727:カッコカリ
「これ、見ながらな」
こいつの、【真】の話はいつも興味深い。だからこそうっかりしていると聞き入ってしまいそうになる。だが俺はあくまでこの演習全体を監督するためにここにいるのだ。今の一言でその意図を汲んでくれたらしく、彼の姿勢が少し後退気味というか、勢いを失ったのがわかった。ゆっくり話してくれるということだろう。
一旦勢いを削がれたからか、【真】は懐から腸詰を挟んだパンを取り出して齧りはじめた。妙な匂いがすると思ったら、これか。なんてものを持ち込んでいるのか。
パンを食べ終えたと思ったら、今度は何やら球体の食べ物を取り出して食べ始めた。パンではないが、お菓子とも言い難い。何やら変な黒っぽいソースもかかっているし。というか、ものすごい勢いで湯気が上がっているが、こんなものをどうやって懐にしまっていたのだろう。
「それ、一個くれないか」
「ん、ええで」
熱そうだからと気をつけて口に入れると、柔らかい生地と具が中から溢れ出てくる。生焼けかと思ったが、そうではない。これはこういう食べ物なのだ。初めて食べたが、これはなかなか。
具は小さめに切った腸詰か。生地に包まれながら加熱したせいで異様に熱いが、口の中でゆっくりと冷ましながら食べると、次第に味もわかるようになってくる。うっすらと出汁か何かで味のついた生地と、甘辛いソース、それから肉の旨みがまとまって結構美味しい。作り方はよくわからないし、教わる暇もないが、帰ったらリリィに教えてやろう。
リリィがガーブルグに来る機会はしばらくないだろうが、覚えていればガーブルグを次に訪れた時か、もしくはガーブルグの商人か料理人あたりがたまたまアイラを訪れたときにでも食べることができるだろう。こういうことは伝えておくことが肝心だ。
「それで、何を考えたんだ?」
この美味い球体のせいで忘れてしまうところだった。こいつがここにきたのは、俺に話をするため。ここで思い出せたのは結構偉い気がする。
「俺はこの事件、まだ犯人がいると思ってる。身内贔屓もあるけど、それだけやない」
あの男以外の犯人か。確かにこの大国を揺るがした事件の犯人の最期があれというのは少々呆気ない気もするが、全ての事件において裏が取れている。奴が犯人と考えて間違い無い気がする。
しかし、自分自身に施した魔術や根幹魔力の隠蔽、そのほかにも細かい懸念点が残っていることは事実だ。実際、安易に処刑に踏み切れない理由もそこだろう。延命のためという線もあるが、それだけではないだろう。
「強奪された根幹魔力の量はこの世界に本来あるべき量と等しい。つまりや、魔力だけ言や世界をもう一つ作れるってことになる」
確かに、そういえるかもしれない。本当に世界をもう一つ作るかどうかは置いておいて、それだけ大きなことができる可能性を秘めていると、そういうことだ。それだけの力があったら、俺は何をするだろうか。
全く思いつかない。世界をもう一つ作るほど、なんて俺にはあり余る力だ。サイズの合わない服は着られないし、子ども用の食器はうまく使えない。それと同じ、俺には過ぎた力の使い方はわからない。
「お前ならその力、どう使う?」
「俺には……そんな力を振るえる大義はあらへん。せいぜい金か飯あたりを稼ぐのに使うくらいやろなぁ」
俺もまあ、それくらいか。魔力尾扱いはよくわからないからそれでどうやって金を稼ぐのかはわからないが、俺でも思いつくやり方でいえば、宝石に込めてばら売りするとかか。それだけでも相当に金は稼げるだろう。
「じゃあ、もし大義があったら?」
少し意地の悪い質問だったか。なにせ彼にはそこまでの大義がないとついさっき言っていたのだから。それでも俺は期待した。全てを真実に変えるという力を持った彼ならば、一度は何か考えたことがあるのではないかと。大きな、叶えたい大義があったのではないかと。
「昔の後悔をやり直したい、とかやろ。人の望みは大抵過去にある、俺はそう思っとるで」
次回、728:見えてくる影 お楽しみに!




