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73:西部決戦・訣

今回からレイ視点に戻ります!

 魔獣。獣の頂点に立つ、魔力を持った個体。その起源は神獣と呼ばれる神やそれに連なる者の眷属であるといわれ、もちろん時を経てその力は劣化しているが、魔法由来のものであるがゆえに解析が難しい。


 そして厄介なことに今俺の目の前にいる魔獣は神代の力が色濃く残っている。理由は簡単、現代の魔獣が動物の領域を出ない姿をしているのに対し、神代の魔獣は異形だ。目の前のものも基本は大型の狼のようだが、首が三つある。


「まずいな。あいつ、【毒の女】よりもよっぽど手練れだ」


 狙撃銃の交換用の弾倉をすぐに出せるように袖に忍ばせ、引き金に指を掛ける。これはもともと獣を屠る銃だ。改造してあるこれでなら、魔獣も殺してみせよう。


 前触れなく引き金を引く。お互い動きがないこの状況ならばほぼ確実に命中する技だ。動かないというただそれだけのことだが、かなりの集中力を要するし簡単にできることでもない。


 極大の弾丸は真ん中の頭を貫通し、その衝撃で爆散させた。鋼鉄の装甲すら撃ち抜くこの銃だ。獣の頭くらいならば容易いか。


『ただの獣と侮るなよ、人間風情が』


 それは本当に、不可思議な出来事だった。乾きそうなほど目を見開いていたのに、魔獣の姿が消えたのだ。


 まるで一秒先の魔獣の座標が突如変わってしまったような。これが魔術領域外の力か。俺の背後に回った魔獣はそのまま残った二つの頭で飛び掛かってくる。


 その動きは疾い。それはまるで、突風のように。俺の胴ほどありそうな口で噛まれれば、骨は砕け臓は潰れるだろう。その攻勢が激しければ、修復も追いつかず殺されるのもあり得ない話ではない。だが。


「ただの人間と侮るなよ、獣風情が」


 次の瞬間、魔獣の残った二つの頭は俺の銃弾とハイネの斬撃によって吹き飛ばされていた。そしてハイネが気を利かせたのだろう。四肢まで切り落とされ、随分と哀れな姿に成り下がっていた。


 もちろん、これで終わるとは思えない。身体からは魔力が消えず、神代の気配は未だ濃く残っている。


『その力、かの剣士のものだな。だいぶ劣化しているが、片鱗が透けて見えるぞ』


 かの剣士。俺の頭に一人の、顔すら知らない男の姿が過る。これは疑いや予想ではなく確信を持った宣言だった。俺の起源は、一体なんなんだ。


 獣が床の下へ沈むように消えていく。それと同時に気配も消えた。ここはいったん撃退したと見ていいのだろうか。そうであれば残るは黒マントの男だけだ。


 銃をナイフに持ち替え、高速で接近する。男の身のこなしはなかなかのものだったが、【毒の女】と比べれば大したことはない。動きに気取ったような部分が多く、そこが隙になっている。


 マントのせいで身体がどこにあるのか判りにくい。意識的にそれを利用しているのだろう。貫く部分は全て空だ。


 俺はマントの首あたりの部分を掴み、男を蹴ってマントを引きちぎる。その時、脚に妙な感触があった。何かが欠落しているような、違和感のようなものを。


「そんな……!」


 ハイネの声に反応して男を見る。その瞬間俺もぎょっとした。男には心臓がなかった。いや、確かに心臓はないのだが、心臓だけでなく心臓のあった部分全てがなくなっていた。まるで抉り取られたかのように。


「俺はあの獣と一心同体さ。彼の持つ俺の心臓を潰さなければ、俺達はどちらも死にはしない」


 おそらくあの魔獣の持つ権能か何かだろうが、厄介すぎる。あれの特異な力は分かっているだけでも三つ。心臓を持つ力と壁や床を抜ける力、それからあの瞬間移動。このまま心臓を持ち逃げされたらこの男すら殺せない。


