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7:初任務:捜査1

新たな戦場に立つレイ。彼の初任務はある殺人事件の調査だった。

──傷、追憶、後悔。渦巻く思惑の片鱗たるその事件は、国の一大事へと発展する。


第0章 《王国断裂変事》 開幕

 やけに高い天井、柔らかいベッド、そして少しひんやりした爽やかな空気。そんな快適な感覚に、俺は死んだのかと一瞬錯覚して、すぐに記憶がここに追いつく。


 俺は歓迎会だと普段は匂いを楽しむだけで済ませるような飯を腹一杯詰め込み、そのまま眠ったのだった。昨日までの目覚めとは大違いだ。


 顔を洗う水も清潔で、泥や金属の臭いなんて全くしない。ついでに全身に水を浴びて、さっぱりとした気分で服に袖を通す。昨日の戦いで一着ダメにしてしまったし、近いうち買っておかないと。


「おはようレイ坊、もう朝飯はできてるよ」


 廊下に出るとキャスに出くわす。早起きして朝食の準備をしてくれていたようだ。他にもなにやら仕事をしてくれていたようで、肩には白い毛布を抱えている。


 と思ったが、毛布が蠢き出す。それもそのはず、その正体は死んだような瞳をしたリリィだったのだ。どうやら彼女を起こして居間まで運んでいる途中だったらしい。


 俺の顔がそんなに可笑しかったのか、キャスは楽しそうにリリィを抱えて階段を降りていく。これが誰かがいる暮らしというものか。


 キャスのあとから入った居間には既にカイルとアーツがおり、各々サンドイッチを齧るなり、書類と睨み合うなりしている。短くない付き合いだが、キャスの料理を食べるのは初めてかもしれない、なんて思いながら俺もカイルの隣でサンドイッチに手を伸ばす。


 そのうちリリィも目が覚めたのか、リスのように両手でサンドイッチを抱えて黙々と食べ始めた。のだが。


 その早いこと。ひと呑みに腹に落としているわけでも、特別一口が大きいわけでもない。しかし着々とサンドイッチは欠けていき、すぐに二つ目、三つ目も消えていく。人は見かけによらないとはこういうことか。


 だいたい全員の腹が膨れたあたりでカイルが食器を片付けてくれる。行ったことはないが、高級な食事屋ではこうして頭を覗いたように見計らったタイミングで給仕してくれるのだろう。それくらい気のつく男らしい。


「さて、今日の仕事だけどね。一旦レイくんにお任せしてみようかな。リリィちゃん、先輩らしく仕事を教えてあげてくれたまえ」


 食器が片付き綺麗になったテーブルに、アーツが紙束を置く。これが俺の担当する仕事ということか。


 それにしても、この小さな娘、リリィと一緒に仕事をすることになるとは。アーツの言う通り一応彼女が先輩ではあるが……。


 なんて不平を言うわけにもいかない。とりあえず渡された資料をめくる。昨日の根幹魔力の件とは関係なさそうに思えるが、そればかりをやると言うわけでもないのだろう。依頼元は王家だった。


