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746:もう一つの定番

 合宿でやりたいことを終えたというのに、未だロプトは満足していないようだった。何を考えているのか俺には全くわからないが、とにかく考えがあるらしい。しかし同時に少しの悩みか、懸念のようなものもあるようだ。


「部屋が個室だったのは計算外だった。でもみんなで集まると狭いし、いやそれもアリか……?」


 こういう様子を見ていると、本当に今回の合宿の内容が身についているのか不安になってくる。ロプトのことだから陰で何かしら頑張ってはいるのだろうが、その努力が目に見えないとこちらとしては気が休まらない。


「よし、みんな僕の部屋で枕投げと恋バナしよう。魔術は禁止ね」


 さっきからぶつぶつ言っていたのはそういうことか。つまり「皆で集まったらやること」の定番その二というわけだ。どこからはじまった風習なのかは知らないが、なんとなくそういうことをすることもあるというのは知っている。


 料理も結構うまくいっていたようだし好きにやりなさいと言ってやりたいところだが、なにぶん時間がよくない。オルフォーズの予定によれば明日は早くから活動するようだし、念の為そろそろ寝ておいてもらわないと。


「えー、起きられるよぉ」


 ロプトは不満そうだったが、渋々自室に引っ込んでいった。学校に通っていれば、またこうして集まる機会もあるだろう。そう言ったら少し落ち着いてくれた。しかしどうしてここまで定番にこだわるのだろうか。実際チャンスがあればやってみたいと思うのは理解できるけれど、それにしても少し過度な気もする。


 まだ生徒についてはわかっていないことも多い。なにかこう、詳しく話す機会があればいいのだが。まあ俺に根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だろうし、向こうから話してくれるようだったら聞く程度にしておこうか。


 夕食の食器類を片付けて、ふと気が向いてテラスに行く。こうしてまだ遅くない夜に空を眺めるなんていうのはそれこそロプトの言う定番のようなものだ。夏はもう目の前だけれど、やっぱり夜は涼しい。強い風が吹くと冷たさすら感じる。


 こうしてひんやりとした空気の中に身を置いていると、自分の身体もうっすらと消えて無くなってしまいそうになる反面、心臓の熱さを感じられる。なんとも不思議な感覚だ。


「……先生、ここにいたんですね」


「ルーチェルか。まだ寝ないのか?」


 ロプトを自室に放り込んだ手前、他の生徒があまり遅くまで起きていることを許容することはできない。そうしないとロプトが少し可哀想だ。


「もうすぐ寝ます。その前に、先生と、その、お話したいことがあって……」


 改まってどうしたのだろう。ひときわ強い風が吹いて、ルーチェルの美しい黒髪が夜空に溶け込むように舞い上がる。彼女の気配は魔力がないこともあって他の生徒よりも数段感じ取りにくい。目の前にいるというのに、風に巻かれて消えてしまいそうな気すらする。


「私、もっと教わりたいです。先生に」


「これからも授業も研究室も続く。競技祭までには一人前にしてやるよ」


 何を焦っているのだろう。いや、彼女にしてみれば転科がかかった大事な戦いなのだ。その焦りも頷ける。ルーチェルもデトルと同じで、見えていないからこその不安というやつだろう。あれだけやれれば十分優秀だと思うのだが、俺の生徒たちはどうにも向上心が異様に強いらしい。


「それは、一人前の生徒にですか?」


「まあ、そんなとこかな。俺はあんまり心配してないよ」


 そう言ったけれど、ルーチェルはあまり納得していないようだった。実感が得られなくてはわからないものだろうか。その瞳を昏く光らせて、ルーチェルは口を開く。


「私は、『魔術師』になりたいです。先生のような、強い……」

次回、747:魔力を持たない魔術師 お楽しみに!

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