6:邂逅・その3、4
ところどころ異国風の小物なんかが置かれていて洒落た家だ。あのアーツの仕切る組織の拠点というからにはもう少し仰々しいものを想像していたのだが、思った以上、というより心配になるくらいにただの家だ。
「罠とか警報器もないのか、大丈夫か?」
「襲撃とかはアーツさんが事前に察知するので大丈夫っす。罠とかって意外と邪魔なんすよね〜」
未来予知でもできるのだろうか。確かに警備魔術や罠はあるだけでもかなり緊張感をもたらすからないに越したことはない。が、ここまでのほほんとされると不安にもなる。
「ただいま戻ったっす〜! 話題のレイさんをお連れしたっすよ〜!」
居間らしき部屋のソファには、他メンバーらしき姿が二つ。いるのだが、一人妙に既視感のある女がいる。
からからとした笑顔、鮮やかな赤い髪。アーツに俺の情報が異様に知れている時点でなんとなく想像はついていたが、やはりこの女だったか。
「キャス、顧客の情報を漏らすとは笑えねぇな」
「もともとこっちの事情で接触したんだ。あんまりカッカしなさんな」
詳細はともかく、俺について嗅ぎつけたアーツの指示で暗殺依頼の仲介役を装っていたというわけか。それにしてはずいぶん期間が長いが、それだけ観察の必要があったということか。
もしくは、確実に証拠を掴める罪状を積み重ねるためか。まあ、今ここに連れてこられている事実が全てだ。理由はなんでもいいか。
「お姉、この人知り合いなの?」
そしてもう一人。キャスの隣に座る幼い少女がいる。俺よりも5つくらいは下に見える少女もこの組織の一員だというのか。
「おうとも、怖そうな顔してるけどいい男だよ。リリィが先輩だからコキ使ってやんな」
この少女にあれこれ指図されるとは、あまり考えたくない。それにしてもこのリリィという少女、雰囲気が変わっている。どちらかと言えば親衛隊の男、ハーグに近いような……。
「はじめまして、私はリリィ。よろしく、ね」
口角を少しだけ上げて、手を差し出してくる。幼いことには変わりないが、ただおとなしいだけではないその瞳が年齢をどうにも誤認させる。
ここまで丁寧に挨拶してもらって申し訳ないが、俺は魔術師に不用意に触れるわけにはいかない。伸ばされた手を軽く静止すると尋ねる。
「悪いな。俺の体質でさ、触れると魔術か解除されちまう。特に解けて困る魔術とか、かかってないか?」
「特にないよ」
と言ってから、リリィはキャスの方を仰ぐ。本当に大丈夫か、一応確認したのだろう。キャスもにっこり笑って頷いているし、大丈夫か。
小さな手だった。少しでも強く握れば砕けてしまいそうなこの手が、血と汗に染まった俺の手と同じ部隊として並び立つのか。手の柔らかさだけではない、こんな幼い腕にこの国を乗せていると思うと、足元がぐらりと揺らぐような感覚がする。
「よっしゃ、そしたらこれからレイ坊の歓迎会だ! あたしの奢りだから、盛大に飲み食いしよう!」
そんなキャスの大声で現実に引き戻される。半ば脅迫ではあるが、俺も定職に就けたことだし、今は細かいことを考えず、自分の就職を祝うとするか。
「お、顔合わせも済んだみたいだね」
大きなカバンを抱えてアーツが居間に入ってくる。まるで測ったかのようなタイミングだ。アーツはカバンを床に置くと、俺の向いにソファに腰掛ける。
「歓迎会の前に一つ、俺たちの当面の目標を話しておこう」
アーツが懐から取り出したのは、掌大の水晶玉。だが、ただの水晶とは違う。白っぽい光を放ちながら何かが渦巻いているのだ。
「これも彼女、イッカが持っていたのと同じ聖遺物のひとつ、【観測者の義眼】だ。能力としてはこの世界の根幹魔力を観測できるだけだけど、それがこの通り」
アーツが手をかざすと、水晶の中の光が急激に萎んでいく。どうやらこれがここ1年間の根幹魔力の推移らしい。世界を構築する礎となっている根幹魔力がここまで減ってしまっては……。
「止める策はあるのか?」
わざわざ尋ねるまでもない。このペースで根幹魔力が減れば、世界は崩壊する。それそのことは由々しきことだが、だからこそ聞くべきはそこではないはずだ。
「これが自然な減少とは考えにくいからね。犯人の捜索と撃滅、それを目指しているんだ」
捜索はともかく、撃滅なら少しは役に立てるか。仮にも殺し屋を名乗っているわけだし。なにしろこれが彼らの目的なのだから、ここに所属する以上俺も同じつもりで戦えということだろう。
わかったと示すために頷くと、アーツは水晶玉の隣に小さなペンダントを置く。名工が丁寧に仕上げたのだと、俺でもわかる精巧さだ。金でできたペンダントには王家の紋章が彫られ、中央には静かに、しかし力強く輝くルビー。
「これさえあれば、この国の常識と良識のある人なら協力してくれるはずだよ。困ったら使うといい」
なるほど、王家の権威を一部借りることができるしるしということか。俺のような男がこれをしょっちゅう振りかざすのも悪目立ちしそうだし、どうにもならないときくらいにしておこう。
アーツが思い切り飼い主の手を噛んだとはいえ、王家直属の部隊だからこその特権だ。コートのいちばん深いポケットにペンダントをするりと落とす。
彼らの目的もわかり、ペンダントも受け取り、残る疑問は一つとなった。アーツが持ってきたカバン、あれからはどうにもただならぬ、他人事ではない雰囲気を感じるのだ。尋ねてみると、アーツはいやに嬉しそうにカバンを開ける。
「俺の荷物……?」
鞄の大きさと、そこから発せられる雰囲気で怪しんではいたが。それにしても、奴の用事というのが俺の荷物の回収だったとは。
「いつ親衛隊に君のねぐらが嗅ぎつけられてもおかしくないからね。回収してきたんだ。それに……」
アーツが、その両手を大きく広げる。
「今日から、ここが君の家だよ」
次回から0章《王国断裂変事》に入ります、お楽しみに!