「レイさん後ろ!」


 ハイネの叫びを聞いて横っ飛びする。だがそれでも間に合わなかったようで、右腕から血が噴き上がった。


「もう再生しやがったか」


 高速での再生は俺も同じだが、まさか相手方も同じとは。完全な姿を取り戻した獣は、先程よりも強大な気配を纏っていた。


 これはもう、俺達には手の負えない災害級の化け物な気がする。こいつはまだ獣の領域内の戦いしかしていない。移動などに自身の権能を使っているようだが、魔獣が魔獣である所以、魔術や魔法の行使を全くしていないのだ。


 魔術は効かないが、それでも本気を出されれば確実にハイネは殺される。せっかくハイネが優しい奴だと分かったのだ。ここで殺させていい人間ではない。


「ハイネ、アーツのところまで撤退しろ。こいつは撃退するとかそういう話をしていられる相手じゃない」


 ハイネも不利を悟ったのか、少し考えてから退却を始める。こいつらはあくまで王弟の配下、逃げる敵ではなく向かってくる敵の撃破を優先するだろう。


『かの者の力があるとはいえ、よくぞ残った。さて、後何秒生きていられ──』


 突然、部屋を光の柱が貫く。神聖なその光は現代の力で引き出せるものではない。この、傍で感じた覚えのある魔力は。


「お待たせレイ坊、無事に掻っ攫ってきたよ!」


 リリィを肩に担いだキャスが、にっこり笑いながら部屋に飛び込んできた。無事に救出してくれたみたいだ。


「ただいまレイ。命拾いしたね」


 俺の危機に登場したからか、リリィは妙に得意げだ。もともとリリィが捕まったからこうなっているのだろうに、こういう言動が許されるのはリリィだからだろう。


「王弟は大丈夫だったか? あいつも一応魔法使いだろう」


「ああ、あいつね。一発ブン殴ったら気絶しちゃってさ、全く張り合いのない男だったよ」


 なんてことないように言うが、キャスの身体には魔力が漲っている。身体の魔力許容量はかなり多いキャスだ、それをフルに使って身体を強化したのだろう。ただ殴ったと言ってもそれだけ強化されていればかなりの威力だ。


 一度キャスが路地裏で盗人を撃退しているところを見たことがあるが、あれは実に痛そうだった。全く強化していなかったのに。


「……骨の数本砕けてそうだな。同情はしないが」


 やれやれとキャスの後について撤退する。リリィさえ取り戻せれば、俺達はもう用はない。ここからはニクスロット王国の仕事だ。


 来た道をそのまま走って外へ出る。途中【剣の女】の死体がないのが気になったが、アーツのことだ、ジェイムみたいに取引して見逃したか、跡すら残さず消してしまったかのどちらかだろう。あいつに任せた時点でこうなることはだいたい予想していた。


「やっと終わったな。とっとと帰ろう」


 装甲車にリリィを入れ、俺も入ろうかとしたそのとき、巨砲の下の建物が全て吹き飛んだ。吹き飛ばしたのは先程の魔獣。あれを喰らってまだ生きていたか。


 明らかに魔獣はこちらを狙っている。アーツならばアレとも渡り合えるだろうか。俺達はとにかく逃げるしかない。


 先に装甲車に戻って操縦席で居眠りしていたアーツを叩き起こそうと装甲車に飛び込もうとするが、俺達と魔獣との間に表れた異様な気配に気が付き顔を上げる。


 その、体形からいっておそらく男は、ぼろぼろの上着を纏ったどうにも陰気で冷たい雰囲気だった。背中しか見えないのに、その視線が氷より冷たいのがわかる。


「国を食い荒らすゴミ共が。全てこの国の雪花に還してやる」

一応西部決戦は終了です

最後に登場した男は一体何者なのか!?

次回、73:2000年の歳月 お楽しみに!

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