71:西部決戦・蹌
今回はアーツ視点です!!
人には性格がある。それに様々な方向性があるように、得手不得手とかそういうものにも方向性はある。例えば、一人で戦うのと協力して戦うののどちらが向いているか、とか。
俺の率いる特務分室は、だいたいみんな一人よりは複数人で戦った方がその真価を発揮しやすい。俺と、俺の予想が正しければ彼以外は。
まあ少なくとも、俺は一人で戦うのが向いているということ。何故かって、それは俺が自分一人で完結するようにできているから。単独で完成されているのだ。あと一つ、あの忌々しい兄に持ち逃げされた禁呪さえあれば。
【剣の女】、空間を把握するカイルにとって彼女はきっと難しい相手だっただろう。恐らく彼女は──。
「君は部分的にルールを無視した錬金術師だ。違うかい?」
目の焦点が僅かにブレた。本人は動揺を隠しているつもりなのだろうが、これだから経験の浅い素人はいけない。これがレイくんならば微塵も動かさなかっただろう。
作戦発令の指示を出した後、戦闘の痕を調べていて彼女の力に気付いた。刃の発生の仕方が不自然なのだ。
例えば地面に刃を生成してそこから地上に出すのであれば、押しのけられた地面があるはずだが、それが存在しない。それに刃は地面に癒着していた。
信じられないことだが、彼女はおそらく金属、もしくは刃に限っては異常なほどの効率で錬金を行えるのではないか。たとえば一の土から十の鉄を生むような。
それに、事前に刃を生成しているのであれば、カイルが回避できないはずがないのだ。俺は仲間の技能は正確に把握している。できるはず、ではない。できる。
だからこの女は俺が当たると判断した。俺一人で。
何、感情も隠せない年だけ余計にとった小娘に負けるはずがない。俺を殺したければ、それこそ神でも連れてくるといい。
「君の手品のタネは分かってるんだ。そうだな、大人しく投降して毒の彼女を殺してくれるならば、君を傷つけないと約束しよう」
「随分な自信だな。ほんの一瞬まみえただけの魔法をなぜそう簡単に言い切ることができる?」
これだから、余裕というのはいけないのだ。停滞というのはいけないのだ。緩慢という言葉で表せる全ては、感覚を鈍らせる。思考を曇らせる。研がない刃物は切れなくなるように、刹那に価値を見出せない者は、その精神から精彩を欠く。
「引き伸ばされた人生をただ引き伸ばされた精神で生きていては、わかるものもわかるまい」
しかし、こんな国で生きていれば仕方ないか。外界と隔絶され、長い人生を緩慢に生きていればこうなることもおかしな話ではない。俺たちだって、同じ環境ならこうなっていただろう。
「そんな、そんなことありえない! そんなことできるはずがない!」
ここで既に二つ、いや三つか。一合も打ち合うことなく【剣の女】は負けに近づいた。
相手に思考を漏らし、冷静さを失い、自分の偏見で相手を断定した。どれも致命的なのがまた可笑しい。
「■■■■■■!」
聞き取れない言葉で呪文を唱える。おそらくここから動かなければ、数秒後には無数の剣に串刺しにされるのだろう。
大股で二歩下がり、右に少し動く。少し遅れて、俺が動くのに合わせるように刃が飛び出てくる。刃がスレスレを掠めていくのも、わかっていることだから怖くもなんともない。
こういう事をするとカイルなんかには『未来予知っすか!? すごいっす!!』なんて喜ばれるものだが、その実ただの予測だ。もちろんこれは、ファルス皇国攻略時に協力したジェイム氏のような戦い慣れた人には通用しない。だがそれでもこの場では下手な防御より役に立つ。
「小癪な……! 【毒の女】のような真似をして……!」
つくづく、目の前の娘は戦いに向かない性格だと思う。もはや、可笑しさを通り越して哀れになってくる。本当に。
生まれ、環境というのは本当に理不尽だ。【剣の女】も、戦闘に向いた魔力特性を持っていたからこうしているだけ。日の当たる常春の地で、麦を刈り取っていたらきっとよく似合うことだろう。
そう。『彼女』だって、あんな血筋に生まれなければ幸せに生きられただろうに。王の血など引いていなければ。
そう考えると、俺とレイくんは少し似た者同士かもしれない。お互い誰かに光を当てようとしているから。もっとも、俺にレイくんのような恐ろしい真似はできないけれど。
「じゃあ、俺も少し本気を出すとしよう」
「あああああああッ!!!!」
獣ように吠えた彼女は、自らの限界など気にせずに、四方八方から刃を生成してくる。その瞳には景色が映っていながら、盲目だった。自分の小ささを見つめないように。
「さあ。鎖よ荒れ狂え!」
俺を囲むようにして飛び出した鎖は、近づく刃を一つ残らずへし折っていく。そして俺は鎖を操りながら、少しずつ【剣の女】に近づいていく。
「来ないで!」
さらに苛烈になる刃の嵐も、それを上回る鎖の暴風にとっては無意味だ。
何歩歩いたか、やっと目の前に辿り着く。彼女は知るべきだ。長い人生をもっと美しく、鮮やかに生きる方法を。この国では切り捨てられてしまう刹那を、その内にある尊さを。
胸倉を掴み、足をかけて床に叩きつける。……直前で腕を引き上げ、ゆっくりと寝かせる。もはや剣の暴威も止んだ。戦う気力を完全に失ったのだろう。
「もう、人を傷つける戦いはやめなよ。王弟殿下は絶対に死ぬ。もう君は自由なんだ、クレメンタイン王女のところにでも行って、仕事と住む場所をもらうといい」
しゃがんでゆっくりと伝える。今度こそ、いつもの感情を隠すための笑みではなく、慈愛を込めた笑顔と共に。
感情が氾濫したのか、少女の目からは涙が溢れる。やはり、長く生を享けるというのも大していいものではないと思う。短いからこそ輝けるものもあるのだ。
長すぎる時を闇の中で過ごした少女にとって光の当たる世界に出るのは新たに生まれ出るのと一緒だ。希望の光だとしても、眩しすぎれば目が灼ける。
「君が次にその力を振るう戦いがあるとしたら、それが何かを守る戦いであることを祈っているよ」
立ち上がり、少女に別れを告げる。そろそろカイルの助太刀に向かわなければ。カイルには一人で【毒の女】に勝てるなんて言ったが、本当は俺が助けに入るのが込みだ。あんまり遅くなって死なれては困る。
「まって。最後に、ひとつだけ」
ひとつだけ、なんて言うからうっかり立ち止まってしまった。ゆっくりしている暇も、あまりないのだけれど。
「私に、名前を」
【毒の女】とか【剣の女】とか、二つ名かと思っていたがまさか名がないとは。それとも長い人生の間に忘れてしまったのか。
「それじゃあ、今から君はキャスリーンだ。俺の大事な人の名だよ」
「大事な、人。……はい。ありがとうございます」
少女はゆっくりと立ち上がる。まだ迷いの残る瞳には、それでもしっかりと現実が映っていた。すぐに変われる人間などいない。彼女の開花は、いつ見られるのだろうか。
「リーン、とでも名乗るといい。名を穢すような真似は、しないでくれたまえよ」
今回はアーツ視点でお送りしました!
次回はカイルの視点で話が進むと思います、
次回、71:西部決戦・霑 お楽しみに!




