85:極北凍土戦線6
「アーツ、お前の盾の強度ってどの程度のものなんだ?」
「無敵さ。たとえ世界を引き裂く刃でも、俺の盾は破れない」
グラシールに近づくにはこの戦力で十分だ。救援に来てもらったことでやっと接近するめどが立った。
「禁呪・概念防御【綺羅星・蒼穹の城】!」
アーツの禁呪はきらきらと輝きながら俺達の周囲を囲む。リリィの目に少し似た蒼色だ。前に見たときとは違うような様子だが、ハイネのもののように柔軟性があるのだろう。
ドーム状になった禁呪はところどころ輝いていて、夜空をそのまま小さくした天球のようだった。アイラの王都に夜空を魔術で天井に投影する劇場があったはずだ。
花弁が舞い散る様子と相まって、禁呪の中は余計に幻想的に見える。王都に戻ったら、劇場に行ってみよう。
所詮何かを真似た美しさはオリジナルに太刀打ちできないが、それはそれでいい。作り物には作り物の美しさがある。
「この禁呪はかつて親衛隊で鉄壁と言われた男のものなのさ。彼の防御に特化した魔術は禁呪へと昇華され、今はアーツの手に収まっている。今のところ、魔法でさえあれを壊すことはできなかったとか」
かつての親衛隊ということは、何代か前に所属していた誰かということか。俺も親衛隊に詳しいわけではないが、鉄壁なんて呼び名は聞いたことがない。なんとなくベルフォードのようなやつなのではないかと考える。
しかし、なんで親衛隊から生まれ出た禁呪なんかをアーツが持っているのだろうか。どうせロクでもないルートから手に入れたのだろうというのは分かるが、どうしたのだろうか。一周まわって恐ろしくて聞きたくもない。
アーツの守護の中、全員が魔力を限界まで身体に回していた。打ち合わせ通りならこれでグラシールに一矢報いることが出来るはずだ。
透き通った蒼の夜空が晴れる。グラシールは城のバルコニーに移動していた。あれでいい。ちょうどいい。アーツが鎖で今まで攻撃されていた分の氷を軽く払うと、攻撃の合図をする。
「魔力空っぽになるまで、いっきますよー!!」
シャーロットが巨大な氷の坂を作る。張り切りすぎて王城を貫き随分先まで行ってしまったが、うまくグラシールの足を固定することに成功した。これで奴は動けない。後はあそこまで走っていくだけだ。
「レイ坊、これ持っていきな。剣じゃ斬れない魔法には役に立つはずだよ」
ベルトの隙間にキャスが木剣のようなものを挟んでくる。何か魔力が籠っているようで、柄の部分には俺が触っても大丈夫なように布が巻いてあった。
「ありがとう。それじゃあ行くぞ、リーン頼んだ!」
「了解です!」
身体補強をギリギリまで引き上げ、坂を駆け上がる。だが、俺が向かってくるのを黙って見逃すグラシールではない。竜のようにうねる軌道の氷で攻撃してくる。
だから俺は、剣を抜いた。氷の大地に現れた一振りの剣を。鞘に収まって生まれたその剣は、刀身が炎のように紅く湯気が立ち上っていた。そして俺は、全力で氷を迎え撃つ。
超高温に触れられた氷は爆発して四散する。そしてそれと同時に刀身も冷え切って砕け散る。これならば、氷に邪魔されずにたどり着ける。
「グラシールッ!」
まるで七つの首を持つ大蛇のように次々に襲い掛かってくる氷を、一歩ごとに生成されていく剣を一撃ずつ投げ捨てながら破壊していく。
リーンの剣を作る魔法は、さすがに古代の神秘なだけあって、剣であれば材質を問わないという。だから俺は、火焔鋼を素材に鞘付きの剣を生成してもらったのだ。
火焔鋼はガーブルグ帝国で産出される超高温が特徴の魔法金属。本来なら貴重品だが、剣の体裁を保っているという条件でのみ生成されるこの魔法でなら無限に生み出すことができる。
両手の剣を次々に持ち替えて、氷を迎撃していく。はっきり言って爆風がかなり辛いが、そんな泣き言は言っていられない。
こんなことを考えている余裕はないのだが、リーンの剣を生成する位置と角度に感心する。一番掴みやすく引き抜きやすい場所に、ぴったりのタイミングで現れるのだ。欲しいと思った時に手を握ればそこに柄がある。そんな感覚だ。
さすがにグラシールまでは少し長い。周りを気にせず戦えるのはいいが、少々遠すぎだ。だが、シャーロットの張り切りを責める気にはならない。俺が守ってもらった分走ればいいだけの話だ。
熱いんだか冷たいんだかわからない氷の爆発を浴び続けながら、とにかく全速力で前へ進む。
もう何度目だっただろうか。氷を斬った数を忘れた頃、グラシールの攻撃が急に止んだ。攻撃するのに慣れていた身体が勝手に動き、柄のない空を掴む。
攻撃が止んだ代わりに、グラシールの右手の先には魔力が集まっていた。嫌な予感がするが、この隙にできるだけ前に進まなければ。今の俺に、交代という選択肢は残されていない。
「×××××」
右手の魔力が解放され、猛吹雪がこちらに向かってくる。その衝撃は巨大なハンマーで殴られたかのように大きかった。一歩も退かずにいられたのは奇跡的だろう。
ナイフを突き立て手掛かりにし、どうにか後退するのを防ぐ。だが勢いがこのまま続けばナイフか氷のどちらかに限界が来る。どうにかこの状況を打破しないとまずい。
できるだけ風の抵抗を殺そうと身体を横にしたとき、妙な感覚が腰にあるのに気が付いた。
「そうか……キャスの剣……!」
これを使ってどうなるのかはわからないが、やってみないことにはどうにもならない。それにキャスは言っていた、『剣じゃ斬れない魔法に』と。
引き抜く動作と連なって、全力で木剣を振り抜く。光を跳ね返すように輝く木剣は、その光る様子も相まって金属の剣に見えた。
急に俺に吹き付ける風が収まった。吹雪が止んだのかだろうか。いや、違う。吹雪はそっくりそのままグラシールに跳ね返ったのだ。
そうか。キャスの魔力特性は湖水鏡面。相手の魔法を反射することができてもおかしくない。今の一撃で魔力は抜けてしまったが、これでグラシールのところまで辿り着ける。
吹雪に追いつくほどのスピードでグラシールの許まで走って行き、二振りのただの剣を引き抜いて飛び上った。
吹雪が吹き抜け視界の晴れたグラシールに、全力全速で両手の剣を叩き込む。身体にも凍結に近い魔法を施してあるのか傷は浅いが、確実に斬れている。
「なんてこった、ただの人間にここまでされるとはな……」
「貰ったッ!」
諦めか感心か、目を見開いたグラシールの胸に刃を突き立てる。全体重を掛けたその刃は、水底から這い上がるようにグラシールの身体を貫いた。
次回、85:極北凍土戦線7 お楽しみに!




