755:振り払う者
「根拠がねぇな。ハッタリだろ、そんなもん」
『つまり、根拠があれば僕についてきてくれるのでしょうか』
嫌なことを聞く。ユニの言っていることに根拠がないのは確かなことだ。しかし、もし根拠があったりしたら。
かつて俺がクリスの提示した未来を否定したのは、俺が今まで踏み越えてきたものが全て消えてしまうからだ。クリスが積み上げ、俺が切り捨てた日々のように、ただ記憶にだけある、もうない事実になってしまうからだ。
だがもし、何も犠牲にすることなくそれが為せるなら。俺自身も、自分がどんな選択をするのかわからない。まるで魔法のような力で願いが叶えられるのであれば、何も悪いことはない。
そう思いながらも迷っているということは、わかっているのだ。こんなものは絵空事だと。そんなに都合のいいことがあるのならば、こんな後ろ暗い手段を選ぶ必要はないと。
……そもそも、既に彼は根幹魔力を奪って世界を危険に陥れている。これからの手段がどれだけ穏便であろうと、危険な手段は使っているのだ。そんな人間に力を与えるわけには、いかない。
「それは、ないかもしれないな」
自分でも驚くほどに、俺はまともだった。いままで全く実感したことはなかったが、俺は正義の防人だった。それほどに、悲しくなるほどに、俺はこの国の、世界の平和を守る、秩序であることが身に染み付いているようだった。
今まで秩序を乱してきた俺がこんな立場にいることへの戸惑いと居心地の悪さはもちろんある。それでも、そう成ってしまった。こればかりは変えようがない。
『そうですか……』
「残念だったな、作戦が失敗して」
策を弄され縛られている俺ができる、最大限の反撃。全てが思い通りになるわけではないと、どうにか知らしめてやりたかった。しかし、俺のそんな抵抗が有効なわけもなく。……むしろ。
『ええ、残念です。貴方の思いがそこまでだったとは』
「あ…………?」
嘲笑するような言葉に、一瞬で頭が煮えるように熱くなる。俺の煽りに対する意趣返しにしても度が過ぎている。もちろんそんな善意は期待していないが、どうあっても触れられたくない、触れてはいけない部分だ。薬のせいで緩やかだった拍動が、早馬のように跳ね上がる。
自覚なく、身体補強・天火に近い出力で心臓を動かしてしまっていたらしい。身体に大きな負荷こそかかっているが、おかげで目が覚めた。全身にもやのかかったような気持ちの悪い感覚をやっと脱することができた。
ユニに感謝するつもりなどないが、とりあえず動けるようになったことは喜ぶべきだろう。本調子でなくても、訓練を受けていない市民二人を抑えられないほどひ弱なつもりはない。
そちらがそのつもりなら、もういい。こそこそ隠れて追いかけても、全て読まれてこうして迎え撃たれるのなら。そしてこうして愚弄されるのなら。なにより、こうして市民を取り込んで勢力を広げているのだとしたら。こちらも手段を選んではいられない。
両腕に力を込め、ぶちぶちと俺を縛めている縄を引きちぎる。最低な気持ちの悪さだが、それでも少し前までよりはずっとマシだ。
「ユ、ユニ様! 拘束が────」
叫ぶ夫の側頭部を裏拳で殴り飛ばすと、机の上の通話宝石を破壊する。どうせ魔力の痕跡など追ってもわからないのだ、情報は取られない方がいい。
この夫婦がどれだけのことを知っているかはわからないが、持っている情報は全て引き摺り出す。そのためなら、どんな手段だって使ってやる。幸い、今ここにいるのは俺一人だ。
夫の方は俺の一撃で昏倒している。身体補強・天火の乗った一撃を何の防御もなくもらったのだ。正直頭の骨が割れていてもおかしくはない。ならば。
小屋の扉に背中を預け、完全に退路を断つ。外から人が来るのならばともかく、そのための大声なぞ出させはしない。もうしばらくすれば朝だ。話を聞くための時間は、いくらでもある。
「ユニがどこに向かっているのか、言え」
次回、756:掛けるべき命 お楽しみに!




