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752:目撃者

「そうですか、お友達を探して……。それは大変でしたね」


「いやぁ。よほど傷心だったのか、便りもなくいなくなっちまって」


 もちろん嘘だ。まさか俺のような人間が犯罪者を探しているなんて言いふらすわけにもいかない。あくまで俺は友を探している旅人だ。魔術学校時代のユニの同級生ということになっている。


 帝都で働いている友人、ユニは不幸が重なり帝都を出た。今はそれを探している最中だ。そんなふうに説明したら警戒されることもなく家にまで招いてもらえた。ここなら落ち着いて話を聞くことができそうだ。


「しかし、アルタニアには帰ってないんだろ? どこかでブッ倒れてなきゃいいけどなぁ」


「もう、滅多なこと言うものじゃありませんよ」


 俺が家を訪ねたその瞬間こそ驚いていた様子の夫も、俺が事情を話すと悲しいとばかりに酒を呷りながら話を聞いてくれる。酒の肴にされている気もするが、それくらいは構わない。むしろ嘘でここまで親切にしてもらって申し訳なさすらある。


「それで、奥さんは彼をどこで見たんだ?」 


「ええ、数日前……多分三日前だったと思います、市場の通りで。地元の人間しか寄らないような通りなのに、少し迷った様子で印象に残っていたんです」


 数日前、ということはもうここにはいないと考えていいだろう。だが、ここでもう少し聞き込みをする価値はありそうだ。それにしても、なぜユニはわざわざ市場など通ったのだろうか。


 この街を通り抜けたいだけなら、行商人や旅人に紛れて大通りをさっさと通り過ぎてしまうか、滞在するにしても通り沿いの宿を通ればいい。決して人通りの少ないここならば、そうそう目立つということもないだろう。


 なのにユニはわざわざ地元の住民しか利用しない市に紛れ込み、不審な様子を見せた。どういう意図がある。


 壁と睨みあっていても仕方がない。「余り物ですけど」と出されたスープを啜る。輪切りにした腸詰とタマネギだけの具だが、こういうときには身に沁みる。腸詰は自家製らしく、確かに前買ったものよりも少し香草の匂いが強かった。皿も夫婦のものとお揃いだ。こだわりでもあるのだろうか。


「俺も明日、仲間たちに聞いてやるよ。午前中にそこらの、でっかい屋敷に来てくれりゃ俺もいるからよ」


 夫は酒の入ったグラスを窓の方に向けて軽く振る。なんでも大工をしているとか言っていたし、そのあたりで建物の修理か改修でもしているのだろう。あまり大ごとにするのは好ましくないが、仲間内に聞いてもらうくらいだったら問題ないはずだ。


 今回は運がよかったが、数日前にこの街を訪れた男一人の行方などわかるのだろうか。俺だって相当印象に残りでもしなければすれ違った人間のことなんて覚えていない。そういう意味ではよくもそんなことを覚えていたものだ。


 一杯だけ、と注いでもらったもらった酒のせいか、頭がぼんやりとしてうまく考えがまとまらない。そこまで強いとは思わなかったが、柑橘の風味で飲みやすくなっているだけだったのか。


「長居しても悪いし、今日はこのへんで」


 これ以上話を聞いても、この女性からこれ以上の情報は得られないだろう。場所も時間も当時の様子も、どれも抜けなく正確に教えてもらえたし、他に俺が聞きたいこともない。


「いえいえ、お疲れでしょうし、ゆっくり休んでいただかないと……」


 視界がふわりと滲んで、女性の笑顔が溶けたように揺らぐ。


 そうだ。俺が聞いた情報は全て、正確ではっきりしていた。そんな、わずかにあった違和感。それに気付くことができなかった、遅れたことも含めて、常軌を逸している。


 曖昧であるべき情報が正確なとき。それは、その情報が作られたものであるときだ。細部まで設定の作り込まれた情報だからこそ、ただ日常の一片にはあるまじき鮮明さを放っている。


 そして最後の違和感。ただの食事と酒だったのにも関わらず、この酩酊のような感覚。明らかに普通ではない。酒の度数を誤ったわけでも、疲れているわけでもない。なんらかの薬の作用だ。おそらくは腸詰の中の香草すらも。


 歪んだ視界のその中心に見える笑顔は、おそらくこんな視界でなくても、邪なものに映っているだろう。


「……困ってしまいます」

次回、753:開口 お楽しみに!

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