728:見えてくる影
昔の後悔をやり直す。確かにそうかもしれない。クリスも過去に戻るために多くの魔力を欲していた。彼は今獄中だし、俺が相当に痛めつけたせいで一定以上の時間遡行には精神が耐えられないはずだ。
だがもし、世界をもう一つ作れるだけの魔力があるとすれば。彼と同等の現象も起こせるのではないか。魔力の量にものを言わせて実質的に時間を巻き戻すことができたら、過去に戻りたい人もいるかもしれない。
とりあえず過去に戻りたいなんてやつに心当たりはない。ならば考えるべきは動機ではなく盗んだ魔力を持ち出し、何かしらに使える人間ということか。といっても、それすらわからないのだが。
「魔力は結局、帝都中を探してもなかったんだよな?」
「俺はそんとき特殊部隊やあらへんかったけど、そうらしいって聞いてるで」
つまりは帝都の外のどこかに奪った魔力が隠してある可能性が高い。可能性は無数にあるが、どうにか今回の奴の行動から場所でも犯人でも絞り込めないだろうか。
この一連の事件で最も根幹魔力に近付いた人間。イザベラ……はさすがに違うか、今も療養中だし。少し、魔力の行き先という観点で事件を見直してみるか。
まず【破】が精神操作を受け根幹魔力の抽出を許可。他の隊員も彼には逆らえず、【影】と俺たちが彼を一旦打破するまではそれが続いた。彼を倒したあとに根幹魔力の抽出が止まったが、その前に蓄積された魔力は全て持ち出されていた。
【滅】たちへの取調でも、俺が最初に研究所に侵入してからイザベラ救出までに魔力の持ち出しを命令したり、されたりした記憶はないらしい。つまり抽出した都度、もしくは俺の侵入後に犯人かその配下が持ち出したことになる。
持ち出した人物もそれを利用できる人物も無限にいるだろうが、その候補は研究所が関わっているという時点で大きく絞られる。例えば今回主犯格として捕まった男。彼はどうやら研究員の治療や診察を主にしていたらしいし、機会はいくらでもあるだろう。
研究所に出入りがあった人物で、かつ魔力をどうにかできた人物。一番有力なのは魔力抽出に関わっていた人間あたりだろう。問題は全員が投獄されているという点か。事前に何か行動を起こしているならばまだしも、今まで何も起きていないし、彼らは牢から出ていない。
となれば研究所以外の誰かか。もっとも、俺と【真】がここでうんうん頭を捻ったところで捜査に影響が出ることはそうそうないだろうが。それでも考えたくなってしまう。それくらいこれは難題なのだ。
こんなに難航している事件でも、犯人が一人捕まることでかなり進展したのだ。一旦は主犯格のひとりといえそうな人間を捕まえることもできたし。ここからは【滅】が操られていた時と同じ、帝国に任せるべき領域だ。
俺は関係者ではあるけれど、あくまでアイラ王国の人間だ。ガーブルグ帝国に協力はすれど、率先して事件の解決へと向かうべき立場ではない。一見そんな感じはしないが、【真】がそのあたりは着々と進めてくれているはずだ。
「こういうときの基本は、この事件で一番得したやつ、目的を果たしたやつを考えることやな。目的を果たした言うと……なんやろうなぁ」
その質問に答えようとして、思いついてしまった。ものすごく恐ろしい、しかしあり得るかもしれない仮説。半分くらい口を開いて、でも言うことができなかった。これはあり得るだけ。証拠も何もない。
もう少し情報が集まってからでいい。今俺が言う必要はない。だって、あまりにも突飛だから。こんな戯言で皆の考えを乱すべきではない。なにしろ、俺自身がこれを、自分で考えたことだと口に出したくなかった。
今はこれでいい。あまり大袈裟にするわけにもいかず、頬を叩いて気を取り直したい気持ちを抑えて、少しだけ息を吸い込む。
「今は考えていても仕方ない。【真】、お前から見てこいつら、どうだ?」
次回、729:確かな一歩 お楽しみに!