 依頼内容は殺人事件の捜査。犯人の特定とその確保が求められられているようだ。殺されたのは俺たちと同じ遊撃隊所属の兵士で、所属部隊は……。


「402部隊……?」


 あまり聞かない名前だ。そもそもこんなにもたくさん分隊があったことすら意外だった。


「400番台の部隊は、情報伝達とか、収集をする部隊。もしかしたら、大事な任務の途中だったのかも」


 早速先輩の世話になってしまった。この幼い少女に見合わない言葉が出てくる光景に慣れるまで、もう少しかかりそうだ。


 資料をめくってみるが、被害者がどんな任務にあったか、なんて記載はない。形に残る資料には書けないような内容ということだろうか。


 任務だなんだという情報に対して、現場や捜査状況についての記載はずいぶんたくさんある。バッグが荒らされていたとか、魔術ではない犯行だとか。


 とはいえ、ここで資料を眺めていても事態が好転するとは思えない。資料を折りたたんで懐にしまうと、立ち上がる。


「じゃ、現場に向かおうぜ」


「うん、わかった」


 どうやらリリィも同意見らしい。助かった。装備を整えて出かけようとする俺の背中に、アーツが声をかける。


「そういえば、大事なことを言い忘れていたよ」


「どうした?」


「君の力、特に魔術を消す方。あれは極力使わないようにしてくれたまえ。あれは鬼札だからね」


 頷く。身体補強(フィジカル・シフト)だけで戦うというのも骨が折れる話だが、アーツの言わんとしていることもわかる。カイルの話によれば、今までとは違う戦力が欲しくて俺をスカウトしたということらしいし。


 せっかく俺を囲い込んでも、どんな戦力を保有しているかバレてしまえば意味はない。適切なタイミングで俺を使おうということだろう。駒のような気分になって少しいい気はしないが、従うほかない。


 なんて考えている中で、ふと気付く。そういえば、リリィを放置してしまっていた。黙ったままというのも感じが悪いだろうし、何か話さないと。そうだな、たとえば。


「なあ、得意な魔術とか教えてくれよ。カイルは……空間把握だったっけな」


 雑談の話題としても、戦力の把握としてもちょうどいい。リリィがどう戦うかわかっていないと、俺が邪魔してしまうかもしれないし。


「魔術は使えない。簡単な魔力放出と、光の魔法が使えるだけ」


「へぇ、魔法なぁ…………魔法?」


 いるところにはいるものだな、なんてのほほんとした感想が通り過ぎて、それから衝撃が頭を揺らす。彼女もハーグと同じ魔法使いで、そして魔術も使えないときた。アーツもずいぶん扱いづらいメンバーをあてがってくれたものだ。


 が、そもそも魔術も魔法も使えない俺が文句を言うのも筋違いというもの。まあ捜査をするだけならばそう困ることもないだろう。


 しばらく歩いて現場に到着する。が、もうすぐ撤収するとかでほとんど片付けられてしまっていたし、残っている憲兵も少なかった。


「国王陛下の使いで来た。情報の開示をしてもらいたい」


 ペンダントを見せて現場に入る。この場の責任者らしい女性にはかなり怪訝な顔をされたが。


 女性憲兵に案内されていろいろと現場を見てみるが、特に新しくわかったことはない。あと手がかりになるとすると、念写くらいか。


「悪いが念写も見せてくれ」


 少し心配そうに憲兵が差し出した念写を、リリィと覗き込む。魔術で視界の景色を焼き付けたものだから、俺が触ると消えてしまう。おかげで随分不恰好な眺め方になってしまっているが仕方ない。


「うわ……」


 殺しを生業にする俺でも少し身を引いてしまうほど凄惨な現場だ。憲兵が苦い顔をしていた理由がよくわかる。隣のリリィをちらりと見るが、動じていないように見える。肝が据わっているな。


 鞄の中身はばら撒かれ、その上に血がかかっている。掻き切られた首の傷口は醜く、幻痛を感じるほどに痛々しい。いや、それだけではない。何かが俺の身体か、記憶か、どこかを刺激して、ないはずの痛みが身体に走っているようにすら感じる。


「魔力の痕跡も全然なくて、噂の『魔力なし』かとも思うんですけれど。どうにもこの傷口は珍しくて」


 それだけはありえない。なんて冗談を言いたいところだが、それよりも。


 俺の脳裏からは、残忍な傷が離れなかった。確かに、俺はこの傷を……。

第0章、開幕!


残忍な事件の犯人が明らかに!

次回、8:初任務:捜査2 お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 似たような傷を知っているということはもしかしたら、知り合い?が犯人なのでしょうか(;´・ω・) 念写が消えたらダメだから触らないようにするとか、色々と細かい制限があって、魔術消去能力も便利…
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