75:未来を見通す瞳
ヴィアージュの剣は、例えるならば流水だ。決して見切れぬほどの速さではないが、全身に隙がなく、身体全体が淀みなく動いている。
どうにも弾きやすい軌道を見つけられず、ただヴィアージュの剣を受け続けている。この窮屈さはどうにも不自然だ。何か、勝利の光明を奪われ続けているような感覚がする。
そして、壁際まで追い詰められてその正体に気付いた。俺は選択肢を奪われ続けているのだ。初撃を受けた瞬間から、戦いにおける俺の取れる行動を少しずつ減らしている。
最終的に俺は喉元に木刀を突き付けられ、何もできずに両手を挙げる。完敗だ。少しも反撃できずに負けてしまった。そして、強さとかそれ以上に美しかった。
「もう一度いいか?」
「いいとも」
負けたのが悔しいのと、ヴィアージュの戦いをもう一度間近で体感したいので、つい再戦を申し込む。それほどまでに惹きつけられる剣技だった。
再び、今度は俺から攻撃する。攻め手がこちらになったら少しは勝機があるのではと考えた結果だ。初撃を叩き込めるのは俺だから、ある程度戦闘の主導権を握れるはず。
上段から大きく振り抜き、回り込んだりしながら多方向から攻撃する。親父から習ったものの他に、俺が暗殺稼業で身に着けたのは基本的に敵の意識外からの一撃だ。
特務に所属するようになって正面切って戦うことが多くなったからあまりこれは使っていなかったが、この場合ならいくらか効果があるのではないか。
もちろんこれは正面戦闘で使うようなやりかたではないが、一瞬相手の視界から逃れれば、攻撃も防御もしやすい。
だが、数回打ち合った後、気付けば攻守が逆転していた。気が付いた時には木刀を弾き飛ばされ、あっけなく敗北している。
「もう一度だ」
「一つ、君に話しておきたいことがある」
一番近くまで接近したその時、ヴィアージュは俺にだけしか聞こえない声で、何かを伝え始めた。
「私のこの眼は千里眼。現世を見渡しながら、その先の未来までも見ることができる」
千里眼、その名の通り遠くを見通すことのできる魔眼の一種。もちろん神代の存在なんだから持っていてもおかしくはないが、未来を見られる魔眼は初めて聞いた。運命を操る魔法とはかなり相性がいいだろう。
「未来に、何か起こるのか?」
「何か起こる、というのは正しいが相応しくないね。何も見えなくなるんだ」
未来視の目に何も映らないということは、この世界が、未来がなくなるということか。
だが、なぜそれを俺に言う。俺の両腕は世界を抱えられるほど大きくはないし、そうするつもりもない。俺が守れるのはせいぜい一人二人だ。
世界を救うのに向いているのは、きっとアーツみたいな強さを持った奴だけだ。俺なんかに消えゆく未来を留めることなんてできない。
「俺に人類の未来なんか任せられても困る。きっと救えやしない」
「いや、これはただの警告さ。これは人類の終わりではなく、新しい世界の始まりなのさ。君達にとってこの世界は、秩序の通じぬ死と肉薄した存在だ」
新しい世界。この世界が塗り替わり、書き換わる。ちょうどファルス皇国が俺の存在を悪魔と書き換えたのと同じだろう。
世界に接続できる人間ならば、世界を書き換えることも容易いだろう。それに応じた力と魔力が存在すればの話だが。
秩序が通じないというのは、魔術が基盤になった世界を覆されてしまうということなのだろうか。
魔術がなくなってしまえば、俺の特異性も消えることになる。それは、俺が他の人たちと同じく暮らせるようになるということなのだろうか。
俺が他と変わらない、そんな世界を夢想する。キャスも、アーツも、カイルも、ハイネも、リリィも、俺と大差のない人間だったら。今と違うようにお互い生きていたのだろうか。
死が肉薄していることなど、俺にとっては日常だった。だとすれば、むしろ新たな世界は俺のためにあるものなのではないか。
「頭の隅に置いておこう。助言を感謝する」
なんだか途轍もない話ばかりで、木刀に籠る力も失せてしまった。
「ああ、君達の旅路に祝福あれ」




