84:極北凍土戦線5
リーンの協力が得られたことで、戦線維持はかなり楽になった。リーンはシャーロットと違い剣を創ることしかできないが、それゆえにその効率はかなりのものだ。魔力特性の具体性と専門性の関係がここにはっきり現れているのだろう。
魔力特性の本当に基礎的な知識だが、魔力特性はその具体性が増すのに比例して練度も上がっていく。同じ力でも触れる面積が小さいほどに圧力が増していくのと似ている。
シャーロットとリーンはお互い似た、物質を生成する系統の魔法使いだ。それゆえ初めて組むとは思えないほどの連携だった。
魔力総量などの基礎的な能力はシャーロットの方が優れているため、基本的にはシャーロットが攻撃を凌ぎ、それが突破された場合リーンが対応するという形をとっている。
俺がほとんど貢献していないのが本当に申し訳ないが、すごい安定感だ。これでも俺は接近戦に持ち込む機会を窺っているのだ。
俺は至近距離まで近づけば必ずグラシールに勝てる。しばらく見ていてわかったが、やはり彼は完全な魔法使いのようで、身のこなしは完全に素人のそれだ。懐に入れれば神代の存在であろうとどうにかなるはずだ。
氷を生成するグラシールの魔法は確かに強力だが、この手の魔法は相手に接近を許すと途端にその強みが失われることが多い。
中遠距離であれば物量差で相手を圧倒することが出来るが、接近されると大規模な行使は自分の行動範囲を狭め場合によっては自らの首を絞めることになる。
だが今は拮抗するのが限界。反撃の糸口など見出すことが出来ない。
「レイさーん、さすがのボクでも魔力が尽きちゃいますよ~」
それでもアイラの一般的な魔術師の数倍はあるが。さすがにシャーロットも長期戦でかなり消耗しているようだ。
魔術師の重要なファクターとしてよく語られるのが魔力総量と魔力許容量。魔力総量は個人の持てる魔力の量のことで、魔力許容量はそのうち一度に扱いきれる魔力の量だ。
これらはバランスが大切で、魔力総量が多くても魔力許容量が少なければ高位の魔術の発動はできないし、魔力総量が少なければ魔力許容量が多くてもそれを有効活用した戦い方は難しい。
リリィなんかは前者のいい例だ。魔力総量は無限と言われているが、魔法使いにしては魔力許容量が物足りない。そのため魔法を発動すると掌握していた分の魔力がすっからかんになってしまい、再度撃つには時間と負担がかかる。
シャーロットは無理のないペースで魔力を回せているようだが、魔力許容量の多さゆえ一度に消費する魔力は多い。必要な魔力よりも、少々余計に使ってしまうのだろう。
「あと少し耐えてくれ、頼む」
「レイさんにとって特務分室のみんなはボクにとってのクレメンタイン様のようなものなんでしょう? レイさんが信じて待ってるんだから、それぐらい耐えますよ!」
「私がするのは守るための戦いですから」
とても頼もしいが、隠しきれない疲れの色を見ると心配になってくる。これでもしどちらかが死んでしまったら守られている俺はどうすればいいのだろうか。
守ってくれた相手が結局犠牲になってしまう罪悪感から逃げたくてこんな風に祈ってしまう自分が堪らなく嫌だが、生存を望んでいることは確かなのだ。
死の淵に立ったことがあるからこそ、そこから生還することの意味がわかる。息もできないほど緊張した世界に身を置くからこそ、何事もない、ただの生活に彩がつくのだ。
仲間なんて存在を持つまで知らなかった、弛緩した日常の重要さを俺はもう少し味わいたい。そしてこの二人にもそれを逃してほしくない。生きるために死の淵を歩く、馬鹿みたいな生き方だが、俺にはこれしかできないのだ。
突然、背後で魔力が膨れ上がるのを感じる。そして天を横切る特大の光線。グラシールは咄嗟に氷を生成して防御したようだが、おそらく狙いはそこではない。
「あ、王城に大穴が!」
圧倒的な熱量を持った光線は、王城の、それも王の寝室をしっかりと貫いていた。上方から放たれた光線が、地上のグラシールの氷に跳ね返されて城を穿ったのだ。
直接狙えば気付かれて防がれてしまう。だからこそグラシールに反射させるという形で王を殺したのだ。意識外の攻撃に、人間はあまりにも弱い。
そして何より、今まで守ってきたものを自分のせいで破壊してしまったという意識を否が応でも植え付けることが出来る。執念の塊のようなグラシールにとってこれはかなり堪えるだろう。
精神的な衝撃か、動けないグラシールに流星のように飛ぶ弾丸が突き刺さる。氷で防御されてしまってはいるが、眉間、心臓、鳩尾、両足に順に当てていくこの技量はさすがのものだ。
守っているとはいえ、その威力はすぐに出せる氷で殺せる程度のものではない。血を吐きながら尻餅をついている。
「どうだい? 3000m先からの超長距離狙撃さ、なかなかやるでしょ」
「俺の部下なんだから当然、なんじゃないのか?」
「まあね。でも褒めるってのは結構大事なことさ」
こちらに到着したのはアーツとキャス。リリィとカイルが狙撃役でハイネはその警護といったところか。アーツの鎖の上に乗せて撃たせているのかと思っていたが、この距離なら雪山の山肌などにいるのだろう。
「君は……」
「はい、リーンです。あなたに名を付けてもらった。……大丈夫ですよ、私は今守るためにここにいます」
リーンの言葉に、アーツは笑顔で応える。いつも表情のない笑みをするものだから、こんな風にも笑えるのだと少しびっくりする。そりゃそうか、人間だし。
『レイさん、シャーロットさん、僕しっかり当てたっすよー!』
『私も当てた。角度もばっちり』
『私だって【静寂の一刈り】の射程がそこまであれば当たってましたよ!』
アーツの通話宝石からなにやらにぎやかな声が聞こえてくる。狙撃組が一仕事終えて騒いでいるのだろう。
3000mという距離を超えてこれだけのお膳立てをしてくれたのだ。後はここにいる俺達がグラシールを倒すだけだ。
「さあ、俺達も打って出ようか。反撃開始だ!」
特務分室、一応全員集合!です!
第二章もそろそろ終わりですね
次回、84:極北凍土戦線6 お楽しみに!




