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83:極北凍土戦線4

 グラシールに与えたダメージはごく小さい。しかし、なんとかここまで逃げることが出来た。とはいえ、発見されるのも時間の問題だろう。


 無理のない速度で身体を修復していく。これも【リベレーター】の何かしらの逸話を再現した神話顕現なのかもしれないというのだから、便利なものを授かったものだと思う。


「大丈夫ですか? クレメンタイン様のためです。今度こそ、ボクも一緒に戦いますよ!」


 シャーロットは元気に『春』で採れた薬草を傷口に貼り付けてくれる。押す力が少し強いせいで傷口が無駄に痛むが、俺を思ってのことだから悪く言えないし言う必要もない。


「氷に氷で張り合っても勝機は薄い。ここは増援が来るまで防御に徹するぞ」


 先程撃ち尽くした狙撃銃の弾倉を交換し、動けるように少しずつ身体を慣らしていく。ここが『春』だからコートを脱いでしまったが、この薄着では接近した際に耐えられない。グラシールの接近に気付いたら、すぐに着てしまおう。


 おそるおそる物陰から出てみるが、グラシールらしき姿は見当たらない。おかしい、さすがに追いついてもいい頃だ。さっきの攻撃で死んだり気絶したというのも考えられるが、グラシールに限ってそれはないだろう。


 一体何を考えている。グラシールの気配だけが大気に満ちていて、姿は一向に見ることが出来ない。


「レイさん、一度王城の近くまで戻りましょうよ。走っての移動には無理がありますし、装甲車を取ってきた方がいいんじゃないかなーと思ったんですが」


「それもそうだな。警戒だけは怠らないでくれよ」


 王城へ向かい、俺達はゆっくり歩きだす。教皇庁で疑似聖人が大気中の魔力と溶け合っていたように、何をしていても気配が消えず息苦しさのようなものを感じる。


 王城周辺には建物が多く、移動用に装甲車が用意されていることが多い。そして王女傍付のシャーロットならばこれらに自由にアクセスできる。確かに確保できるならしておきたい。逃げる場合にはこれが要になる。


 王城付近に到着するまで、結局グラシールは現れなかった。どこかに身を隠しているのか、あるいは何か罠でも仕掛けられているのか。


「あ、あそこに装甲車がありますよー」


 シャーロットが家の脇に停めてあった一台の装甲車を指す。これで一度『春』を離れるのも悪くはない。


 しかし、ハッチは氷によってその装甲よりも固く封じられてしまっていた。その瞬間、俺はここに戻ってくるという行動が完全なミスだったことを悟った。今まで手を出してこなかったのは、俺達を確実に仕留めるためだったのだ。


「ご足労いただきありがとう。今度こそ逃がさない」


 大気に満ちていた気配が集約され、建物の影からグラシールが出てくる。魔力を周囲に放出することで気配を分散させていたのか。俺の感覚を鈍らせるほどだから、常時かなりの量の魔力を放出していたことになる。魔力の回転効率だけで言えばリリィを超えている。


「×××××××」


「■■■■■■■■■■──!」


 グラシールの氷柱をシャーロットの氷壁で受ける。先程シャーロットは攻めようとして失敗したが、これは氷魔術・氷魔法が持つ特性の影響がある。


 氷の術には、基本的に後から出した方が強いのだ。単純に後から出せばいいかと言われればそれは違うが、相手の勢いにギリギリ耐えられるだけの氷を用意すれば、相手の魔術を阻止することが出来るのだ。


 例えば100の魔力で放たれた氷柱があったとして、出始めの時に30の魔力で氷壁を生成すれば70の差を埋めることが出来るというわけだ。


 確かに、俺達でグラシールを倒さなければならないのであれば圧倒的に不利だが、この状況を耐え抜くという今においてはこの特性が大いに役に立つ。


 さっきはグラシールを制圧するつもりでやったのが悪かった。だが守りに徹するのならばこの実力差でも十分勝機はある。このやり方だとシャーロットにかかる負担ばかりが増えて申し訳ないが。


 俺は俺で、一応隙を見て銃撃やら魔導具やらで攻撃してはいるのだ。全て氷の盾で防がれてしまっているが、注意を逸らすくらいの役には立てていると思う。


「キリがないな。×××××──!」


 グラシールは氷のドームを生成して中に籠ってしまう。この状況に痺れを切らして勝負を決めに来たか。グラシールの魔力がどんどん増大していくのが分かる。


「離れるぞ、さすがにこの規模は防ぎきれない」


 装甲車を止めたときのような大規模な魔法に対して、ちょっと逃げる程度で対抗できるとは思っていないが、少しでも距離を取った方が迎撃するにしろ回避するにしろやりやすい。


「そろそろ来ますよ~!」


 シャーロットの悲鳴じみた叫び声と共に振り返る。それと同時に手袋を地面に投げつけた。どの程度役に立つか分からないが、俺が触れれば氷の進行ぐらいは止まるだろう。手の平の皮が犠牲になるが、それくらい構わない。


 魔力が解放され、グラシールの魔法が発動する。魔獣を殺したときのような巨大な氷山でも作るのかと思ったが、その実、グラシールが出してきたのは先端に無数の刃の生えた巨大な氷柱だった。


 それが一直線にこちらへ向かってくる。正直これは予想していなかった。グラシールは俺の能力を理解している。能力による干渉を防ぐため氷を押し出すようにして生成しているのだ。


 どんどん先端に氷を継ぎ足す形で生成すれば俺でも止められるが、一度作った氷を別の氷で押し出されては止める術がない。


 避けることはできず、シャーロットでもさすがに即席の魔法でここまでの威力を防ぎきることはできない。まずい、このままだと俺はともかくシャーロットが死んでしまう。


「シャーロット俺の後ろに……!」


 叫ぶが時すでに遅し。もはや一瞬の猶予もないほどに氷柱はこちらへと迫っていた。


 金属、それも特大のそれが響かせるような大音響。そして激しい衝撃波。俺達は吹き飛ばされて地面を数m転がる。


 頭の上の花弁を振り払い前を見上げると、そこには鋼鉄の高い壁がそびえ立っていた。上に行くほど細くなるこの構造、間違いない。これは……。


「お前だったのか、【剣の女】」


 どうやら、【剣の女】が巨大な剣を盾にすることで俺達のことを守ってくれたようだ。アーツが何か、戦った際に俺達に味方するよう仕向けたのだろうか。


「私の名はキャスリーンです。できれば今度から、リーンと呼んでください」


 【剣の女】、もといリーンは静かに言う。もともと名乗りもしなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。


「そういえば、この間クレメンタイン様と何かお話してましたよね。王弟陛下の傍付を辞めたんですか?」


「はい。私は黒衣の男に救われ、クレメンタイン陛下を頼り仕事と住む場所を得ました。もう血みどろの戦いには戻りません」


 黒衣の男、十中八九アーツの事だろう。リーンを気まぐれか考えあってか生かしておくことにしたのだろう。それにしても、キャスリーンといえばどこかで聞いたことがあった気がするが、誰だっただろうか。


「そして彼は言いました。『戦うならば、人を救う戦いをしろ』と。今がその時です」


 リーンは剣を地面に戻すと、高らかに宣言する。


「このリーン、我が刃を以てあなた方の道を斬り拓きましょう」

実はこの回も結構書きたかった話でした。

次で多分みんな来ます。

次回、83:極北凍土戦線5 お楽しみに!

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