに努めた。


 戦闘することによって取り戻せるものに比べれば微々たるものだが、身体を動かすことで体力や筋力だけはどうにか戻ってくる。


 主に被害があったのは『春』の中の王城付近の建物だ。というか一番は王城だ。現在は王城付近の屋敷に政務に必要な書類などを全て持ち込み、クレメンタインが混乱を鎮静化するために休む暇もなく働いているという。


 王の思考を制限する原因だった王冠は、シャーロットの生成した氷で同化させ、嵐の海の中に投げ込んだらしい。


 俺の調子がだいたい戻ってから、キャスにグラシールが囚われていることを教えられる。俺が意識を失った後、傷ついたグラシールをアーツが捕えたらしい。


 俺はクレメンタインに許可をもらい、グラシールのいる地下牢に案内してもらう。この国で牢屋など使う機会もないようで、静かで誰が入った痕跡もない。他の牢屋と一番違うのは花が舞っていることか。


「やあ、久しぶりだね。傷も良くなったみたいで何よりだ」


 グラシールは戦った時よりも覇気がなくなっていた。目から光が失せたというか、力が奪われたような雰囲気なのだ。


「人を三日も昏睡させておいてよく言う。むしろこっちのセリフだ」


 いやもちろん、知っている。命を凍結したということは、殺されても死にたくても死ねないということなのだと。それでも、あれだけ命を賭して戦ったのだからなにかもう少しその痕跡があると思っていた。


「それで、何の用だい?」


「なぜあんたがこの国に、変わらないで欲しかったか、聞いてみたかった」


 なぜグラシールは愛する国の発展ではなく停滞を望んだのか。標本のようにこの国をそのまま取っておきたい、それだけではないと思うのだ。


「簡単に言ってしまえば、俺は永遠が欲しかったんだ。神代に生きている奴はみんなそうさ。今ある自分を失わないために、それを害する誰かを殺すんだ。魔法が衰退していき、魔術が発展していったのはそういう理由さ」


 グラシールの話を聞いて、少し納得する。魔法は基本的に魔術よりも優れている。なのになぜ衰退したのか。それは、自分の魔法を他人に伝えることで自分が危うくなることを忌避した神代の民が理由だったのだ。


 彼らは望み通り自身の神秘性を守ることに成功したが、それと引き換えに魔術という新たな脅威に叩き潰された。


 しがみつく者と這い上がる者ではその力が違う。魔法が魔術に淘汰されたのにはその魔力効率以外にも要因があったということか。


「その中で、俺は運よく永遠を手に入れてしまった。もちろん、俺だけじゃなくヴィアージュなんかもそうだが、俺は神代じゃ神でも手に入れられなかったものを手にした英雄だったんだ」


「それで、なぜ国を?」


「ああ。当時はよかった。神の両腕にあたる眷属で永遠を手にしたのは俺だけでな、この栄華はそれこそ言葉通り続くと思ったよ。だが、それは間違いだった。


 かつての仲間は次々に死に、俺の力も心も少しずつ劣化していく。永遠とは、果てしなく続く孤独だ。はっきり言ってヴィアージュなんて一人で居すぎて頭が狂っているんじゃないかと思う。俺は、共に生きる者としてこの国を選んだんだ」


 なんでもないことのようにグラシールは言う。ちょっとした昔の思い出話をするように。遥か昔のことだが、彼にとっては人生の一部だ。養父がちょうど子供の頃の話をするようなものなのだろう。


 グラシールは案外おしゃべりな奴だった。もともとそれほど快活な性格でもないが、長く人と話していないと、いざ話すとなった時に余計に話してしまうという。


 【永遠の氷華】を作ったのは永遠に絶望した後。元々は自分と共に生きる者を創ろうとしたようだ。聖遺物は失敗した成れの果てなのだという。あれが失敗だというのだから、やっぱり神代は恐ろしい。


 しばらく話して、俺は帰ることにした。敗北したグラシールとはもはや争う必要性は全くない。王家の監視下で余生を過ごすらしい。たまには話し相手になってやろうと、少しだけ思った。


「じゃあ、これをやろう。きっとこれからの旅の役に立つはずだ」


 手渡されたのは銀色の花弁と銀色の鍵。少し冷たいそれは、俺の手の中できらきらと輝いていた。


「【永遠の氷華】の花びらと、ヴィアージュの部屋に続く鍵だ。花びらの方は使い捨てだが数分間はあの結界と同じ効力を発揮するだろうよ。鍵は……そうだな、鍵付きの扉をその鍵で開ければそれでいい。必ずその扉は彼女に通じている」


 国宝級に貴重なものをこんなに簡単に手渡すとは、さすがに力のスケールが違い過ぎる。少し呆れながらもありがたく受け取ることにする。


「ああ、ありがとう。大事に使わせてもらう」


次回、88:花の嵐の吹きすさぶ お楽しみに!

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