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80:極北凍土戦線1

 何日か休息できたおかげで、俺達の体力はかなり戻ってきた。これなら来るべき戦いにも相対することが出来るだろう。


 作戦が決定してからも、数日間に渡る戦闘やその後の国の運営に必要なものなど、必要最低限の物資を運び出しニクスルへと運搬する作業があったため、とにかく射撃の技術をできるだけ上げることに集中した。


 装甲車という大きな的に中てるだけならばいいが、やはり片手で撃つと微妙に狙いがブレる。100m先の果実の種のある部分だけ撃ち抜く、なんて芸当はさすがに俺にはできない。


 そして迎えた決行当日。計画を知るほとんどの者は城から退去し、ニクスルへと避難していた。残るは王を殺す実行部隊のみ。


 中折れ式の愛銃を懐に忍ばせ、足音を殺して王の寝室に向かう。まだ夜明け前だから、王はぐっすり眠っているだろう。寸分の狂いもなく急所を撃ち抜くから、きっと何も感じずに逝けるだろう。


 意識のない相手を殺すとき、俺は極力痛みも苦しみも感じさせないように殺している。そういう殺しをするときに何かを感じるのは殺す側だ。殺し合い、互いが命を懸けた果てに命を奪うのではなく、花を摘みとるように静かに殺すとき。


 たった一発の弾丸、ナイフの一刺しで人の命はふわりと、宙に飛んで行くかのように消えていく。その命の軽やかさに反して、俺達の心は重石の付いた鎖で縛られたようにここに留められる。生者が大地に縫い留められているのを自覚させるように。


 きっと、飛翔というのは死者の特権なのだ。誰もが夢想する、空を自由に飛び回る鳥のような体験というのは、きっと生きているうちにできるものではない。できるとしたらそれは、死をも上回る強い力に後押しされてだろう。


 王の寝室のあるフロアまで辿り着くと、呼吸音も心音もできる限り小さくする。この場でそんな行為は意味を為さないと分かっていても、これは癖なのだ。


 気配を隠す意味がない証拠に、聞こえてきた。ゆっくりだが、存在感のある足音が。夜明け前の静まり返った廊下に虚ろに鳴り響く。


 それは太古の存在。その命を自ら凍り付かせ、永遠へと至った氷雪の主。変わらないニクスロット王国を変わらないままに残すことを望んだ守護者、【永久凍土】グラシール。


「おやお客人、こんな朝早くにどうした? 王に謁見したいのならもう少し後にしておけ。それとも起きていると都合が悪いか?」


 初めて会った時と同じ、圧倒的な魔力と圧力だ。魔力そのものが冷気を帯びているのか、グラシールの周囲の床は既に凍り始めている。『春』の中とは思えない寒さだ。長居していると動けなくなる。


「悪いけど、押し通らせてもらうよ。俺達は忙しいのさ」


 こんなこともあろうかと残っていたアーツが俺の前に立つ。いくらアーツでもグラシールの足止めは厳しいように思えるが、俺達の中では最高の戦力だ。信じて任せるしかない。


「彼はここは任せて先に行け、なんて言うのも許してくれないだろうさ。回り道して壁を破るといい」


 ごもっともだ。それに、グラシールの意思以前にあの凍り付いた床の上に足を置こうものなら動けなくなる。アーツとグラシールに背を向け、寝室の壁のあるところまで回り込む。


 扉から入ろうとするとグラシールの視界に入ってしまい、侵入を阻止される可能性がある。壁に巻物を貼り付けて離れる。


 今貼ったのは爆破魔術の込められた巻物。紙を中心に爆発するため、壁の壊したい部分に貼ればある程度計画的に穴を開けることが可能になる。


 起爆。ただ壁を壊すためだけのものだから、威力は抑えめに作ってもらったが、それでも目的を達成するには十分すぎる。


 しかし、壁は破れていなかった。否、壁だったものはきちんと壊せたのだ。まさか、壁の内側に氷壁が生成されているなんて誰も思わないだろう。


 俺はナイフを抜いて氷壁を力いっぱい穿つ。ほんの少しでいい。銃口くらいの大きさの穴ができればそれで十分だ。


 銃口、頭に浮かんだその言葉で狙撃銃を背負っているのを思い出し、弾倉が空になるまで撃ち続けた。鋼鉄の装甲すら打ち砕くこれならばと。


 しかし、氷壁には傷一つつかない。悠久の時を超えてそこに在ってきた水晶のように、煌めく美しい姿を保っている。


 気温の低下がいよいよ本格的になってきて、指先足先の感覚が少しずつ薄れてきているのが分かる。まだ戦闘に支障が出るような寒さではないが、今のうちに撤退しておかなければ退路すらなくなる。


「アーツ、撤退するぞ!」


 大声で叫び、窓を身体で破って外に飛び出す。ファルス皇国の教皇庁程ではないが、かなりの高さだ。このまま落ちれば無事では済まない。


 地面に敷かれていたのは大量の毛布。麻袋のようなものも混じっているが、高く積み上げられたこれの上に落ちれば負傷は免れる。


 空中で身体を捻り、場所を合わせて毛布の山へと飛び込む。少し違うが、海に飛び込んだ時の感覚に少し似ていた。沖まで出てから、いきなり底も見えないような海で泳ごうなんて言い出したときにはキャスの正気を疑ったが、案外泳ぐのは難しくなかったし、水も冷たくて気持ちが良かった。


 飛び込んだ衝撃で俺の上に降り積もった毛布をかき分け、ハッチの開いた装甲車へ向かう。もともとグラシールといきなり正面戦闘するつもりはなかった。ここでカイルに拾ってもらい、逃走する予定だったのだ。


「カイル、魔導機関を起動しろ。アーツが着いたら一瞬で全速力まで上げてくれ」


「了解っす!」


 俺の指示に、カイルは親指を立てて応じる。そしてすぐに魔導機関が熱を持ち始める。


 その直後、窓から無数の鎖が飛び出てくる。鎖で強引に壊した窓から出てきたのはもちろんアーツ。大氷柱の追撃を躱しながら、ひょいひょいと空中に出した鎖を足場にこちらへ向かってくる。


 もう少し急げば安全に逃げられるだろうに、アーツはわざわざゆっくりと歩を進める。これで追いつかれでもしたら絶対に許さない。


「よいしょ、おまたせ」


 アーツが装甲車の上に降り立つと同時に発進する。その速度は俺の頼んだ通り最高速。一瞬でトップスピードまで達した装甲車は、水飛沫のように花びらを撒き散らしながら西へと進んでいく。


 グラシールもこのスピードと勝負するのは難しいと判断したのか、王城から少し離れたところで追撃が止む。これでとりあえず危機は脱した。


「第一作戦は失敗しちゃったね。まあこうなってもおかしくないと思ってたけど。第二作戦、『神砕く蒼天の鉄槌』作戦開始だ!」

はじまりました最終決戦!

グラシールの絶対的な守りに為す術なく撤退したレイたち。『神砕く蒼天の鉄槌』とは何なのか?

次回、80:極北凍土戦線2 お楽しみに!

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