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740:勉強合宿

 俺の預かり知らないところで計画はすごい勢いで進んでいたらしく、気付けばオルフォーズに期末考査前合宿計画書を手渡されていた。内容はいたってシンプル、休日に学校に泊まり込みで試験の対策をするということらしい。各所にすでに許可はもらっているようで、あとは俺が責任者としてサインをすればいいだけらしい。


 計画書にも特に不備はなく、内容も無理ないスケジュールだがやるべきことは詰め込まれている。なかなかいいんじゃないだろうか。というかそもそもこの計画を主導したのは他でもないオルフォーズだ。俺よりもずっと規則やらについて詳しいはずだ。本当はそれではいけないのだが。


 一応隅々まで書類を確認して、特に問題もなにも見つからなかったからサインする。期末考査を直前に控えているとはいえ、今週末、つまり明日からの合宿の準備をここ二日で終えてしまうとは。さすがだ。


「では先生、明日からよろしくお願いしますね」


 と、そんなことを言われて。俺の方でも準備を進め、完了した頃には当日になっていた。これで皆がいい点を取れるのならばこれくらいは大したことではない。そうだ、ついでに差し入れをしてやろう。幸いまだ時間もある。


「よう、ちょっといいか」


「あんたも随分図々しくなったね。いつウチに戻ってくるんだい?」


 少し呆れたような、しかし優しさの混じった声。ここで育ったわけではないのに、それでもどこか懐かしさを感じてしまうのは、きっとここの主人、おばばの人徳なのだろう。


「カイルも長期出張で、あんたは教師だって? 下っ端がいないと困るったらありゃしない」


「悪いな、今度手伝うよ」


「で、今日は何しに来たんだい。ただ遊びに来たってわけでもないだろう」


 わざわざ合宿当日の朝にこの店、ラ・ベルナールに来たワケ。それは生徒たちのやる気を少しでも支えるためだ。俺には勉強を教えることはできないし、特に良いアドバイスができるわけでもない。だからこそ、やる気ぐらいは保つ手伝いをしてやらないと。


「……てなわけでな。いつも店で出してるお茶菓子を少し、売ってくれないか?」


 店の料金の倍の値段は持ってきた。きっと大丈夫だろう。デトルを除けば、家の大きさは違えど皆貴族。生半可な菓子では満足してもらえまい。貴族すら通うこの店ならば、もしかしたら通用するかもしれない。


 実際ここのお菓子は俺も気に入っているのだ。どこの店のものなのかもわからないし、ここで手に入れるしかない。


「あたしもそれくらいの量で金取るほど鬼じゃないよ。持っていきな」


 まさかタダでゆずってもらえるとは。しかしそれに甘えてばかりというのも申し訳ない。少し店を手伝おうと、まだ寝ている皆のために飯だけでも作っておくことにした。


「あらあらレイくん、来てはったの?」


「アイリス、久しぶり。今日はちょっと頼み事があってな」


 鍋をかき混ぜながら俺の荷物を指す。箱を見てすぐにその中身は分かったようで、アイリスはにっこりと笑う。俺が菓子を受け取りに来たのがそんなに面白いだろうか。まあこんな無愛想なのが可愛らしい菓子なんて持っていたら、確かに結構面白いかもしれない。


「お友達とお菓子パーティーでもするんかなぁ。私も混ざりたいわぁ」


「勉強合宿の差し入れだ。本当に参加するか?」


「私、お勉強で負けるつもりはあらんよ。これでも王都魔術学校の特待生なんよ」


 特待生、つまりはデトルと同じ枠か。実質的な平民の入学枠を勝ち取ったうちの一人。ここまで言うのだからきちんと授業を受けて、卒業したのだろう。彼女のどうにも油断ならないというか、隙のない雰囲気はこういう経験もあって生まれたのかもしれないな。


 勉強合宿に参加してもらいたい、手伝ってもらいたい気持ちはやまやまだが、いきなりアイリスが来たら皆驚くだろうし、なによりさっきから背中に刺さるおばばの視線が怖い。まさか本当に優等生だとは思わないだろう。


 お茶菓子の方は無料で済んだが、ここの実質的な二番手、おばばの右腕である彼女を連れて行っては信じられないくらいの額を要求されそうだ。丁重に断り、料理も仕上げたところで店を出る。


「また顔出しな」


「私も待っとるよ〜」


 アイリスとおばばに手を振って、通りへ歩いていく。料理に手をかけすぎたせいで少し時間がかかりすぎてしまった。急がなければ。

次回、741:差し入れ お楽しみに!

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