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747:魔力を持たない魔術師

 魔術師の定義。それは色々な解釈があるけれど、共通しているのは魔術を生業にしている人間、という部分だ。軍人は魔術を使って戦うから魔術師、研究員も魔術を研究するから魔術師だ。


 つまり魔術学校はその名の通り魔術師を育成する機関。ともいえるだろう。魔術を教えているのだから当然といえば当然だが。


 その中で、一切の魔力を持たないこの少女。彼女の言う『魔術師』の意味を、俺は理解していた。俺だからこそ理解できたのかもしれない。


 本来の定義ならば、俺たちは魔術師になることはできない。なにせ魔術が使えないのだから。だが、自分の力でそれに対抗することはできる。魔術を使うプロである魔術師、それに対抗することができたのならば、それは一種の魔術と呼べるのかもしれない。


 彼女の言う魔術師とは、そういう意味だ。つまりは、魔術師を殺せるだけの実力を持つ人間ということ。彼女はそれになりたがっている。戦術科に入りこれからも生きていくというのならば、目指すべき領域ではある。それでも俺がどこか安心できないのは、彼女がどこか危うく感じてしまうからだろう。


 今もそうだ。彼女はどこか生きていないような心地すらする。もし彼女がこのまま本当に厳しい戦いの中にその身を沈めてしまったら。そのまま深い闇の中に消えていってしまいそうで、どうにも応援することはできなかった。


 しかし彼女はすでにここまで来てしまっている。もはや魔力がないだけの普通の人間としては、暮らしていけないくらいの立場と経験を得つつある。もはや引き返せない領域にあるのかもしれない。


 これが俺の責任というやつか。自分と同じような境遇にいるからと安易に研究室に招いてしまったが、あのまま研究科にいればもっと平穏な人生を送れたかもしれないのだ。自分でも練習はしていたようだが、実戦で通用するだけの技術を身につけなければそんな野望を抱くこともなかったかもしれないのに。


「力だけじゃない。運も、覚悟も、全部持ってなきゃいけないぞ」


「それは全部私がなんとかします。でも、力だけは自分一人ではどうにもならないので」


 いつも気弱な感じのルーチェルが、今日は力強かった。彼女が戦っている姿はきっと美しいだろうと、確信できる立ち姿だった。


 リリィのときとはまた違う気持ちだ。死地に足を踏み入れてほしくないし、死んでほしくもない。それでも、彼女の望み通り、戦場を駆ける黒い流れ星のように、煌めきを放ちながら戦っている姿を見てみたい。これが育てた人間の気持ちというものか。


「先生は、どうやって今のような力を手に入れたんですか?」


「とにかく、戦いあるのみだな。もっと演習に力を入れれば、自然と強くなっていくはずだ」


 俺が繰り返してきた本番との違いは、本番の場合相手が毎回違ううえに失敗が許されないということだけだろう。この部分が最も成長に影響をもたらす部分ではあるのだが、危険も計り知れない。


 もし彼女が魔力を持たずして魔術師と誰から文句を言われるまでもなく呼ばれるようになるのであれば、そのときは俺を純粋な強さで超えたときだろう。楽しみなようで、少し不安だ。


「私、証明したいんです。魔力がなくてもこの世界で生きていけるって」


 そういう動機だったのか。実際、俺もルーチェルに会うことで魔力を持たない人間が俺以外にもいることを知ることができた。もしかしたら他にもいるのかもしれない。ルーチェルが活躍することで、希望を誰かに与えることだってきっとできる。


「じゃ、頑張らなくちゃな。誰にも負けないように」


 夜風で少し落ち着いたのか、それとも満足したのか。ルーチェルはそのままおやすみなさいと静かに言って帰っていった。この心のざわめきが、これ以上大きくならないことを祈って、鎮静剤みたいに息を吸い込んだ。

次回、748:おしまい お楽しみに!

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