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741:差し入れ

 学校まで少し走った甲斐もあって、合宿の集合時刻の5分前には間に合った。皆やる気があるのか既に全員揃っているようで、ロプトに至っては既にオルフォーズから厳しい指導を受けていた。


 試験前の休日ともなるとわざわざ学校に来ている生徒も少ない。普段なら研究室での集まりごとやらで来ている生徒も多少いるのだが、数はいつもの半分くらいだろうか。


 預かった鍵をそれぞれに渡し、宿泊棟の中に入る。とりあえず全員荷物を置いて、必要な道具だけ持ったら再集合だ。俺はといえばやることなどほとんどないから、皆の様子でも眺めながら適当に……。いや。


「悪いな、ちょっと調べ物してくる。騒ぎすぎずにな」


 大丈夫だろうが、一応言いつけてから活動用に借りた部屋を出る。何の役に立つわけでもないが、せっかく休日に学校まで来ているのだ。この時間を有効活用しない手はない。アイリスについて調べてみよう。


 この間ロプトの成績を確認したのと同じ部屋に、おそらく彼女の情報も保管されているはず。あった、特待生入学者の名簿だ。これを辿ればきっと彼女の名前があるはず。


 名簿をぱらぱらとめくっていくと、しばらくして「アイリス・ベルナール」という名が目に入る。今から17年前に入学したのか。丁寧に、入学から卒業までの軌跡が記されている。本人の言う通り、かなり優秀な生徒だったらしい。


 オルフォーズほどとはいかないが、相当にいい成績をキープしていたようだ。他の年の特待生と比べても頭一つか二つ分抜けている。なにより驚きなのがその受講した授業の数だ。時間をかけて一般的な数の倍は受けている。


 普通、自分の目指す職が求めた授業をいくつか受けて、一年か二年で卒業することが多いこの学校で、三年間も通い続けてここまで成果を出したのか。というか一時期軍にも所属していたらしい。もともとそんなつもりはなかったが、おばばと同じく逆らうのはやめておこう。


 調べ物も済んだことだし、そろそろ生徒たちの様子を見にいくか。じっくり資料を当たっていたらもういい時間だ。差し入れをするにもちょうどいいだろう。


 一度部屋に戻って、お菓子を持ってから皆のところに戻る。ちょうど集中力も切れてきたところらしく、ロプトは背もたれがなければそのまま後ろに倒れてしまいそうなほど力が抜けていた。


 うっすら開いたその口の中に、取り出したお菓子を近づけてみる。ふわりと漂うバターの香りに意識が戻ったのか俺の手ごと食い尽くす勢いでかぶりついてくる。危ない、もう少し気を抜いていたら普通に指は噛まれていた。


 それにしても、相当疲れていたらしい。お菓子を食べるとみるみるうちに元気を取り戻し、枯れかけの植物に水をやったみたいにその上体をゆっくりと起こしはじめる。


「なにこれ、美味しすぎる。もう一個」


 ロプトが口を開ける。入れろということだろうか。恐る恐るお菓子を近づけると、今度はさっきよりもゆっくりと齧り付く。少し落ち着いたらしい。二個目のお菓子はゆっくり堪能しているようだし、その隙に皆にも配ってしまおう。


「俺からの差し入れだ。息抜きに食べてくれ」


 ロプトの様子を見て気になっていたらしく、皆黙っていそいそと手を伸ばす。そんなに焦らなくともなくなりは……するかもしれない。ちょっと焦るくらいでちょうどいい気もしてきた。


「わぁ、いい香り……」


「これが王都のお菓子……!」


 オルフォーズとティモニからはそこまで大きな反応はなかったが、表情を見る限り気に入ってくれたであろうということはわかる。


 全員にお菓子が行き渡り、落ち着いたあたりで扉が叩かれる音がする。ここを使う予定も、俺たち以外の来客の予定もなかったはずだが、誰だろうか。返事をすると、ゆっくりと扉が開く。


「皆さん、お疲れ様です!」

次回、742:同じ授業を受ける仲 お楽しみに!

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