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87:極北凍土戦線8

 両脇に突如出現した火焔鋼の剣を引き抜き、少し腰を落とす。さっきは氷の道を走っていたからわからなかったが、舞い散る花弁が刀身に触れる前に焼けて炭になっている。


 湯気の量こそ先程より減ったが、持ち続けているためその熱さはさっきより余計に感じることが出来る。この剣を長時間持ち続けるのはよくない。少しずつ肌が焼かれているのが分かる。


「俺も、本気を出すとしようか。これ以上手を抜いては凍ったはずの俺の命が融け出してもおかしくない」


 グラシールが笑う。力強さはなかったが、彼の覚悟と内に秘められた強靭さが鈍く輝いていた。


 空に異変を感じて見回すが、何が変わったのかよくわからない。だが、ここの何かが変化している。何か、だんだん空気が濃くなっていくような感覚。


 そして、しばらくした後違和感の正体にやっと気が付いた。『春』が狭くなっているのだ。広域に分散されていた【永遠の氷華】の効力が収束していく。


 そして、数分もしないうちに『春』は消失した。国全体が完全に雪と氷に包まれた、ある意味本来の姿のニクスロット王国へと変貌したのだ。


 グラシールが本気を出すというのはこういうことだったのだ。今まで戦っていたのは人間が快適であるように気温を調整された地帯。それでは周囲を冷却したりする分の魔力を奪われてしまう。


 ただの場所を冷やすのにはそう苦労はかからない。ただそれが気温が一定になるように概念補強付きで調整されていたらどうだろう。それを覆すにはそれ相応の精神力と魔力が必要になってくる。


 さっきまではそれを維持しながら戦っていた訳だ。つまり彼は自分に手枷足枷を嵌めながら戦っていたようなものなのだ。手負いとはいえ、不死身の魔法使いだ。決して楽な戦いではない。


「この凍土で俺を上回ってみろ」


 既に雪と変わった花弁を散らしながら、グラシールに突撃する。アーツの鎖の援護を受けながら、迫りくる氷を爆砕して血路を開く。


 ちらりと余所見をする。シャーロットはさっきの一撃で空っぽになってしまったようで、毛布にくるまれキャスに抱えられている。リーンも未だに粘ってくれているが、次々に剣を作っているのだ、そろそろ身体が魔力の回転に耐えられなくなってくるころだろう。


 はっきり言って俺も結構体力が限界に近づいているのだ。傷らしい傷を受けたのはシャーロットを庇った時くらいだが、主に身体能力を強化する方向で力を使い過ぎた。


 今こんなことを考えてもどうにもならないが、これからもしグラシール並みの敵が現れたときに今のような様ではどうしようもない。体力を増やして身体補強フィジカル・シフトの長時間の使用にも耐えられるようにしなければ。


 幾重にも重なって俺の進攻を防ぐ氷をやっと砕き終わる。その先にいたのは氷の剣を携えたグラシール。俺と剣で勝負しようということか。火焔鋼の剣を遠くへ放り投げる。


「リーン、最高の一振りを頼む」


 光と共に現れたのは、無骨だがその芯の強さを感じさせる一振りの剣。片手で振り回すには少し重いが、身体補強フィジカル・シフトをギリギリの強度で発動させればなんとか体力も保ってくれるだろう。


 ただ走っているときは気にならなかったが、いざ接近戦をするとなると雪がかなり厄介だ。足が取られるうえ、上げるのも難しいタイミングがある。


 それにひきかえグラシールの足運びは見事なものだ。さすが、雪に慣れているからだろうか。バランスを保つため剣を振るう前に一瞬自身の重心や足場を意識してしまう。たった一瞬のことだがその一瞬の差で攻撃の機会を失ってしまう。


グラシールの剣は決して強くはない。ジェイムなどと比べれば子供の遊びにも等しいような素人のそれだが、たかが雪に対しての慣れだけで俺とグラシールの差が埋まってしまっている。


 だが、環境ばかりを恨むわけにはいかない。だって、俺がジェイムと並ぶかそれを超えるような剣の達人であれば、足場なんて気にせず倒すことが出来た。俺はせいぜい達人の真似、達人らしいことをしている凡人にすぎないのだ。だから、このあと一歩が届かない。


 その時だった。極大の弾丸が俺の右耳を掠めてグラシールの肩に直撃したのは。一瞬で状況を察知した俺は雪を巻き上げながらできるだけ身体を下げる。


 肩を撃ち抜かれのけぞったグラシールの胴に、雪と見紛う白銀の光線が突き刺さる。


 リリィとカイルが作ってくれたのだ、俺一人では埋められなかったあと一歩分を。足りない分は背中を押してもらって歩くしかない。


 二人による紙一重の猛撃によってできた隙は、俺とグラシールの差を埋めて余りある一撃、いや二撃だった。大上段に剣を振り上げる。


「させ……ないッ」


 リーンの剣の如く、地面から生えてきた無数の氷に身体を貫かれる。関節の部分を的確に突かれ、身体が固まる。


「動……けッ」


 もう無理矢理だ。膂力だけを振り絞って身体の中から氷を砕く。これが最後の好機だ。俺はもう、この一撃を逃したら一歩も進めない。


 砕け散った氷が花弁のように舞う中、俺は渾身の力を込めて剣を振り下ろす。肩口から入った刃は、少しも抵抗なく、一直線にグラシールを叩き斬った。


「俺の負けだ」

ついに戦いが終わりましたね

なんだか章のクライマックスってテンションあがって多く書いてしまいがちな気がしてきました

このあと何話かあって新章に入ります


第三章のタイトルは『廻転遡上時空』です!

予定ではメインの話を大きな軸として進めつつ特務分室のメンバーのうちの何人かに焦点を当てていこうと思っています、少々お待ちください!


次回、87:彼の在り処 お楽しみに!

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